第02話 猫が語る二年後
クララは、自分が「変わっている」というズレに気づいています。
「お前が二年後の俺?……猫なのに?いや、悪魔の類か何かだろう」
レイナルト様は痛みが収まったらしく、ドカリとベッドに腰掛けた。
そしてガシガシと頭を掻いて、ニャン旦那様を睨み返した。
『まあ、当然の反応だな』
疑いの視線を向けられても飄々としている。
……うーん。
ですが、猫ちゃんが喋る時点で不思議なのです。
そういうこともあるのでは。
こんな事ばかり考えているから『変わり者』と評判になってしまったのですけれど。
流行に敏感なご令嬢とお話ししても、いつもついていけません。
うちの家族も笑って慰めてくれたのですが、直りませんでした。
レイナルト様から求婚状をもらった時は、両親と三人で互いの頬をつねったものです。
実情は『白い結婚』だったようですが。
ぬか喜びさせるなーー!と心が叫んでいます……。
「ほらほら、ニャン旦那様。ご本人しか知らない秘密の出番ですよ。かなり疑われてます」
『ふむ。日記の隠し場所とかか。しかし、これは弱いな……。何がいいか……』
「そうですねぇ。こういう時の定番は、やはり幼い頃の……」
『……いや。これにしよう』
ニャン旦那様の目がきらりと光り、弧を描いた。
おお。
悪そうなお目々をしています。
『二年前の年末の祝賀会だ。王宮の庭園。その噴水前で――』
「待て!それは――!」
その言葉を聞いた瞬間。
レイナルト様が慌ててニャン旦那様に飛びかかった。
それをスルリとくぐり抜け、ニャン旦那様は私の足元へ。
さすがです。
そして、尻尾を絡めてくるなんて、なんて可愛らしい。
『会場の外に出ると、ざわめきが遠ざかった。もともと苦手な夜会だ。そこから逃げ出して息をついた……そのとき』
軽やかなリズムの語り口と逃げ足だ。
レイナルト様は必死に腕を伸ばすが、捕まらない。
「待てと言っているだろう!」
『どこからか可愛らしい歌声が聴こえてきた。つい気になって見に行った』
「待て待て!やめろ!」
もはや絶叫に近い。
心なしか、いつもより顔も赤い気がする。
相当恥ずかしい出来事だったのでしょうか。
「歌声?歌手の方ですか」
確か、二年前の祝賀会は私も出席していたはず。
歌手も呼ばれていた憶えがあります。
お気に入りの曲だったので、嬉しかったんですよね。
『ふっ。君は気づいていなくて当然か。そんな美しい光景のその陰に、声もかけられない臆病者が居たって話だ』
ニャン旦那様がチラリとレイナルト様を見た。
あんなに慌てて止めるとは、よっぽど話しかけたかったのでしょう……。
「旦那様の、淡い想い出話を初夜で聞くのは複雑です」
思わず、眉が寄ってしまう。
さっきの私も酷かったですが……!
いや。
新婦に殴られるのも大概でした……。
レイナルト様が頑丈で良かったと思います。
でもでも。
政略結婚だろうが白い結婚だろうが、女性関係のお話は駄目です、ニャン旦那様!
『……いいや。本当は二人きりで、この話をさせてやりたかったが。クララ、君を虐めているわけじゃないから、そんな顔をするな』
またトテトテと寄ってきて、私の夜着にちょこんと手を当てた。
前脚ーー!!
「ニャン旦那様……!尊い!」
『まあ、初っ端からやらかす男には無理な話だな』
ニャン旦那様のヒゲがピクピク動き、口の端が僅かに上がった。
おお。もしかして猫ちゃんも笑えるのでしょうか。
しかも、ニヤリって表現がぴったりだとは。
「……わかった。とりあえずお前の話を聞こう。だが……」
『聞くだけ、なんだろ?自分の考えなんてわかってるさ』
「え、続きは……」
気になる――けれど、秘密みたいです。
これは仕方がない。
きっと相当大切な思い出なんでしょう。
諦めて溜め息をついた時に、レイナルト様と目が合った。
なぜか眉尻を下げて、じっとこちらを見ている。
「……思い出さないのか」
ぼそり、とレイナルト様が呟いたのを、ニャン旦那様の尻尾がパシリと叩いた。
なぜかもう一度、パシリと叩く。
意外といい音がします。
『こういう所が駄目だったんだ。ただ待つばかりで』
「……うるさい。それなら、お前も駄目だってことになるだろう」
その瞬間。
ぶわり、とニャン旦那様の毛が逆立った。
目の前のレイナルト様も驚いたらしい。
私と同じように目を丸くしている。
『そうだ駄目だった。だから私は二年後に刺されて死ぬ』
鮮やかな緑の瞳が、私とレイナルト様を射抜いた。
部屋に沈黙が落ちる。
テーブルの上で、グラスの中の氷がカランと音を立てた。
まるで何かが崩れるように。
「は?」
レイナルト様が上擦った声を上げた。
「――え?今、なんて……」
私も、無意識に呟いていた。
レイナルト様も私も、その言葉をうまく飲み込めなかった。
まさか、そんな冗談を……。
さっきまでと同じように話しかけようとするけれど。
しかし、いつになく真剣な眼差しに口が縫い止められた。
空気が変わってしまった、その直後。
ニャン旦那様は、さらに追い打ちをかけてきた。
『クララの葬儀でな』
ニャン旦那様は、レイナルトの『実はここで……』を暴露する猫です。
ここまでお読みいただき、ありがとうございました。
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