第25話 メリーを助ける、クララの一手
白いテーブルに木漏れ日が射し込んでいた。
ヴィセルク家のテラスにはひさしがあり、私もお気に入りだ。
フォード夫人に席を勧めて、自分も座る。
お茶菓子は王都で人気の店から取り寄せ、茶葉も高級品を用意した。
メイドがワゴンを押して近づいてくる。
その姿を見て、一瞬目を疑った。
――メリー!?
彼女は事前に、上級メイドの動きが鈍いと教えてくれていたのです。
普通ならば、ヴィセルクの格を見せられる場面だ。
お客様にお茶をお出しする役目は、誰もがやりたがる。
メリーの用意したティーセットを見て、頭を抱えたくなりました。
――やってくれたました、あの子たち。
私に恥をかかせるために、大切なお客様に失礼を働くなんて……。
出されたのは、最上級の茶器ではなかった。
ヴィセルク領は青い鉱石が特産だ。
その青の染料が使われた茶器を使うよう指示していた。
しかし、今並んでいるのは、白磁の縁に金彩を施した別の客用茶器だ。
必死に笑顔を保つ。
これもお客様用ではある。
しかし、今回はヴィセルク伯爵とフォード伯爵の商談の場では不釣り合いだった。
ここで私が、レイナルト様の足を引っ張るわけにはいきません。
メリーは、カチャカチャと茶器を並べお茶を注いでいく。
緊張しているのでしょう。
僅かに顔色も悪い。
フォード夫人は、そのカップを見て指を止めた。
一瞬、夫人の顔が曇った。
その表情には、見覚えがある。
社交界での、嫌というほど目にしたものだ……!
――せっかく、仲良くできると思ったのに。
お茶会では、こういうことで相手へ牽制したりする相手も確かにいる。
“私は違います――”
そう言い訳ができたら、どんなに楽だろう……。
だが、そんな無様を晒していいものなのか。
一秒。
言い訳を考えた。
二秒。
屋敷とメリーに目をやる。頭が真っ白だ。
三秒。
フォード夫人が黙ってカップを持った。
駄目だ、このまま終わらせられない。
フォード夫人も気づいているでしょうが、何気ない顔をしてくれています。
このままでは、ヴィセルクがフォードを侮辱したと印象づけて帰られてしまう。
この場を収めなければ、お客様に申し訳ない。メリーにも責任を負わせてしまう。
なにより、彼女との関係をこんな形で終わらせたくない……!
だってレイナルト様も私も、夫妻を歓迎し、きちんと話し合うために用意した場なのに――。
“後は任せた”
私に言ってくれた、レイナルト様の言葉が頭をよぎる。
――なにか、なにかないかしら……。
必死に視線を巡らし、頭を働かせる。
頼りない私でも、今ここでメリーとレイナルト様を助けなければいけない。
自分の手元を見ると、これもヴィセルクのものらしく、やはり白磁が美しい。
その縁には金の装飾がされ、シンプルでカップの美しさを引き立てています。
思わず、口元に笑みが浮かんだ。
――金箔。
これしかない。
お誂え向きに、私にも運があるようです。
「ヴィセルク産の陶器です。この白磁に、金は映えますでしょう?」
「ええ、確かに美しいですね。この色合いが主張しすぎず、テーブルにも、女性のドレスにも合うわ」
目の前のフォード夫人は、明るい若草色のドレスです。
確かに、このカップだと仕草の優雅さや美しさの邪魔をしません。
カップの金縁にそっと触れる。
「金細工やアクセサリーにばかり目がいきがちでしたが……。ヴィセルクの技術で、金彩を施したカップを作れば人気が出そうですよね。男性の目線では、わからないかもしれませんね」
どんな仕草でも美しく見られたいのが女性です。
金装飾の茶器を売り出す。
それなら、現在のヴィセルク製の青い茶器と別ラインで進められそうです。
しかも、初期投資も少なくて済むのでは?
