第28話 後始末(ノーラ視点あり)
――ノーラ視点――
上級メイドは一日の猶予を貰い、黙々と荷物を纏めていった。
恨みがましい視線が私に突き刺さる。
なんなのよ……!
私のせいじゃないわ!
苛々した気分が収まらず、私物を鞄へと乱雑に詰めていく。
ポツリ。
誰かが呟いた。
「全部ノーラのせいよ……。なんで私まで巻き込まれなきゃいけないのよ」
「そうよ……!ノーラが勝手にやったことでしょう!?」
「……なっ!」
その言葉をきっかけに、今まで堰き止めていた感情を引き出してしまったようだ。
私への不満がありありと溢れてくる。
「ノーラのせいで私の人生お先真っ暗よ!」
「な、なによ……人のせいにばかりして……。あんたたちこそ……!?」
反論しようと顔を上げると、六人全員が恨みがましい目でこちらを睨んでいた。
その視線の鋭さに、思わず息を呑む。
「……うちには、持参金の余裕もないわ」
「私だってそうよ……。どうせ厄介者扱いされて、どこかに嫁がされるわ」
一度始まると、彼女たちの恨み言は止まらなかった。
「あ、あんたたちだって賛成していたじゃない……!あの女は伯爵夫人に相応しくないって!」
声を張り上げても、周囲の空気は変わらない。
彼女たちは私に背を向けて荷物を詰め始める。
「……でも、別にノーラがいなかったら何もしなかったもの」
「そうよ。自信満々に旦那様を誘惑できるなんて言っていたくせに……」
あんたたちこそ、いつもこちらの機嫌をとっていたくせに。
私の言葉にも賛同していたくせに!
今さら全部人のせいにするなんて卑怯よ。
「なによ……!人のせいにしないで!」
机を叩くと、ガシャンと音を立てて化粧品が揺れる。
「……ノーラのせいでしょう?」
「あぁ……これからどうしたらいいの……」
ふとした沈黙のあとに、また嘆きの声が上がった。
わざとらしい。
自分たちだって、昔から事あるごとにレイナルト様へ擦りついていたでしょう!?
「うるさい、うるさい、うるさい……!私のせいじゃないわよ……!」
必死に首を振ったが、さらに冷たい視線が突き刺さるだけだった。
溜め息をつかれ、嫌悪もあらわな視線を向けられ、あからさまに無視をされる。
なによ。
全部私のせいだって言うの?
あの女が悪いのよ。
社交界でも有名な“変人”が妻になれるなら、私のほうがマシだと思うじゃない……!
「ノーラのせいよ」
「……でも、私たちはノーラよりマシね」
嫌な笑みとともに、彼女たちはお互いの顔を見合わせ、自分たちを慰めている。
まるで、私を見て安心しているみたいに……。
“私よりマシ”?
その言葉に、心臓が激しく胸を打った。
「……どういう意味よ」
「わからないの?あなた、平民になって修道院行きよ。男爵家から書状が届いたらしいわ」
彼女は嘲るように、こちらを見据えた。
「そんな……!」
積み上げてきたものが、目の前で壊れていく。
私物を掴んだ指が、震えて止まらなかった。
視界がぐるぐると回り、周りの音だけがやけに頭に響く。
「ノーラが修道院ですって。一番似合わないわね。どうせその化粧品も使えないんだから貰ってあげようか?」
「やめなさいよ。ふふ、神父相手に使うかもしれないわよ」
「うそ〜!ふふふ」
くすくすと笑う声が不快だ。
なんで!?あんたたちも同罪じゃない……!
違う。違う。
私がこのまま修道院行きなんて、どうしてこんなことになったの……?
こんなの間違っているわ。
……私のせいじゃない。
じゃあ、誰のせいなの――?
