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第6話:カジノの噂と、命懸けの入場料





■第6話:カジノの噂と、命懸けの入場料






side:とある冒険者






「おい、本当にこの道で合ってるんだろうな!?」


「ああ、間違いない。先にここへ行って大儲けした同業者に、高い『情報料』まで支払って聞き出した裏ルートだ。あいつが金貨をジャラつかせて酒場で豪遊している実物を見ちまったからな。嘘だと思う方が無理だろ」


 俺たちランクDの冒険者パーティー4人組は、古代の大森林の奥へと進んでいた。

 この森は、かつてワイバーンを巣に引っかけて仕留めたという大蜘蛛や、騎士団を一つ壊滅させた巨大ワニが生息する地獄のような危険地帯だ。

 本来なら、俺たちのようなDランク冒険者がウロウロするような場所じゃない。

 ギルドは何かを隠したがっているのか、この大森林に関する情報をやけに統制しようとしているようだが、命がけで日銭を稼ぐ冒険者たちの強欲を抑え込めるはずがなかった。

 街の酒場や宿屋では、にわかには信じがたい『嘘のような噂』がすでに水面下で回り始めていた。

 

 ―――森の奥に、一切の魔物が出ない、安全に大金を稼げる不思議な魔道具賭博場のダンジョンがある、と。


 俺たちは情報料と引き換えに手に入れた地図を頼りに、魔物の気配に怯えながら、かろうじて人が通れる程度の踏み固められつつある獣道を進んでいった。

 そうしてようやく森を抜けた俺たちは、岩壁の前に広がる光景に、開いた口が塞がらなくなった。

 不気味な洞窟の前に、これ以上なくポップで派手な手書きの看板が立っている。


『ようこそ!魔道具賭博場・カジノダンジョンへ!!』


 驚いたのはその看板ではない。

 岩壁の周辺には、すでに先客の冒険者たちが建てた大量のテントが立ち並び、その隙間で商売の匂いを嗅ぎつけた勇敢な商人たちが簡易的な商売小屋を構えていた。


「おい、回復薬なら割高で買い取るぞ!」


「こっちの干し肉はどうだ!」


 と、あちこちで騒がしく取引が行われているのだ。

 ここはドラゴンやワイバーンが飛び交う、人類の生存適性ランク外の地獄の森のど真ん中のはずだ。

 それなのに、ここだけは不気味なほど一切の魔物の気配が無く、奇妙な『生活感』と活気で溢れかえっている。

 そのあまりの異質さと狂った光景に、俺たちは完全に混乱していた。

 

「お、おい……本当にここでいいんだよな?」


「ああ、行くぞ……」


 覚悟を決めて、不気味な洞窟の入り口へと一歩足を踏み入れる。

 その瞬間、鼓膜を震わせたのは、洞窟の奥から響いてくる大音量の奇妙なゲーム音と、耳慣れないピコピコとした電子音の嵐だった。

 あまりの騒がしさに思わず眉をひそめながら、その音の渦へと進んでいく。

 だが、通路を抜けて目の前に広がったフロアの光景を見た瞬間、俺たちの脳の思考は、文字通り完全にフリーズした。


 熱気に満ちた広大な空間。

 その中で、ギラギラと輝く怪しい光の向こうに、あり得ないほど大量の『本物の現金(銅貨や銀貨)』が、文字通り溢れかえっていたのだ。

 壁には『暴力や不正は永久出禁、強制追放』とデカデカとルールが貼り出されている。

 中には『スロット』という魔道具を血眼で叩いている連中もいたが、それ以上に部屋の奥に人だかりができ、大騒ぎしている一画があった。


「うおおお! 動いた、動いたぞ!!」


「あともう少しだ! 狙え、そこを狙え!!」


 俺たちが人だかりを掻き分けて覗き込むと、そこには他とは毛色の違う、ガラス張りの大きな最新の魔道具が設置されていた。

 中には、本物の銅貨や銀貨が、まるで小さな山、いや、うず高い『タワー』のように美しく積み上げられている。

 横に貼られた説明書を読めば、これは『現金タワー崩しキャッチャー』というらしい。

 銅貨1枚を入れると、鉄の爪のようなアームが動き、狙った場所でボタンを放すと下に降りて閉じる。

 そのアームで、あの現金を崩して手前の穴に落とせば、落とした金がすべて自分のものになるという、悪魔的な魔道具だった。


 ガシャン!!!


