第04話 明日から私は溺愛されるようです
クララは感性は普通です。
傷つく時は傷つきます。
レイナルトーー!と叱ってもいいと思います。
「で、溺愛……?俺が……」
レイナルト様の呆然とした声。
それを聞いている私は複雑です。
ニャン旦那様の言うとおりにしていたら、なぜか愛され妻に?
「いや、無茶を言うな!何故そんなことを――」
「……無茶、ですか」
しかも、不本意そうなレイナルト様が酷い。
ちょっと乙女心が傷つきます。
結婚式でも、披露宴の挨拶回りでも、初夜でも。
お互いに、労いの言葉もありません。
これからパートナーになるのに……。
私は最初から拒否されています。
そして、二年後には二人とも死んじゃうなんて……。
思わず、肩が震えました。
堪らえようとしても、しゃくり上げる音が隠せません。
なんて辛い運命なんでしょう。
「ク、クララ……」
さらに情けない声を出すレイナルト様から視線を逸らす。
さっきから、私の様子に毎回わたわたして。
こちらを気遣うふりもして。
なのに、拒否!
何なんですか、もう!
「やっぱり最低男ですーー!ニャン旦那様、やっぱりレイナルト様は“旦那様”じゃないです……」
ぼろぼろと零れ落ちる涙を必死に拭う。
慌てた様子を見せるレイナルト様なんて知らない。
彼から背を向けて、サイドテーブルの上の猫を抱きしめる。
ふわふわで柔らかくて。
それだけでも痛みが和らぐ気がした。
――ぐぇ!
一瞬、うめき声が聞こえた……と思ったら、ニャン旦那様がスリスリと頬を寄せて言った。
『クララ、すまない……。でも、あいつの話も聞いてやってくれ』
「……ニャン旦那様」
ちらり、とレイナルト様に視線を向ける。
彼は、私にたじろいだようにつま先を浮かせた。
ほらーー!!
「でも、つま先が浮いてます……!完全に逃げたい時の癖じゃないですかーー!」
私の腕の中でニャン旦那様は脱力した。
ぐにゃりと力が抜けている。
『……お前』
「違う!違うんだ、クララ!誤解だ……!」
レイナルト様は言い募るけれど、やはり。
私とニャン旦那様の目が合った。
お互いに無言で頷く。
「……逃げ腰です。そして、言い訳の常套句です……」
『いや、本当に。我ながら見苦しい……』
「おい、猫ーー!お前もフォローしろよ!」
『……俺はこんなにも情けなかったのか』
えーと。
ニャン旦那様が言うとおり、本当に情けないのかもしれない。
必死に言い募ろうと口を開くレイナルト様は、普段の爽やかさの欠片もない。
「……失言だった。すまない。だが、よく知らない男にいきなり触れられるのは嫌だろう?だから……」
パシ!パシ!と猫の尻尾が私の身体を打ってきます。
痛くはないんですが……苛立っている?
そんな様子です。
「いや、違う。これも言い訳だな……」
レイナルト様は一度髪をかき上げて、息をついた。
私を落ち着かせるように、ニャン旦那様がまだスリスリしてくれている。
その頬と喉を撫でてあげる。
(初夜はニャン旦那様と過ごせばいいかも。未来の旦那様ですし)
とりあえず、渾身の一撃はお見舞いできました。
だから、そこまで傷つかなくてもいいかもしれない。
「俺の一目惚れだった」
「……え」
まだ言い訳が続くと思っていた私は、思わずレイナルト様の顔を見た。
「信じられません」
つい、0.1秒で即答してしまいました。
一目惚れ。
……レイナルト様が一目惚れ?
私に?
社交界では、私よりもっと美しい令嬢もたくさんいるはずなのに。
ちらり、と自分の茶髪を見下ろす。
自分では気づかなかったけれど、実は美女だった……はないですね。
残念ですけれど。
「……私は変わり者です。影で笑われているのも知っています」
そして、レイナルト様は若き伯爵として有名でした。
艶のある金髪も、緑の瞳も。
理想の王子様みたいな、そんな立ち姿を何度かお見かけしました。
そんな彼が、私に一目惚れ?
私との接点もなかったのに……。
「それでも、やっぱり信じられません」
「……クララ」
「面白い女……ってやつですか?」
ぐっ、とレイナルト様が変な声を出して口元を押さえました。
私から顔を背けて、肩を震わせています。
――これはやはり。
噂の、『面白い女性』が好きという男性。
そんな特殊な趣味をお持ちなのかもしれません。
『……これがクララの魅力だな』
「ふっ、はは!確かに。……そんな君がいいんだ、クララ」
ニャン旦那様とレイナルト様に褒められ(?)ました。
ロマンス小説でも、こんな展開は珍しいような……。
ですが、なぜか心が軽くなっていきます。
だって。
周りに駄目だと言われた部分を見てくれる。
それは、私にとって嬉しいことなのです。
今なら、結婚した理由なんてどうでもいいと思えます。
レイナルト様が、こんなに困って、私に言い訳をしている。
それだけでわかることもあるんです。
――無関心じゃない。嫌われていない。
それなら、ここから始められる。
きっと。
多分?
『レイナルト。明日、クララの実家に連絡を入れるんだ。クララ専属のメイドを寄越して欲しいとな。お前の名前で、確実に、だ』
それを聞いた瞬間に、私は飛び跳ねた。
メリーが来てくれる?
正直、知らない場所で一人でやっていくのは不安だった。
「ですが、専属メイドは必要ない、と伯爵家から断られたと聞きました……」
そうなのです。
子爵家のメイドでは教養が不安だ、と。
それを聞いた時、お父様がずいぶんと怒っていました。
なので、身一つで伯爵家へ嫁ぐ私を物凄く心配して送り出してくれたのです。
「俺は、そんな話は聞いていない。クララが望んで、一人で来たものだとばかり思っていた……」
『クララと俺たちの情報が食い違っているんだ。……気になるだろう?』
ニャン旦那様が鼻を鳴らした。
それを見たレイナルト様は、考え込むように眉を寄せる。
そして、そのまま顎に手を置いた。
えーと、そもそもレイナルト様の指示じゃないのに、勝手に動く使用人がいる……と。
それは、嫌な予感しかしません。
『レイナルト。俺は、クララを優先するぞ。お前が間抜けなままなら……クララをここから自由にさせる』
「……な!新婚だぞ!?」
『なら、そう振る舞え。後悔する前にな』
ニャン旦那様の言葉に、レイナルト様は頷いた。
「わかった。俺は溺愛夫だ」
いやいやいや。
溺愛夫って、こんなに覚悟を決めて、なるものなのでしょうか?
しかし、男性の決意表明を邪魔するほど野暮ではありません。
私は無言で拍手をしました。
――明日から私は、旦那様に溺愛されるようです。
さて、溺愛夫になる日はいつでしょうか……。
ここまでお読みいただき、ありがとうございました。
もし物語を楽しんでいただけましたら、
★やブックマークで応援していただけると励みになります。




