第2話:未知の空間と、異界の自販機
■第2話:未知の空間と、異界の自販機
side:Cランク冒険者パーティー『銀の盾』リーダー マイク
「流石にこれ以上はマズくない?」
斥候のミリーの言葉に、俺達は立ち止った。
俺達は、南にある都市ミナーミから北側にある『古代の大森林』と呼ばれる未開の巨大森の中に居た。
ここは本来、俺たちのようなCランク冒険者が足を踏み入れていい場所ではない。
森の最奥には、かつて世界を滅ぼしかけた『ドラゴン』すら息を潜めていると言われている。
あくまで『いるとされている』だけの未確認情報だが、そんな伝説の怪物と遭遇すれば一瞬で塵すら残らず消し飛ばされる。
それだけではない。
この森の上空には『ワイバーン』が複数匹飛び交っているのが、実際に何度も確認されているのだ。
さらにこの森が恐ろしいのは、竜族だけではないことだ。
森の奥の巨木には、かつてそのワイバーンすらその巣に引っかけて仕留めたと言われるほどヤバい、巨大な『大蜘蛛』が巣を張っている。
鉄の剣では切れないほど硬い糸を出す、厄介極まりない化け物だ。
そして近くの川辺には、かつて馬車を丸呑みにし、国が討伐に向かわせた騎士団一つを丸ごと壊滅させたという、恐竜じみた『巨大ワニ』が生息している。
どれもが遭遇した瞬間に全滅を覚悟しなければならない、生きた災害のような化け物どもだ。
幸い、ここの連中は滅多に人里には来ない……はずだった。
しかし最近になって、狂乱ウルフの群れが何故か集団で人里を襲うようになったらしい。
今回はその討伐と、森の生態系が現在どうなっているかの調査のためにやってきたのだ。
正直、森の化け物どものことを考えればCランクの俺たちでは荷が重すぎる。
だが、丁度高ランク冒険者が街に居なかったこと、迅速に動かなければ街が危ないということもあり、報酬の高さに釣られて『調査と、ウルフの相手だけなら……』と、つい依頼を受けてしまった。
最初は『森の入口を少し捜索する程度』のはずだったのだ。
なのに、大蜘蛛も、巨大ワニも、肝心の狂乱ウルフの姿すら全く見当たらない。
たまに見かけるワイバーンの影すら、いつの間にか綺麗に消えていた。
遭遇しないのは幸運のはずだが、この異常な静けさが逆に不気味だった。
魔物の気配を追ううちに、俺たちはズルズルと引きずり込まれるように、どんどん森の奥地まで入ってしまっていた。
今や、俺を含めメンバー全員が、底知れない不安に押し潰されそうになっていた。
「そろそろ限界だ。一度撤退して――」
そう言いかけた時だった。
「リーダー!アレ!」
ミリーの声に思わずそちらを向くと崖のような岩場にぽっかりと入口らしきものが見える。
ご丁寧に立て看板まであった。
『ようこそ!カジノダンジョンへ!』
未知のダンジョンを見つけた場合は、その難易度がどの程度なのか見つけた冒険者達が調べなければならない。
ただこれは非常に恐ろしいことで、凶悪なモンスターが出るようなダンジョンを初心者冒険者が見つけてしまえば、中に入った途端にほぼ全滅なんてこともある。
つまり冒険者にとって新しいダンジョン発見というのは名誉よりも貧乏くじに近いものだった。
それでも調べなければならないのがギルドのルールだ。
意を決して中に入る。
中は、意外と綺麗というか単なる大きな石造りの部屋であり、魔道具らしきものと1冊の本が置かれていた。
どうやらこの本を読めということらしい。
中には『暴力禁止』などいくつかやってはいけない条件が書かれていたが、モンスターの巣とも呼ばれる場所で暴力禁止って……。
俺達が混乱していると『スロット』と呼ぶらしい魔道具に説明書が付いており、それをミリーが読んでいた。
モノ好きだなと思っていると、いきなり自分のお金を取り出して魔道具に入れ始める。
『トゥトッゥル……』
魔道具から音がしたかと思えば絵が描かれたものが猛スピードで回転し始めた。
それを説明書を見ながら台にあるボタンを押して回転を止めるミリー。
しかし絵はバラバラで止まってしまう。