「よっしゃあああ! 崩れたぁぁぁ!!」


 一人の冒険者が絶妙にアームを引っかけると、銀貨のタワーがガラガラと音を立てて崩れ落ちた。

 取り出し口へ、硬貨がジャラジャラと大量に吐き出される。


「倒したのは銅貨の山だが、銀貨も結構混ざってるぞ! 銅貨だけでもざっと2~300枚は落ちたんだ! これに銀貨まで混ざってるんだから確実に大儲けだぜ!」


 男たちは床に座り込んで大興奮で笑いながら、溢れ出た硬貨を夢中で拾い集めていた。

 その隣には、さらに奇妙な最新台があった。

 中を覗くと、何故か等間隔に丸い窪みがたくさん掘られた不思議な鉄板が敷き詰められており、その中央の窪みだけが赤く怪しく光っている。

 そして周囲には、軽くて白い、見たこともない奇妙な球体が大量に敷き詰められていた。

 横の貼り紙を読めば、これは地球のゲームセンターでお馴染みの『たこ焼き型キャッチャー』の仕組みを利用した運ゲー台だった。

 ルールは、銀貨1枚を入れてアームを動かし、あの白い球体を掴んで落として、運良く中央の赤い光る穴に入れば、奥にディスプレイされたアイテム『上級ポーション』が手に入るというもの。

 冒険者なら喉から手が出るほど欲しい最高級品だ。

 これがあれば、万が一の過酷な事故や重傷にも確実に対応できるからだ。


「あぁぁ~! これで銀貨20枚目だぞ!?」


 一人の魔法使いの男が、顔を青くして叫んでいた。

 すでにかなりの額を注ぎ込んでいるらしく、手元のお金は残り少ない。


「大丈夫だ! 球はだいぶ他の穴を埋めてる、次で決めてみせる!」


 男は震える手で最後の銀貨を投入した。

 アームが白い球体を掴み、鉄板の上へ運んでポトリと落とす。

 球体は他の穴のフチで跳ね、不規則に転がり――吸い込まれるように、中央の赤い穴へとスッとはまった。


 パッパラー!


