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第8話:6名の手癖自爆パージと、最強の二人の右腕




side:ダンジョンマスター ヒロユキ






「おいおいおいおいおい! 待て待て待て、はぁ!? なんでこうなる!?」


 カジノの営業時間中。

 俺はオーナー室の自動管理ログ(データ画面)にしがみつき、鎧の奥で派手な悲鳴を上げていた。


 ピコーン!『警告:従業員の規約違反・窃盗行為を感知。ペナルティを執行します』


 脳内へ冷酷に響き渡る出禁アナウンス。

 と同時に、つい数時間前にフロアのゴミ拾いやマシンの売上金である大量の銅貨や銀貨の回収を任せたばかりの中年の奴隷が、頭上に赤い警告マークを浮かび上がらせ、一瞬で画面から消滅した。

 ペナルティによる強制転送先は、このダンジョンのすぐ北にある渓谷―――凶暴なワイバーンやドラゴンがウジャウジャ生息している『竜の谷』だ。

 これで今日だけで6人目だ。

 誰も見ていないと思った瞬間に、目の前の現金の山に目が眩み、手癖悪く硬貨をポッケにちょろまかそうとしてリアルタイムで次々と自爆していった。


「周辺の倍近い給与に、冷暖房完備の個室、24時間飯食い放題の神待遇を用意したんだぞ!? ホワイトな環境で、真面目に働きさえすれば、いずれは奴隷から解放して自由にしてやるつもりだったのに……! 目の前の欲望には敵わなかったか……!!」


 人間の底知れない強欲さと自制心の無さに、俺は絶望し、盛大な頭痛を覚えていた。

 しかし、嘆いている暇はない。

 せっかく雇ったスタッフが大半が消滅していくせいで、フロアの両替金装填や景品補充、崩された現金タワーの再設置といった重労働が、リアルタイムで再び俺の肩にドスンと伸しかかってきたのだ。

 結局、致命的に人手が足りない。

 俺自身が幽霊騎士の鎧をガチガチ鳴らしながらフロアを全力で走り回る羽目になり、何とかワンオペに近い形で這々のほうほうのていになりながら、本日の営業を終了させたのだった。


 深夜。

 静まり返ったカジノフロア。

 残業で死にかけ、魂が口から出かかっている俺の前には、奇跡的に手癖の誘惑に負けず、直立不動で待機している「生き残りの2人」が残されていた。

 俺はボイチェンを起動し、疲労をひた隠しにして、いつもの地響きのような重低音のイケボを響かせる。


「……残ったのは、お前たち2人だけか。おい、お前たちの名前は?」


 一人は、線の細い人間の青年。

 そしてもう一人は、見るからにオオカミ男って感じのオオカミ顔に、全身に立派な毛が生えている大柄な男だ。

 不気味な幽霊騎士の俺を前にして、青年は確かに緊張で身体を強張らせてはいるものの、その目には元商人としての「芯」があり、決して怯んではいなかった。

 そして、大柄なオオカミ男の方にいたっては、最初からまったく怯む様子すら見せず、静かに俺を見返してきた。


「僕はルークと申します。元は都市の商家の次男でしたが、実の長男とその嫁に『禁制品を取り扱った』という重罪の濡れ衣を着せられ、すべての罪を擦り付けられて奴隷に落とされました」


「……俺はヴォルガだ。裏社会で用心棒を中心に色々やってきたが、一番信頼していた片腕の奴に最悪の形で裏切られ、ここに売られた」


「ルークに、ヴォルガか。ふむ……」


 名乗った2人の過去を聞き、俺はなるほどな、と深く納得した。

 彼らが生き残ったのは、何かの罠を疑っていたからではない。

 ルークは元商家としてお金の扱い、およびその管理に対して厳格な教育を受けてきたからであり、ヴォルガもまた裏社会で用心棒として生きてきたからこそ、目先の他人のお金に手を出すという愚行がどれほど最悪な結末を招くかを誰よりも熟知していたからだ。

