第24話 どうしましょう、クララ様!
「クララ!三日後、フォード夫妻が来るぞ。猫が言った通り、例の鉱山から金が出たらしい」
あのデートから数日、またまた嬉しいニュースが飛び込んできました。
レイナルト様は、鉱山をお持ちのフォード伯爵に地質調査を依頼していました。
元は廃坑。
ニャン旦那様が“二年後に金が出て、新聞を賑わせる”と助言した場所です。
まさに、ここ掘れニャンニャン。
しかし、こうなると……。
その鉱山を安く売ってしまった方から恨まれそうですね。
家督争いに、ハニートラップ問題。
さらには利権など、レイナルト様の身の回りが不安になってきます。
「……旦那様が心配です。背後にお気をつけください。背中が煤けて見えます」
「ぶはっ……!」
レイナルト様の背後に立っていたラルフから変な音が漏れた。
ラルフのことではないのですが、傷つけてしまったでしょうか。
慌てて否定します。
「ラルフのことじゃないわ!別にラルフが煤っぽいとかじゃないのよ!?旦那様に言ったのよ。背後に不穏な気配を感じるとか、そんな意味よ。あ!ラルフが怪しいとかでもないわ」
あれ、逆効果でしょうか!?
言い募るほど墓穴を掘る、私の悪い癖が出てしまいました。
「……煤っぽいって、人間に使います?」
ラルフの言葉に、執事長とレイナルト様が小刻みに肩を震わせる。
少しの沈黙の後、メリーが咳払いして私に向き合った。
「これがクララ様の良いところです。メリーだけは、ええ、メリーだけは全部理解しています」
「……メリー。ありがとう!」
こうやって実家で甘やかされた結果なのですが……。
やはり肯定されるのは嬉しいものです。
「……クララ。大丈夫だ。何故そんな単語が出てきたのか本当にわからないが。俺の身を心配した言葉だろう?ラルフはまだまだ修行が足りないだけだ。俺だって理解している」
メリーに続き、レイナルト様がフォローしてくれました。
ですが、見てくださいラルフのあの表情を。
振り返って見てあげてください……!
全部私のせいなのですが!
レイナルト様は、素知らぬ顔でスープを口に運んでいる。
毎度のことながら、料理の入れ替えは継続中です。
「実は全部、お父様から教わった言葉なのです……。お父様なら、こう、ビシッとポーズをつけて言っていたはず……」
反省して視線を落とすと、今度はレイナルト様が咳き込んだ。
「お互いに修行が足りませんね」
「ラルフ……実は根に持ってるな?」
にこやかにナプキンを手渡すラルフには、いつもより圧がある気がした。
レイナルト様は、ひとしきりラルフと睨み合った後に、かたりと食器を置いて私に告げた。
とても真剣な表情です。
「クララ。男には、秘密にしておきたいことも多い。……ルノー子爵も同様だ。知らないほうがお互いに幸せなこともある」
「……なるほど。覚えておきます。ですが、お母様が言っていました。男性のプライドを守ることと、疾しいことを暴くのは別だと」
数秒後、男性陣の顔はとても引きつっておりました。
「……レイナルト様の秘密はどちらでしょう?」
あ、こういう時、お父様は“ギャフン”と叫んでいました。
しかし、口を開きかけて止めました。
レイナルト様が、どう見ても「ギャフン」という顔をしていたのです。
お母様。
男性の尊厳は、やはり大切ですね。
◇◇◇
「フォード夫人!フォード伯爵、お久しぶりです」
「今日はお招きありがとうございます」
私とレイナルト様は、屋敷の入り口でお迎えします。
晩春の爽やかな風が吹き抜け、フォード夫妻の服を微かに揺らしている。
「ご足労いただき、ありがとうございます。フォード伯爵。夫人。……クララ、私と伯爵は大切な話があるから、しばらく席を外す。後は任せた」
「はい。お任せください!フォード夫人、今日はいい陽気なので、外にテーブルをご用意しました」
レイナルト様は、そのままフォード伯爵と共に応接室へ向かっていく。
上手く契約ができればいいのですが。
さて。
私は私で、夫人をしっかりとおもてなしするのが役目です。
その場にいるメイドに声をかける。
う……。
また彼女たちですか。
ノーラを始めとした上級メイドとはまだ関係がよくありません。