 魔道具から分かりやすい当たり音が鳴り響き、奥の固定具が外れて、ゴトンと上級ポーションが取り出し口へ転がり落ちてきた。


「よっしゃあああーーーっ!!!」


「やったぞ! これで一安心だ!!」


 男たちはポーションを掲げ、狂ったように抱き合って咆哮した。

 これだ。

 命の危険など一切ない安全な室内で、ほんの数枚のお金を投資するだけで、一瞬にして人生がひっくり返るほどの大金やお宝が手に入る。

 目の前で大量の硬貨がジャラジャラと物理的に動き、音を立てて吐き出されるその圧倒的な光景に、俺たちの欲は限界まで刺激され、脳がジリジリと焼かれていくのが分かった。

 この光景を見て、周辺の冒険者たちの理性が保てるはずがなかった。

 誰もが我先にと財布を引っ張り出し、魔道具へ殺到していく。

 だが、ここは天国であると同時に、地獄でもあった。


「クソッ! どうして落ちないんだよぉ!!!」


 別の『現金タワー崩し』の前で、一人の戦士の男が髪をむしり取らんばかりに絶叫していた。

 中の銀貨のタワーは完全に傾いており、あと数ミリ、ほんの少しの衝撃で崩れ落ちそうな絶妙な位置で止まっている。

 ここまで来れば、もう本人だって引くに引けず、辞めるに辞められない状態なのだろう。

 男の背後には、「もう諦めてさっさとそこをどけ」と言わんがばかりの、人間の醜い強欲をこれでもかと剥き出しにした周囲の視線が集中していた。

 男が諦めて席を立った瞬間、その場に残された絶好の獲物を横から奪い取ろうと、誰もが目をぎらつかせているのだ。

 しかし、男の財布はすでに空っぽだった。


「クソ! 誰か! 誰でも良いから金を貸してくれ!! これが落ちれば銀貨何十枚にもなる! すぐに倍にして返すからさぁ!!」


 男は周囲の冒険者にすがり付いて叫び散らしたが、全員が自分のゲームに夢中で、誰も相手にしない。

 そもそも、こんな剥き出しの欲望の渦巻く場所で、誰が都合よく金を貸してくれるというのか。

 例え貸すにしても、それなりの莫大な見返りが無ければ誰も動かないし、貸すにしても正式な契約書でも無ければ後で「そんな金は知らん」となかったことにされかねないのが、このシビアな世の中の現実だ。


「あああもう、クソがッ!!!」


 ついに精神が限界を迎えた男は、怒りに任せて魔道具の頑丈なガラス面を思い切り蹴り飛ばした。

 中身を無理やり揺すって落とそうとしたのだ。

 ドゴォン!! と激しい衝撃が走り、その振動で、中の銀貨タワーが崩れて取り出し口へドバドバと落ちてくる。


「へっ!! 最初からこうしておけば――」


 と、男がゲスな笑みを浮かべて手を伸ばした、次の瞬間だった。


『ウーーー!!!【警告:規約違反・物損行為を感知。ペナルティを執行します】』


 ダンジョン全体に、脳を突き刺すようなけたたましい警告音が鳴り響いた。

 同時に、魔道具の取り出し口がガシャリと鉄板で完全に封鎖され、蹴り飛ばした男の頭の上に、血のように赤い円の紋章が浮かび上がる。


「な、なんだこれは!? 身体が動か――」


 男が恐怖に目を見開いた直後、パッと光が弾け、男の身体はその場から文字通り消え去った。

 一体、何が起こったんだ? 俺たちの頭の中には、恐怖よりもまず強烈な疑問が浮かび上がっていた。

 初めて見る光景に訳が分からず、フロア全体が一瞬にして静まり返る。


「ひ、ひぃ……本当に消えたぞ……」


 静寂を破るように、周囲のどこかから怯えたような声が漏れ聞こえてきた。


「……やっぱり、あの注意書きのルールは本当だったんだ。ここに手を出したり、暴力を振るうような奴は、本当に一瞬で出禁にされて追放されるんだな」


 近くにいたベテランらしき冒険者が呟く。

 その言葉を聞いたフロアの連中は、改めて壁の警告文を見つめ直し、規約違反者がどうなるのかを目の当たりにしたことで、その魔法とも呪いともつかない「意味の分からなさ、理解の出来なさ」に、後からじわじわとゾッとするような恐怖を覚え、背筋を凍らせていた。

 だが、それほどの未知の恐怖を叩きつけられてもなお、人間の底知れない強欲までは消せなかった。

 恐怖の余韻が冷めやらぬうちに、一人の冒険者が何事もなかったかのように再びスロットのレバーを叩いた。

 カツン、と静まり返ったフロアに冷たい金属音が響く。

 それがきっかけとなったのか、次々とプレイ音が、フロアに鳴り響く大音量のゲーム音の中に混ざり始める。

 すると、まるで最初から何事も無かったかのように、誰もが都合よく今のパージ処分を見なかったことにして、またそれぞれが賭け事に狂った声を張り上げ、騒ぎ出し始めた。

 そのあまりの異質さに、俺たちは顔を見合わせて「ど、どうする……?」と小声で相談した。


 だが結果として、別の台でさらに大金が動くのを見てしまった俺たちは、様子見しようという結論に達して、結局この場所から逃げ出すことはなかった。

 つまり、俺たちもまた、すでにこの空間の魔力に脳を焼かれていたということであった。

 





side:ダンジョンマスター ヒロユキ






 その日の深夜、カジノの営業時間が終了した後のオーナー室。

 俺、ダンジョンマスターのヒロユキは、通販スキルで呼び出したキンキンに冷えた高級缶ビールをプシュッと開け、贅沢に枝豆を口に放り込みながら、ダンジョン管理の自動ログ(データ画面)をのんびりと眺めていた。