 彼らはただ、それぞれの生き様から、当然のビジネス倫理として盗みを働かなかっただけなのだ。


「優秀だ。お前たちは、目先の小金に目が眩む有象無象とは違うようだな。我は、法と倫理を守れる者を最も信頼する」


 俺は2人への信頼を明確に口にすると、その場に大量の両替金と、いくつかの業務マニュアルを取り出した。


「これより、お前たち2人に再度研修と、明確な役割分担を行う。ルーク、お前にはその正確な頭脳と几帳面さを活かし、カジノ全体の売上金の管理と帳簿を任せる。それに加え、スロットや現金プッシャーの『硬貨の詰まり』の解消、大量の硬貨が払い出された際の手動での支払いや確認といった、客の応対を頼む」


 ルークが「なるほど」と深く頷く。

 俺は続けてヴォルガへと視線を向けた。


「ヴォルガ、お前にはキャッチャー関係のマシンの景品補充、およびフロアの警備を任せる。といっても、暴力を振るう必要はない。この城のルールの徹底を周知し、全財産を失って感情的になった連中が台を叩いたり傷つけたりするのを、未然に防止するのがお前の役目だ」


 今の段階では、マシンのシステム的な不具合や本格的な機械トラブルのエラー対応は、さすがに異世界人には直せないため、俺が担当することになる。

 だが、俺は2人に期待を込めてさらに言葉を重ねた。


「我が城では、ただの奴隷として雑用で終わらせるつもりはない。お前たちには、ここを統括する『幹部候補』を目指してもらう。真面目に働き、見事その地位に上り詰めた暁には、勤続10年を迎えた者を奴隷から解放して自由にしてやろう。幹部となったその時には、我のこなしている本格的な機械の修理やエラー対応もすべて伝授し、相応の権限も約束する」


 その瞬間、ルークの瞳の奥の「芯」に、元商人としての熱い野心がギラリと灯った。

 濡れ衣を着せられて全てを失った彼にとって、これは人生をひっくり返す最大のチャンスだ。

 そしてヴォルガもまた、裏切りにまみれた過去を振り払うかのように、獰猛な牙を覗かせて不敵に笑った。

 自分を「奴隷」ではなく、一人の「プロの用心棒」として信頼してくれたこの幽霊騎士へ、彼なりの漢気で応えようとしたのだろう。


「―――面白い。ただの雑用かと思っていましたが、それ以上のやり甲斐がありそうだ。幽霊騎士様、その役目、このルークが謹んでお引き受けいたします。すべてを完璧にこなして見せましょう」


「そういうのは得意分野だ、任せろ。そして、すぐに色々覚えて幹部ってやつになってやるよ。……なぁ、幹部になって奴隷から解放されて自由になった後も、そのままここにいていいんだろ?」


 ヴォルガの不敵ながらも少し探るような問いかけに、俺はボイチェンのイケボのまま、だが本心を込めて静かに返答した。


「……むしろ、幹部になったら残って欲しいくらいだ。解放はあくまで、お前たちを信頼しての話だからな。まあ、どうしても自由になった後に他に行くところがあるなら仕方が無いが……我らが城は、優秀な者をいつでも歓迎するぞ」


 その言葉を聞いた2人の顔に、これまで浮かんでいた奴隷特有の陰りや不信感が、今度こそ完全に消え失せた。


「フッ、他に行くあてなんてねぇよ。プロをプロとして扱ってくれる場所を裏切るほど、俺は馬鹿じゃねぇ。期待には骨の髄まで応えてやるよ、幽霊騎士さんよ」


「ええ、僕も同じです。この場所を、僕たちの新たな家にするために尽力いたします」


結果として、確固たる能力と前向きな野心を持った、最強に優秀な2人の「右腕(幹部候補)」を確保することには成功した。


―――だが、2人が残ってくれたとはいえ、現状のフロアを回すのすら、たった2人では致命的に人手が足りなかった。


頼もしいと思う反面、これじゃあ前よりは多少マシってだけで、まだまだ深刻な人手不足を抱えたブラックな状況であることに何ら変わりはない。

俺の寝室への道はまだ遠そうだ。


「はぁ……。もっと奴隷を、裏切らない、手癖が悪くないのを売ってくれ、買うからさぁ……」


俺は幽霊騎士の鎧をガチガチと鳴らし、彼らの夜間作業を手伝って一緒に重い硬貨タワーを積み直しながら、そんな都合の良い泣き言をフロアに虚しく響く電子音に向けて、ブブツと呟き続けるのだった。





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