不安がよぎる。
「風通しのいいテラスに、フォード夫人をご案内して。移動でお疲れでしょうから、まずは冷たい飲み物のご用意を。旦那様の大切なお客様です。よろしくお願いね、メイド長」
「畏まりました。……ご案内致します」
私に直接頼まれたメイド長の表情は変わらない。
――彼女の協力を得られれば、ずいぶんと楽になるのだけれど。
メイド長に続き、他のメイドが頭を下げる。
責任者を明示しておけば、性悪メイド――おっと、本音が漏れました。
ノーラもおとなしくなるはず。
きっと大丈夫でしょう。
多分ですが。
「クララ様。なんか嫌な予感がしますね……」
背後から、こっそりとメリーが耳打ちしてきた。
完全に同意です。
ですが、彼女たちもヴィセルクの重臣一家の出身です。
ただ私を貶める為だけに、ヴィセルクの家名を汚したなんてことになると――。
(さらに大問題になりますね)
頭を下げる彼女たちを見る。
私の性格が変でも、出自が子爵家でも、この子たちの態度は悪すぎる。
彼女たちの行動が、この先の自分を助け、時に首を絞めるというのに。
相手は旦那様の商談相手だ。
しかも、ヴィセルクに招待したお客様に対して、馬鹿なことはしでかさないとは思うのですが、どうでしょうか。
――猫ちゃんが夜中に爪を研ぐ気持ちがわかります。
未来を変えなければ、せっかく気持ちが通じ合ったレイナルト様の傍にいられない。
今朝も、ぎゅーっとしてくれたのを思いだし、口元が緩みそうになるのを無理やり引き締める。
今日だけは気を抜けない。
人の行動は、本当にわからない。
私が気に入らない。
それだけで旦那様の客人まで巻き込むのでしょうか。
今もまた、私に対しての敵意すら隠せていない。
そんな彼女たちの背中を見送る。
私は溜め息をこらえ、メリーにささやく。
「メリー。わざわざ私を不安にさせる理由があるんでしょう?違和感があるなら、全部教えてくれる?」
「それが……まだはっきりとした物はないんですよね……。たまにこちらを見て笑うだけで……」
メリーは曖昧に答えた。
私の専属メイドを笑う、ですか。
それだけでは罰せられないし、罪でもない。
「まあ、一応気にしておいてね。……さすがに今回は大丈夫だと思うんだけれど」
「はい。畏まりました」
さて、レイナルト様の商談はどうなるでしょうか?
私としては、領地の経済に貢献したいものです。
メイド長とフォード夫人を追って、密かに決意をするのでした。
◇◇◇
――メリー視点――
テーブルセットに問題はなかった。
しかし、異常だ。
メリーはさっと周囲を一瞥した。
上級使用人が見当たらない。
いつも客人のお茶を淹れる、その事を鼻にかけている彼女たちが一人もいない。
クララ様とフォード夫人が庭園に来る前に、確認しなければ。
裏口から急いで屋敷に戻る。
給仕室へ向かうと、新人メイドのアンが配膳用のワゴンに茶器を並べていた。
新人に接客を任せるのもおかしいが、それよりも。
――ひと目でわかる。
これは最高級の白磁じゃない。
ヴィセルク領の名器をお客様に出すのがマナーだ。
特に今回のような“旦那様の特別な客人”には、青い染料で模様が描かれた、自慢の逸品を出すのは周知の事実だ。
しかし、食器棚を探してもどこにも見当たらない!
隠された?
あの性悪女どもめ!
(この子に責任を押し付けて、クララ様に恥をかかせる気ね)
時間がない。
だが、お茶を出さないわけにはいかない。
目の前のまだ幼さが残るメイドを見ると、不安げにその瞳が揺れている。
ぐっと、拳を握り込む。
この子より、私がお茶を入れたほうがいいかもしれない。
いや、私が代わるとあの性悪どもが「専属メイドが許されないミスをした」と騒ぐだろう。
この子を見捨てるべき?
そうすれば、クララ様の傷は浅くて済むかもしれない。
駄目だ、考える時間が足りない。
庭園の方から、楽しげな笑い声が聞こえてくる。
まずい。間に合わない。
――どうしましょう、クララ様!
ここまでお読みいただき、ありがとうございました。
もし物語を楽しんでいただけましたら、
★やブックマークで応援していただけると励みになります。