◇◇◇
「どういうつもりだ!俺は、あそこまで追い詰めるつもりはなかった!」
『……甘いな。もし、恨みでも抱いたらどうする。それがクララに向かったら?』
彼女たちを乗せた馬車が、今朝早くに出立した。
馬車に乗り込む彼女たちの表情は曇り、その多くが俯き加減だったが、ノーラの瞳だけは爛々と怒りに燃えていた。
しかしそれ以外は、誰の見送りもなくとても静かなものだった。
『たかが茶器一つで随分と整理できた。……まだ不安は残るが、まずはこれでいい』
「ニャン旦那様……。彼女たちはこれから、大変な目に遭うかもしれないんですよ」
私が指摘しても、猫はゆらゆらと尻尾を揺らして窓の外を眺めているだけだ。
何を考えているのかわからない。
『俺には関係ない』
お互いに見ているものが違うのでは――。
何故かそう思ってしまう。
「……猫。今回のことは、まぁいい。彼女たちの自業自得だ。だが、毎回勝手に動かれたら困る」
『だが、効率がいい。……そろそろ“彼”も来る頃だ。不穏の芽は潰しておかないとな』
レイナルト様の言葉に、意味のわからない返事をした。
それを聞いたレイナルト様の眉が僅かに動く。
私は初耳だった。
「……彼、ですか?」
「また“彼”か。何者なんだ」
私とレイナルト様の疑問にも、答える気はないようだ。
ぷい、と背中を向けてしまった。
『……それは最後でいい。まずはエドガーを探らなければ』
「エドガー?あいつに俺を殺す度胸はないぞ」
確かに、一度しかお会いしていませんが、見るからに軽薄――いえ、快楽主義っぽい男性でした。
権力欲とは無縁なような……。
『人間、誰しも“悪人”だから悪事を働くと思っているのか?無自覚に行動する人間の方が厄介だ。そして、例の女性もな』
その言葉に、思わず喉が鳴った。
エドガー様が無自覚に行動して、未来でレイナルト様の愛人問題に関わった?
それはわかる。
理解できるし、むしろ納得するのですが……。
――今の言葉の意味は、本当にそれだけですか?
「レイナルト様、少々よろしいでしょうか」
その時、ラルフが寝室をノックした。
気づけばいつの間にか、朝も遅い時間になっている。
ラルフが訪れてもおかしくはないのですが、普段とは少し声音が違う気もします。
「……待て。俺が出る」
レイナルト様は一瞬だけこちらを確認してから、扉へ向かった。扉を少しだけ開く。
「ここで聞く。どうした、何かあったのか?」
少しだけ開いた隙間から、ラルフの声が聞こえてくる。
「お休みの所、申し訳ありません。今日は父が――いえ、執事長が体調不良の為、一日休養する許可をいただきたいと思います」
執事長が体調不良……。
それは、過労が重なったからでしょうか。
とても心配です。
「……ああ。先日は確かにふらついていたな。数日間、ゆっくりと休むといい……」
『いや、このまま長期休養させろ』
レイナルト様が答えている途中で、被せるように猫の声がした。
“長期休養”。
その響きに、レイナルト様の言葉が止まった。
私も自分の耳を疑い、振り返ってしまった。
「……は?」
「……いきなりどうしました?レイナルト様?」
レイナルト様とラルフの疑問の声が上がるが、猫はじっと彼らを見据えている。
ラルフには伝わらない猫の言葉。
それは、私とレイナルト様だけに未来の出来事を教えてくれるものだ。
『執事長は半年後にベッドから起き上がれなくなる。今のうちに休ませたほうがいい』
「………!」
ラルフはレイナルト様の様子に首を傾げ、私とレイナルト様は言葉を失った。
「――それは本当か。医者はなんて?」
レイナルト様は、必死に声を絞り出しているようだった。
ラルフは自分に質問されたと思ったのか、そのまま答える。
「いえ、本人は少し休めば復帰できると言っております。医者にはまだ――」
『屋敷ではなく自宅だ』
またしてもニャン旦那様が指示を出した。
屋敷から離れろ、ということは仕事を辞めろと言っているのも同然です……!
執事長の意思はどうなるのでしょう。
彼がその重さを知らないはずがない。
『回復しても復帰させない。…… 半年以内に決着をつける』
それほど執事長を大切に思っている証かもしれない。
しかも、半年以内?決着?
なんの話をしているのか、私にはさっぱりです。
――けれど、一言だけいいでしょうか。
(ニャン旦那様……!そんな大切なことはもっと早く言わないと駄目です……!またまた後出しですーー!)
レイナルト様の拳が無言で握られ、私は思わずギュッと目を瞑ったのでした。
ここまでお読みいただき、ありがとうございました。
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