「あれ? ハズレってこと?」
ミリーがぽつりと呟く。
「ほら見ろ、やっぱり怪しい魔道具じゃないか」
ガイが得意そうにそう言うが、ミリーはそれを無視して、すぐに2枚目の銅貨を投入した。
すると突然、魔道具の横側が赤く光り輝いた。
「えっと……これは赤いのを揃えろってこと?」
ミリーは魔道具の説明書を確認しながら、慎重にボタンを押した。
絵柄が狙い通りに止まり、画面に赤いチェリーが横一列に綺麗に並ぶ。
その瞬間、魔道具からお金が出てきた。
出てきたのは本物の『銀貨1枚』。
「やったね!銅貨1枚が銀貨1枚になったよ!」
ミリーが興奮気味に銀貨を見せびらかすと、戦士のガイが前に進み出た。
「お、俺もやってみる……!」
ガイは自分も当てるぞと銅貨を入れ、レバーを叩いた。
だが、そう簡単に当たるならギャンブルとは言わない。
一回、二回、三回……。
5連続で失敗し、絵柄が揃うことはない。
「クソがッ! やっぱりこれ、ただの詐欺じゃねぇか! 金を返しやがれ!」
ガイが顔を真っ赤にして魔道具にキレかけた、その6回目のことだった。
キラキラキラ!!
魔道具から不思議な音が鳴り響いたかと思ったら、画面に金色のベル図柄が一直線に揃った。
直後、受け皿に音を立てて『銀貨5枚』が落ちてきた。
「うおおおおお!!! 銀貨5枚!! 一気に返ってきたぞ!!!」
さっきまで詐欺だと怒っていたはずのガイは、思わぬ報酬に手のひらを一瞬にして返す。
命を賭けて日銭を稼ぐ冒険者にとって、一瞬で金が何倍にもなって返ってくる快感は、抗いがたいものがある。
楽しそうに金を増やしていく2人の光景を後ろから見ていたリリア、そしてモーグですら、気付けば参加したいと言い出した。
「おい、次は私の番だぞ!」
「私にもやらせてよ!」
結局、俺達は全員魔道具を使い続けて遊んだ。
最初は全体的にマイナスだったが、途中から全体的にプラスとなり、誰もがそれなりに稼げた結果となった。
「はぁ……。しかしアレだな、なんか腹が減ってきたわ」
そう言いながらガイがスロットとは形状の違う魔道具へと歩み寄る。
そこには見たことはないが美味そうな飯が書かれた魔道具があった。
「これってもしかしてこれを売ってくれるんじゃないか?」
そう言って誰かが止める暇もなく、お金を投入する。
すると飯の絵の下が光り出す。
それを押してみる。
『しばらくお待ちください』
そんな言葉が表示された。
よくわからないので文字に従ってしばらく待ってみる。
気づけば魔道具の中央下部からゴトッ!という音がする。
確認してみると何やら箱が置いてあった。
「あっつ!」
箱は意外と熱かった。
それでも何とか箱から中身を取り出す。
すると書いてあった飯と似たようなものが入っていた。
それをみんなで見ていたが、腹が減ったと言っていたガイが、我慢出来ずにそれを口にした。
「……ヤバい。超美味いぞこれ」
「ちょっとガイ、私にも頂戴!」
「俺にもだ!」
熱々の芋を細く切っただけのものが美味い。
何の肉か分からんが、とにかく柔らかくて美味い揚げた肉。
何かを丸めて焼いたもの。
そのどれもが食べたことが無い味であり、なおかつ美味いのだ。
「うっはー! なにこれ~!?」
食べ物に夢中で、そろそろ何か飲み物が欲しいと思っていた時だった。
ミリーの声に皆が振り返ると、別の魔道具でどうやら飲み物が売っているらしい。
彼女の手には、見たこともない軽くて白いコップのようなものが握られており、中には何と貴重な氷と謎の黒い飲み物が入っている。
「見た目がアレだけど、甘くてパチパチって刺激があって、しかも氷が入ってるんだよ! ほらっ!!」
ミリーが興奮気味にコップを差し出して見せてきた。
小さいが数多くの氷が入っているのを見て、俺たちは息を呑んだ。
この世界において、氷はとてつもない貴重品だ。
夏場に水系魔法使いをわざわざ雇い、多大な魔力と引き換えに生成することで、王侯貴族がようやく口にできる『最高の贅沢』とされる超高級品なのだ。