 最初は24時間営業みたいになってたんだが、それだと俺はトイレにすら行けずに死ぬ。

 せっかく異世界転移してワンオペで死ぬとかアホの極みである。

 なので今は、営業時間を決めて営業する方針に変更した。


「ぷはぁーっ! ……新しく投入した最新台の売上も、スロットに負けず絶好調だな!」


 初期投資にかなりポイントを使ってしまった時は一瞬冷や汗が出たが、やはり俺の経営判断は間違っていなかった。

 画面にズラリと並ぶ、素晴らしい右肩上がりの売上のグラフを見ていると、思わず財布の紐も緩んでしまう。

 というわけで、今日の夜食は豪華に、某有名チェーン店のハンバーガーセットに、ドリンクは高級缶ビール、さらに枝豆まで追加した、俺特製の「すっぺしゃる」なオリジナルディナーセットである。

 ジャンクで濃厚な旨味が、冷えたビールの苦味と合わさって最高に美味い。

 俺はハンバーガーを豪快に噛み締め、冷え切ったビールを喉へと流し込みながら、ソファーにだらしなく寝そべって、思わず心の底からのゲスい喜びの声を漏らした。


「―――ああ~、他人の金で飲んで食べて……最ッ高だね!」


 しかも、この安定した売上貢献には、俺の『通販能力』が大きく関係している。

 カジノの景品に設定している上級ポーションなどの各種アイテム類は、彼らからすれば喉から手が出るほど欲しい高額な品だろうが、こちらのカタログからだと驚くほどの格安価格で購入できるのだ。

 この圧倒的な価格差を考えれば、ゲームバランスの隙を突かれて早々に景品を取られた所で、俺の財布は痛くも痒くもない。

 にも拘らず、俺はそれらの景品をかなりシビアな確率設定で取らせて、たっぷりとお金を使わせているのだ。

 普通ならクレームもののあくどい確率論なのだが、脳を綺麗に焼かれた連中からは文句一つ出ない。

 最初は、万が一の自衛のために纏っていたあの不気味な『幽霊騎士』の鎧コスプレと、ボイチェンによるイケボに誰もが驚愕し、声すらかけてこずに遠巻きに見ていただけの連中だった。

 だが、カジノに実質的な害が無いと分かれば、最近では『おい幽霊騎士! もっとあのポーションの台を増やしてくれよ!』といった、具体的な景品や台のリクエストまでしてくる。

 おいおい、俺の経営に口を出すなよと言いたいが、ここは我慢だ。

 どうせ今後を見据えて、カジノフロア全体の拡張予定ではある……人手が増えればの話だけど。


 そう……つまり、今の俺は慢性的な人手不足のせいで、ワンオペという名の『ブラック企業一直線状態』に陥っているのだ。

 画面の隅に表示されている『未処理のタスク(各マシンの景品補充、フロアの清掃、崩された現金タワーの再設置)』の山を見つめ、俺はベッドの上に寝転がって、深いため息を吐いた。


「そう考えると……何で俺、異世界にまで来てワンオペとかしてるんだろ……」


 楽をして引きこもり城を作るために始めたカジノなのに、前世のブラック企業より遥かに身体を酷使しているという、笑えない本末転倒な現実。

 まだまだ人手不足の過酷なブラック状態は続いている。

 だけど、今日のところはとりあえず大儲けできたのだ。

 俺はいつか訪れる本当のニート生活を夢見て、そのための明日への活力を得るために、このプチ贅沢の時間を心ゆくまで噛み締めて愉しむのだった。

 ハゲ散らかしそうなほどに人手不足を痛感した俺が、本気で死にかけていたのは、まさにこの夜のことだった。

 その深刻なタイミングを見計らったかのように、カジノダンジョンの圧倒的な売上とビジネスチャンスを嗅ぎつけた、とある『勇敢な商人(奴隷商)』が、水面下で俺の城へと静かに近づきつつあった。





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