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第7話:深夜の来訪者(しょうにん)と、完璧な予定調和





第7話 side:ダンジョンマスター ヒロユキ






 ―――チリーン、チリーン。


 静まり返った深夜のオーナー室に、突如として場違いなほど長閑のどかな鈴の音が響き渡った。

 カジノダンジョンの入口に設置していた、半ば誰も使ってくれなかった『営業終了後に用がある奴だけが鳴らす呼び鈴』が鳴ったのだ。

 そういえば、最初にダンジョンの設定をいじっていた時、何かあった時のためにとそんな音に設定していたな、とどこか遠い記憶のように思い出す。

 正式な営業時間外だというのに、一体誰が鳴らしているのか。

 

 正直、その瞬間の俺はめちゃくちゃ不機嫌だった。

 新台の売上は右肩上がりで、通販能力のおかげで景品を格安で仕入れているからこそボロ儲けできている状態。

 本来なら大喜びして、寿司や焼き肉のカタログを眺めながらのんびりビールを飲んで寝るはずの時間だった。

 しかし現実は残酷で、残っているのは未処理のタスクの山。

 重労働な現金タワーの再設置やフロア清掃のせいで身体はボロボロ、ぶっちゃけ死にそうなぐらいに辛いし、今すぐにでもベッドに倒れ込んで寝たい。

 それなのに、明日の営業準備のために一人で残業をこなさなければならない。

 そんなブラック企業一直線な現状に、心底嫌気が差しているところへ呼び出し鈴である。

 そりゃあ俺だって不機嫌にもなる。


「ったく、誰だよこんな夜中に……」


 俺は仕方なく、万が一の自衛のために『幽霊騎士』の不気味な全身鎧をガチガチと纏い、ボイチェンを起動して、怒り混じりの地響きのような重低音のイケボで応対しながら、営業時間外の客を中に招き入れた。

 そうしてフロアの片隅にある商談スペースに現れたのは、いかにも強欲そうな恰幅の良い男だった。

 男は俺の全身から放たれる(ただの残業疲れによる)凄まじい不機嫌さと威圧感に青ざめ、揉み手をしながらゲスな笑みを浮かべて頭を下げていた。


「―――お、お初にお目にかかります、偉大なるダンジョンマスター。私は周辺都市を股に掛ける商人の、ガッポと申します」


「……何の用だ、人間。我らが城は、暴力を振るわぬ者には等しく開かれているが、我の作業を止めさせたのだ。用件次第では容赦せぬぞ。それと我はマスターではなく代理である。偉大なるマスターの逆鱗に触れたくなければ注意せよ」


「ひぃっ!? い、いえ滅相もない! 幽霊騎士様、実は折り入って商売の相談がございましてな! 最近、4都市の冒険者たちの間で、このダンジョンで手に入る最高級のポーションや見事な金銀の財宝の噂がもちきりなのです。そこで、あの高額な商品類を、私と直接の交渉で取引させていただけないかと! 卸していただければ、定期的にまとまった額の一定収入をお約束いたしますぞ!」


 ガッポは俺の低い声にガタガタと震えながらも、目をぎらつかせ、周辺を回るような手広い商売をしている商人らしい強かな取引を持ちかけてきた。


 ダンジョン産アイテムの直接販売。

 俺は鎧の奥で一瞬、残高を考えて悩んだ。

 だが、すぐに通販のカタログを脳内で弾いて思い直す。

 もしここでガッポのような商人に破格の景品を安定供給して卸してしまえば、確かに一時的な一定収入にはなるだろう。

 だがそんなことをすれば、商品が街の市場に溢れかえり、わざわざ命がけでこの大森林を抜けてカジノまで遊びにくる客(冒険者)が激減してしまうのは目に見えている。

 カジノの価値が暴落して、長期的には大損するのだ。


「断る。我らが城の宝が欲しいのであれば、客として自力で獲得しろ。それ以外の取引に応じるつもりは毛頭ない。……これ以上の話が無ければ、今すぐ立ち去るがいい」


「そ、そんな!? お待ちを! では、物品の取引が無理であれば、他には……あ、あとは奴隷くらいしか扱っていないのですが……!」


 冷酷に突き放して追い返そうとした俺の威圧感に、ガッポが悲鳴を上げて食い下がった。

 奴隷? 奴隷かぁ……。

 いや、ちょっと待てよ。

 奴隷ってことは、つまり人手だよな?

 もしこれらをスタッフとして上手く使えれば……景品の補充やタワーの設置、フロアの清掃を代わりにやらせることができれば、今のこのハゲ散らかしそうな深刻な人手不足が、一気に全解消できるんじゃないか?

 ……あれ? ワンチャン、奴隷雇用ってめちゃくちゃアリなんじゃね?