それが、ダンジョンにある魔道具から、普通に出ている。
しかもあり得ない値段で。
ミリーが目を輝かせて飲んでいたのは、例の世界的な黒い炭酸水―――『コーラ』であった。
世界を魅了してやまないあの悪魔的な中毒性は、この異世界においても健在らしい。
「これは少し調査が必要だな」
そんな形だけの言い訳を並べて、俺達は儲けた金で次々と色々なものを購入しては食べて飲んだ。
それからどれぐらい時間が経過しただろうか。
ようやく動き出した俺達は、証拠が必要だなと交換品として並んでいた高品質のポーションを1つ交換してから街に戻るためにダンジョンから出て行った。
side:ダンジョンマスター ヒロユキ
俺だけが入れる聖域であり、安全なモニタールーム。
俺は私服のスウェット姿のままリラックスして、記念すべき最初のお客さんとなった冒険者たちの様子を、モニター画面で確認していた。
「よしよし! 初日の営業は大成功だ! トラブルも一切なくスロットや自販機を利用してくれたぞ!」
俺は画面を見つめながら、拳をグッと握ってその成功を素直に喜んでいた。
万が一にも外に出るとなった時、自分がダンジョンマスターだとバレたり、素顔を覚えられてしまうと今後の引きこもり生活に支障が出て非常に厄介だ。
そのため、事前にダンジョン管理のポイントを消費して『変装コスプレセット』とやらを購入しておいたのだが……届いた中身を見たら、見事なまでに禍々しい漆黒の全身鎧『幽霊騎士』と、不気味な低音を響かせるボイスチェンジャーという最大の大ハズレを引いてしまっていた。
これ以外に変装用の衣装が支給されていない以上、外に出る時はこれを使うしかない。
一体何の罰ゲームだ。
今回は幸いにも、客が一度も規約を破らず外に出る必要がなかったため、あのコスプレセットを使用せずに済んで本気でホッとしていた。
だが、今後を思うと実に頭が痛い。
「(まあ、何はともあれ無事に終わったし。客に勝手に自動で貢がせて、俺は夢の不労所得ニート生活を―――)」
楽園の完成を確信して笑みを浮かべ、誰もいなくなった静かなフロアのモニターを何気なく確認した瞬間、俺はぐぬぬと額を押さえた。
自販機の取り出し口の周りやテーブルの上が映し出されていた。
「(……って、おい! 連中の荒らした部分の掃除や、これからのスロットの設定調整なんかもしなきゃって……結局これを着なきゃダメじゃん……)」
自動化して楽をしようとした結果、客が去ったあとの地味な後片付けや、今後のスロットの設定調整といった雑務が、容赦なく自分の肩にすべて跳ね返ってくることに気づいた。
しかも、いつ次のお客さんが不意に入ってくるか分からない以上、素顔のままフロアをウロウロするわけにはいかないのだ。
俺は深くため息を吐きながら立ち上がると、何という罰ゲームかと文句をブツブツと吐き捨てながら、仕方なくあの禍々しい幽霊騎士のコスプレを一式身に纏っていく。
重苦しい兜をガチリと被り、ボイチェンを起動させると、掃除道具とスロットの鍵を手に、誰もいないフロアの清掃と設定調整の作業へとトボトボと向かうのだった。
side:Cランク冒険者パーティー『銀の盾』リーダー マイク
「いや~、よくわからないダンジョンだったねぇ~」
「ホントな。最初は負け続けるから詐欺なんじゃね?って思ったけど。レバーを叩いた瞬間のあの音、思い出すだけでゾクゾクするぜ……」
仲間たちの熱狂した感想を聞きながら、俺は背筋に冷たいものが走っていた。
あの大森林の化け物どもが一切襲ってこなかったのは、もしかしてこの奇妙なダンジョンが、森全体の生態系を狂わせ、裏から支配しているからのではないか……? モンスターは出ない。
だが、冒険者の胃袋と脳を完全に破壊して金を吸い上げる、底知れない未知の迷宮。
俺はこの異常なダンジョンの存在を、一刻も早く報告しなければならないと、固く決意した。
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