第09話 クララの立場と嫌味なメイド
叔父、従兄に続き、今度は嫌味なメイドの登場です。
リアクション、ブックマーク、評価が本当に励みになっています。 一つひとつの反応に力をいただいています。
「そのブローチ。奥さまから贈られたものでしょうか」
私の言葉に、ぴくりと彼の肩が揺れた。
当たり、のようです。
女性からのプレゼントだと思いました。
デザインが繊細で、女性が選びそうなのです。
そして、堂々と公の場で身につける。
対外的にも、妻以外の方からの贈り物を着けてくるはずがありません。
「……ああ。結婚してすぐに妻が贈ってくれたものだ」
「それをずっと大切にされているなんて素敵です。私たちも、そんな夫婦になりたいと思います」
少しだけ……ほんの少しだけですが、アーノルド様の目元が緩んだように見えました。
十年以上前に奥さまを亡くされた。
そう聞いていたのですが、その想い出の品を今まで大切に使い続けている。
意外でもあり、しかし納得でもありました。
「まあ、今後の君次第だな」
アーノルド様は、執事長と話し合うと言って席を立ちました。
領地についての報告など色々とあるようです。
「じゃあ、今日はこのままお暇しよう。また今度――ヴィセルク夫人」
最後に挨拶をした時には、一応名前を呼んでもらえました。
――こうなると……。
むしろエドガー様が気になります。
「お前は帰らないのか、エドガー」
「レイナルトは相変わらず冷たいねぇ。せっかくだし、もう少し、ご婦人と交流したいじゃないか」
アーノルド様が退出した途端、エドガー様は姿勢を崩して、長い足を投げだした。
ああ……。
あんなに立派なマホガニーのテーブルに靴が!
靴跡が残ってしまいます!
「……俺が冷たい、か。どうせ、話があるんだろう?叔父上が退出するのを、ずっと見計らってたじゃないか」
「ああ……やっぱりレイナルトにはバレバレだよな」
へら、と表現するのがぴったりな笑顔です。
レイナルト様が、眉間を人差し指で揉んで渋い顔をしました。
なるほど。
いつも通りなのですね。
「……金か」
ちらり、と二人は私に視線を向ける。
あ、これは退出したほうがいい話題みたいです。
足元のニャン旦那様を見ると、彼も頷いています。
仕方ない。
情報収集はレイナルト様に任せましょう。
「では、私はここで失礼しますね」
「すまないクララ。昼食は――」
『絶対に一緒に……だ!』
ニャン旦那様が、ひょこりと顔を出してレイナルト様を遮った。
まずい!
人前で喋ってしまったら大騒ぎになります!
「ニャン旦那様……!今はしー!です!しー!」
「お前の奥方……ネーミングセンスが凄いね。さすが、社交界でも有名な――」
あれ。
ニャン旦那様の言葉は聞こえなかった?
エドガー様は気にした様子も見せない。
「エドガー!俺の妻だ。無礼な態度を取るようならすぐに出ていけ」
「はいはい。申し訳ありませんでした、夫人。こんな感じですが別に悪気はないんですよ」
謝罪も軽いが、笑った顔は、さらに軽い。
長居しても楽しくありません。
私はそのまま謝罪を受け取り、部屋を後にした。
◇◇◇
廊下をトテトテと歩き出すニャン旦那様の後ろをついていく。
どうやらこのまま庭まで出るようです。
さすがに人目がある所では話しかけられない。
途中で、上級メイドとすれ違った。
その瞬間、彼女が耳元で呟いた。
「……いい気にならないで。“変人令嬢”のくせに、レイナルト様の妻に収まるなんて」
サッと足を掛けられ、顔から床に転びそうになる。
あ、まずい……!
気がつけば、目前に床が迫っている。
『クララ!……ギャフン!』
思わず目を瞑ると、顔の下に柔らかいものが当たった。
あ……!
ニャン旦那様が、私の下敷きになってしまった。
もしかして、私を守るために!?
「ニャン旦那様!大丈夫……」
慌てて彼を抱き上げると、隣からクスクスと嘲るような笑い声が聞こえてきた。
「……貴女。名前は?」
「ああ、申し訳ありません“奥さま”。男爵家のノーラです。レイナルト様とは昔馴染みですの」
メイド服で、社交の場でするような礼をする。
その滑稽さに、本人が気づいていない。
「……よく、覚えておくわ」
「光栄です。近い将来、レイナルト様のお側で特別なご挨拶をさせていただくこともあり得ますし」
まさに性悪ってやつですね。
ギラギラとした瞳が、私を挑発するように光っています。
「それは、どういう意味かしら」
「いえ。そんなこと、私からはとても口に出せませんわ」
こんな嫌がらせ、よくあることです。
相手にしても仕方ありません……。
ノーラの笑い声を背に受けながら、足早に歩き出す。
まるで、逃げるように――。
腕のなかの猫は、ずっと毛を逆立てていた。
私はその温かさに、守られているような気がしていたのでした。
庭に出ると、風が葉っぱを揺らす音がする。
暖かな日差しに包まれ、先ほどの空気が少しずつ遠ざかっていく。
怪我のなかったニャン旦那様は、今も先を歩いている。
本当に無事で良かった。
それにしても……。
猫ちゃんだから、お昼寝でもするんでしょうか。
庭の奥までやってきて、ようやく声をかけました。
「お散歩ですか?」
ニャン旦那様は足を止めずに答えた。
うむむ。
目的地があるみたいですね。
『……ああ。あんな目に遭ったんだ。少し気分転換しよう。君は散歩が大好きだろう?』
「そうですね。とんだ災難でした。実はお散歩は大好きです」
背中しか見えないけれど、頷いているような気がします。
未来の私は、ニャン旦那様とどんな話をしていたのでしょう。
私の好きな本の話や、レイナルト様の趣味。
そんな他愛ない会話もあったのかもしれません。
ニャン旦那様が、ふと立ち止まり、そこに座り込んだ。
尻尾がゆらゆらと揺れています。
ニャン旦那様が私を見上げました。
『クララ、あの石、なんの形に見える?』
「え?」
彼の前脚が指し示したのは、木陰にある大きな石でした。
ニャン旦那様よりも大きく見えます。
ぱっと見は、丸みを帯びた三角です。
「あら。本当だ、石がありますね。……うーん。カエル……でしょうか」
上の部分がこう……ひょこ、ひょこ、と突起のように波打っています。
この部分が、目だと思うのです。
『くくくっ!やっぱりカエルだよな!……未来の君は猫だと言い張っていた』
ニャン旦那様は堪えきれないように、大きな声で笑った。
珍しいです。
本当に、ただ楽しそうに笑っています。
つられて、私も笑ってしまいました。
ひとしきり笑った後、彼の視線がその石の下に落ちた。
『……待て』
その直後。
ぴたり、と止まったニャン旦那様は、石に向かって走り出した。
「いきなり、どうしたんですか!?」
私は理由もわからずに、彼を追いかける。
先ほどまで形について話し合っていたその石の、すぐ真下。
ニャン旦那様は、その部分をポンポンと前脚で叩きました。
『土を掘り起こした跡が……いや、埋め戻したのか?ここだけ土が湿っている』
確かにその場所は、湿っているように土の色が違う。
目に見えない何かが、じわじわと頭の中を占めていく。
どうしてニャン旦那様は、この場所を覚えているのでしょうか。
未来のレイナルトとクララの会話が可愛らしくて、気に入っています。
たぶんクララは真面目に答えていて、レイナルトは内心ニヤけていたんじゃないでしょうか。
ここまでお読みいただき、ありがとうございました。
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