第08話 第一容疑者(叔父親子)との対面
あれ……。レイナルトって伯爵だった。
――と、作者も思い出した回です。
リアクション、ブックマーク、評価が本当に励みになっています。 一つひとつの反応に力をいただいています。
メイド長に案内されて辿り着いた応接室。
中から複数の男性の、くぐもった声が漏れ聞こえてくる。
「奥さま。失礼のないよう、お願い致します」
メイド長に釘を差される。
うぅ~、緊張します。
レイナルト様の叔父、アーノルド様。
従兄弟のエドガー様。
結婚式でご挨拶したはずですが、名前を間違わないようにしなければ。
確かアーノルド様は、実家のお父様と同年代です。
なんとか、仲良く――いえいえ、駄目です。
ニャン旦那様のお話を忘れてはいけません。
なにせ、未来の“容疑者”ですから。
でも、最初から疑ってかかっていいものでしょうか。
思い込みほど怖いものはない。
そう思います。
なにせ、先日思い知ったばかりです。
社交界であれ程の人気を誇った旦那様が、なぜか私を選び、そして猫になって現れるのですから。
それに、疑い深く親切な方々が色々と忠告してくれました。
“思い上がるな”
“たまたま毛色の違う女が物珍しく見えた”
“すぐに捨てられる”
ですが二年後も、レイナルト様は私の旦那様らしいです。
すぐに捨てられることはない。
足元のニャン旦那様が私を見上げて、小さく鳴きました。
そして今、こうやって側にいてくれる。
未来のレイナルト様――ニャン旦那様が心配そうに頭を寄せてきました。
まるで、『大丈夫だ』と伝えてくれているみたいです。
まだ女として見られている自信はありません。
ですが、二年間の結婚生活では『家族』として見てくれていたのでしょう。
私も、きっとそうだと思います。
今朝のレイナルト様を見て、なんだか胸の奥がムズムズしました。
私が首元にキスをしただけなのに、あんなに真っ赤になってしまうなんて。
素直すぎて、少し心配になります。
それに。
――ちょっと可愛らしかったですし。
少しだけ顔が熱くなってきました。
両頬を手で包むと、熱を帯びたようになっています。
要するに、皆さんの忠告を信じていたら、あんなレイナルト様を見ることはなかった。
……今では、彼を信じて良かったと心から思います。
さて。
レイナルト様の叔父親子が犯人かはわかりませんが、自分の目で確かめなくては。
なんとしても二年後に、二人とも生きて笑い合う未来を勝ち取る。
そう決意をして、扉をノックすると。
執事長が扉を開いてくれました。
私よりも半歩前を、ニャン旦那様が歩いていきます。
本当に心強い。
「お待たせ致しました。クララ・ヴィセルクです。アーノルド様、エドガー様。これからよろしくお願いします」
入室と同時に、スカートを軽くつまみ頭を下げる。
実は実家の両親のおかげで、マナーだけは自信があるのです。
“変わり者”と有名になってしまった私が困らないように、と両親が熱心に教育したと聞きました。
技術は身を助ける、ですね。
頭を上げると、レイナルト様と目が合いました。
首元をちらりと確認する。
――あった。キスマークが残っています。
ですがちょっと……。
アレな感じですね。
見てはいけないものを見てしまった感覚です。
応接室では、刺激が強すぎるかもしれません。
首筋なのに何故??
唇にキスをしたわけじゃないのに、恥ずかしくて逃げ出したくなる。
「クララ、私の隣へ」
レイナルト様が、サッと立ち上がって私の手を引いてくれました。
こういう所が狡いです。
やだ、顔が赤くなっている気がする。
導かれるまま椅子に座り、目の前の二人と挨拶を交わす。
無難な会話で乗り切らなければ……。
「結婚おめでとう。レイナルト」
「ありがとうございます」
少しだけ硬い声のレイナルト様。
やはり、親戚とはなかなか難しいものです。
「従兄弟どのが結婚なんてなぁ。まだまだモテ盛りなのに、勿体ない」
「……エドガー。今日は祝いに来たんだ。黙りなさい」
アーノルド様は、深く皺が刻まれている眉間をさらに顰めた。
エドガー様は、レイナルト様と同年代に見える。
最近流行している、少し着崩したスタイルだった。
反対にアーノルド様は、白い物が混じった茶色い髪をきっちりと固めてセットしていた。
細身で、グレーの衣装でシンプルに纏めている。
華美な装飾品はつけていない。
首元のブローチだけだ。
「しかし、ルノー子爵家なんて弱小な所から娶った意味はなんだ?私が何度も紹介してやった令嬢たちの方が利点が多かっただろう」
私を一瞥しただけで、アーノルド様は興味を失ったようでした。
身体の芯から凍えるような冷たい瞳です。
「もっと家のことを考えるべきだ」
アーノルド様は、鋭い視線でレイナルト様を睨んでいる。
それを受け止め、レイナルト様は笑みを濃くした。
「叔父上の仰る通りですね。私も、もっと伯爵家のために尽くすつもりです。昔から我が物顔で動き回る鼠が想像以上に多いようで。これ以上外から招き入れると家を食い潰されますから」
「レイナルト!誰に向かってそんな口を……!」
がたりと、席を立とうとするアーノルド様。
向かい合って座るレイナルト様は、落ち着いた様子です。
ゆったりと、カップを口に運んでいる。
「何故、叔父上がお怒りに?私は不届き者の話をしただけです。伯爵は私ですが、それを未だに理解していない者が多い」
二人は、数秒間睨み合った。
「そう思われませんか、叔父上」
「思い上がるな。一人で全てをこなせるとでも?」
レイナルト様は意に介さずに、肩を竦めた。
それを見たアーノルド様の顔が真っ赤になる。
――ああ。怖いです……。
私は、置物のように座っています。
口を挟める空気じゃありません!
溜め息をつきながら座り直したアーノルド様は、私を見据えた。
品定めしているような視線を感じる。
「レイナルト。この娘が皆に認められると思っているのか?」
「誰が認めないのでしょうか。当主に弓を引く行為だと判断しますが?少なくとも一族内で反発がない事を願っています」
場の空気が、一気に冷えた気がする。
「忌々しい。お前は先代の伯爵だった兄にそっくりだ。その結果、お前の母は随分と苦労したというのに。親子で繰り返すつもりか」
「……そんなに心配してくださるなんてありがたいですね。是非、叔父上もクララを支えてやって下さい」
話の矛先が飛んできた。
緊張のせいで手のひらが汗でべっとりだった。
ですが、無理やり笑顔を作り、背筋を伸ばす。
レイナルト様が庇ってくださったのに、私だけが逃げ回るわけにはいきません。
「皆様に認められるように力を尽くします」
「……どうだろうな。気の弱いお嬢さんには無理だろう。どうやって乗り切るっていうのか」
呆れたように息をつかれてしまった。
「ですが、今さら後戻りもできません。……これで証明になるかわかりませんが、例えば――」
ギュッと拳を握り、アーノルド様を見つめた。
お会いした時から気になっていたあのブローチ。
それについて触れてみる。
「そのブローチ。奥様から贈られたものでしょうか」
私の言葉に、ぴくりと彼の肩が揺れた。
当たり、のようです。
周囲を納得させる。
そうしなければ駄目だと言うのなら、私も立ち向かいます。
――“溺愛夫婦”になって、二年後の不幸を回避してみせましょう!
クララ、チョロインですね!
ですが、与えられた役割は必死にこなそうと努力する、真面目な部分もあります。
あとは……レイナルトの顔面が凶器なんだと思います。
ここまでお読みいただき、ありがとうございました。
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