すでにレイナルト様に相談したくなってきました。
「ええ、本当に。ドレスの色合いについてなんて五種類くらいにしか思っていない節がありますもの」
フォード夫人も苦笑いしてカップを置いた。
その後は、何事もなく会話が続いていったが、私の頭の中に燻る怒りは消えなかった。
今回のことは、決して許してはいけない。
ただ、運良くフォード夫人が見過ごしてくれただけだ。
私への悪感情でこんな勝手なことをされると、ヴィセルクは信用を失ってしまう。
やり過ぎたのですよ、貴女たち……。
この場に、上級メイドが一人もいない。
メリーに視線を送る。
すると彼女は、私にすっと近づいてきた。
メリーの瞳は怒りで燃えている。
きっとこのまま下がる理由を与えたら、上級メイドの所へ突撃するでしょう。
ですが、メリー一人では誤魔化される可能性がある。
“重臣”。その言葉の意味を履き違えて高を括っているのだから。
「メリー。レイ(ニャン旦那様)を遊ばせてきてあげて?そろそろ、動きたくてうずうずしているみたい」
「はい。畏まりました」
私の視線を追うように、メリーが一点を見た。
ニャン旦那様だ。
実は、テーブルの下で丸まっていたニャン旦那様。
全部聞いていたに決まっています。
その場を辞したメリーは、自分で現場を押さえるつもりでしょうけれど、今回の相棒はもっと心強いですよ。
――猫ちゃんの狩りが始まりますね。
観察し、待ち伏せをして、油断した所に飛びかかる。
天敵がいないと安心していた小鳥たちは、さぞ驚くことでしょう。
「どうせなら、最上級の玩具を与えてあげてね。きっと自分で選ぶでしょうけど」
その言葉に反応して、フォード夫人が目を輝かせた。
金茶の艶やかな毛並みにうっとりとしている。
ニャン旦那様がちらり、と振り返り、慌てて逃げていく。
「まぁ……。やはりレイちゃんはハンサムで賢いですね」
「そうなのです。よく、飼い主に似ると言いますが、本当に旦那様にそっくりな猫ですわ」
女性が苦手(本人談)らしいところも似ています。
しばらく和やかな猫談義や、気難しい夫人との付き合い方を、密やかに交わし合った。
年が近く立場も近い私たちは、やはり悩みも似ています。
お茶会での失敗談も参考になりました。
「ヴィセルク夫人。妻の相手をしてくれてありがとうございます。メーベル、待たせたね」
話の途中で、男性方がこちらへ向かってきた。
真っ先に声をかけたのはフォード伯爵だった。
「旦那様。一番盛り上がってる時に来るなんて意地悪ですわ」
仲睦まじく話す二人を見ていると心が和みます。
しかし、うちのレイナルト様は……。
――この一瞬で状況を把握したようですね。
茶器の種類とこの場の使用人の顔ぶれ。
当主が気づかないはずがない。
彼女たちはレイナルト様を甘く見ています。
重臣のバランスを取るために、上級メイドに取り立てられているというのに。
それを理解してもいない。
「……クララ。君のおかげでいい話ができた。ありがとう」
「それは良かったです。それなら、もっと笑顔を見せてくださらないと駄目ですよ?それに――」
私は、そっとレイナルト様の手を取る。
仲の良さを見せつけるため?
少し前なら、そうだったかもしれません。
でも、彼の表情が読めるようになってしまった今は違います。
「大丈夫です。優秀な影が動いているので報告待ちですよ」
「……随分と信頼を得ているな、あいつは」
少し肩の力が抜けたみたいです。
良かった。
フォード夫人なら、言いふらしたりもしないでしょう。
だから、今回は成功です。
「そう言いつつも、旦那様が一番ホッとした顔していますよ?気づいていますか?」
私が言った言葉に一瞬眉を寄せて、しかし困ったように笑うレイナルト様でした。
「――こういう時だけは、な。あいつがクララの味方なのは間違いない」
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