 鎧の奥で、俺は自分に今最も必要なのはこれだとじわじわとかみしめるように実感していた。

 だが、そんな内心の歓喜は1ミリも表に出さない。

 俺はただの有象無象の品定めをするかのような、退屈そうな上から目線の威圧感を徹底して維持し、ボイチェンの重低音を響かせた。


「……ふむ。まあ、一応だ。一応確認くらいはしてやろう。さあ、連れてこい」


「おおっ! 承知いたしました、すぐに!」


 ガッポが安堵の表情を浮かべて外へ合図を送ると、縄で繋がれた8人の奴隷たちが連れてこられ、絶望に満ちた目でうつむいた。

 何人かの若者や、やせ細った中年、それなりの歳のおばさん。

 さらには見るからにオオカミ男って感じのオオカミ顔に全身に立派な毛が生えている大柄な奴や、額から不気味な角が頭に生えている魔族のような奴など、いかにもファンタジー世界の住人といった多様な亜人種も混ざっている。

 全体的に生活に困窮して一獲千金を夢見そうな、実にあくどい有象無象の連中だ。

 だが、彼らの恐怖と絶望に満ちた目を見た瞬間、俺の脳裏に、あのクソみたいな前世のブラック企業時代の日々がフラッシュバックした。

 使い捨ての駒としてすり潰されていた、あの時の俺とまったく同じ目だ。


 ―――嫌だな、と思った。

 

 俺は楽がしたい。

 だが、誰かを奴隷としてすり潰して得る楽であってはならない。

 ガッポは揉み手をしながら「まとめて金貨370枚でいかがでしょう!」と価格を提示してきた。

 値切る素振りを見せる商人に対し、俺は一切の金額交渉をすることなく、重々しい声で即座に宣言した。


「よし、そこにいる8人、全員買い取る。金貨370枚だ」


「おおっ! 毎度あり!」


 卸し交渉を断られて青ざめていたガッポは、一転してホクホク顔になり、金を回収すると、奴隷契約の魔道具を引き渡してそそくさと外へ逃げるように帰っていった。

 フロアに残されたのは、俺と、完全に怯えきっている8人の奴隷たちだけだ。

 これからどんな酷い強制労働が待っているのかと、ガタガタと歯を鳴らして不気味な幽霊騎士の俺を見上げている。


「……少し待っていろ」


 俺は彼らにそう短く告げると、カジノフロアの奥の壁へと歩み寄り、ダンジョンスキルを起動した。


 ズゴゴゴゴ……!


 と地響きが鳴り、壁が自動的に開いて新たな隠しエリアが創造されていく。

 俺は初期投資のポイントを使い、そこにカジノスタッフの準備場となる食堂スペースと、さらにその奥へ、ピカピカの「社員寮」のような居住スペースを全自動で作り上げた。


「……お前たちの仕事場と、寝所だ。入れ」


 困惑する彼らを新しいエリアへと投げ込むように誘導する。

 恐る恐る足を踏み入れた奴隷たちは、目の前に広がる光景に驚愕して絶句した。

 そこは、一人につき一部屋が個室で与えられる信じられないほどの好待遇の空間だった。

 しかも、壁の魔道具からは心地よい冷暖房の風が吹き出し、驚くべきことに、ひねるだけで温かい湯や綺麗な水が無限に溢れ出る不思議な筒まで完備されている。

 彼らにとっては、これまで体感したことがない夢の空間そのものだった。


「……まずは腹を満たせ、話はそれからだ。ここに置いてあるものはすべて、おかわり自由とする」


 驚きで硬直している彼らの目の前へ、俺は通販スキルを使い、新設した食堂スペースのテーブルへ、アツアツに仕上がった日本の『カップ麺』や、温かいスープ、出来立ての美味いパンの山を大量に呼び出して並べた。

 漂ってくる、異世界には存在しない濃厚で暴力的な出汁とソースの美味そうな匂い。

 長らくまともな食事を与えられず、飢えと絶望のどん底にいた有象無象の連中の目が、その瞬間にガバッと血走った。


「な、なんだこの美味そうな匂いは……!?」


「おかわり、自由……? 本当に食べていいのか……!?」


 最初は幽霊騎士の俺を恐れていた彼らだったが、あまりの食の誘惑に理性が消し飛び、我先にとカップ麺の容器を掴んで貪り食い始めた。


「美味い! 身体の芯まで温まる!」


「こんな美味いもの、生まれて初めて食べたぞ!」


 と、涙を流しながら狂ったように胃袋へ詰め込んでいく。

 そうして、目の前のおかわり自由な飯の山に完全に目が眩んだ8人は、限界を超えて胃袋に詰め込みまくった結果、全員が腹をこれでもかとパンパンに膨らませ、床に転がって苦しそうにウンウンと唸り声を上げ始めてしまった。


 ……おいおい、大丈夫かよ。

 いくら腹が減ってたからって倒れるまで食うか、普通……?あちこちから聞こえてくる情けない唸り声のコーラスに、俺は幽霊騎士の鎧の奥で盛大に呆れかえっていた。

 まあ何はともあれ、これで待望のスタッフ確保は完了だ。

 明日からのゴミ拾いや現金タワーの再設置といった、あの死にそうな重労働からはようやく解放される。

 俺は心の中で「よっしゃ!」とガッツポーズを決め、これからの楽な引きこもりニート生活の復活を確信して喜んでいた。

 しかし、人間の強欲をこれでもかと刺激し、数々の冒険者たちを破滅させてきたこのカジノダンジョンが、今度は身内に対してもうかつにその牙を剥こうとしているとは、今の段階の彼はまだ微塵も気付いていなかったのである。





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