第19話 まだ白紙の手紙と、夫婦の会話
夜中に翌日のデートについて話しています。
クララは、こういう時間が一番好きだったりします。
王都へ行く日を指折り数えていたある日。
また廊下で、上級メイドのノーラに会ってしまった。
後ろでメリーが舌打ちしている。
こらこら。
私も注意はしないけれども。
「お聞きしましたよ。王都へ観劇に行かれるとか。外出用のドレスをお持ちしましょうか」
頼んでもいないのに、わざわざ声をかけてくる。
毎度のことながら、本当に面倒です。
「奥さまにぴったりな演目ですわね。もしかすると、レイナルト様からの遠回しなお言葉なのでは?」
本当に、どこから情報を仕入れているのか。
舞台の内容まで知っているなんて……。
「遠回しな……?」
「ええ。情けなく立ち往生する殿方がお似合いだ、とか。ふふ」
勝ち誇ったように口角を上げるノーラ。
その態度も目に余る。
けれど、それ以上に許せないのは――。
「メイドが旦那様の心中を代弁するなんて。しかも、根拠のない憶測で、ね。責任を取る覚悟があるからそんなに大胆なの?」
「な……っ!一般論ですわ」
旦那様の気持ちを踏みにじられた気がするからだ。
「では、私も一般論を一つだけ」
一歩前に出ると、ノーラが僅かに後ずさった。
私は確かに変わっているかもしれない。
けれど、頭が空っぽなわけではありません。
「男性の上辺だけを見ていると、後悔しますよ」
「……は?」
私の言葉に、ノーラは目を丸くした。
嫌味でも返ってくると思っていたのでしょうか。
でも、私はそんな性格でもありませんし。
「ただの一般論よ。さ、メリー。行きましょう」
◇◇◇
王都へ向かう前夜。
喉が渇いて目が覚めると、窓枠に身を預けているレイナルト様が目に入った。
彼の金髪が淡く光って、幻想的にすら見えた。
「……旦那様?」
私が声をかけると、彼の手元がカサリと音を立てた。
一瞬だけ肩を揺らし、ゆっくりと折りたたんで封筒に戻していく。
「どうした。眠れないのか?」
「……喉が渇いて」
ベッドから出ようとすると、先にレイナルト様が水差しを手に取った。
「動かなくていい。今用意しよう」
「ありがとうございます。…………また、白紙の手紙ですか?」
コップを手渡され、喉を潤す。
レイナルト様は、そんな私をじっと見つめていました。
……そんなに見られると、照れてしまいます。
「……ああ。あの手紙を見ていた」
「……ずっとこのまま、何も浮き出ないかもしれないですね」
「――そうだな」
レイナルト様は、優しい表情で頷いた。
手紙の原理は、よくわかっていません。
このままの方が、実はいい未来に向かっている可能性もあります。
「明日は楽しみですね」
空気を変えたくて、こちらから話題を振ってみる。
空になったコップを受け取りながら、レイナルト様も同意してくれる。
「ああ、初めてのデートだ。早めに行って王都を回ってみよう」
「そういえばそうでしたね。今まで二人で、ゆっくりお出かけしたことはなかったですね」
彼がゆっくりとベッドに上がってくる。
そして、いつもの位置で横になった。
少し離れた所でベッドが沈み込んだ。
「明日の演目のあらすじを聞いてもいいか?」
レイナルト様がぽつりと呟いた。
ふふふ。
彼のことだから、事前に調べていそうなのに。
私から聞きたいのでしょうか。
「そうですねぇ。最初は小さな勘違いから始まるんです。街一番の臆病者の青年が……あ、この人は鼠も怖がっちゃう人なんですが……」
「……鼠は誰でも嫌だろう」
嫌そうな声が返ってきます。
確かに、その通りなんです。
最初から彼は、臆病なんかじゃなかったのかもしれません。
「喧嘩に弱くて、殴られるのが怖くて、街のパン屋さんの使いっ走りにさせられていたりするんです。そんな彼が、街一番の美人を馬車から助けました」
ヒロインとの出会いは、彼の小さな“勇気”から始まったのでした。
「定番だな。その一回で惚れてしまったのか」
ちゃんと相づちをうってくれます。
「ヒロインは青年を“理想の騎士様”だと勘違いしました。本当はお屋敷勤めの使用人なんですけれど」
「そんな張りぼて、すぐにバレそうなのにな」
「ええ。彼女の前で苦手な喧嘩を仲裁したり、酔っ払いに立ち向かったり。必死に奮闘したんですが、最後にはバレてしまって」
レイナルト様がくすりと笑う。
「それで呆れられて、振られてどん底に落ちるのか」
「ええ。ですが、ヒロインも街の人も、彼の頑張りを見ていたんですよ。街中の人たちが彼の背中を押すんです」
その場面を思い出すと、心が浮き立ちます。
あの心強い旋律は見どころの一つですね。
「情けない男だな。……遅すぎないか?」
「でも、ヒロインの為に走ったシーンは大好きです!ヒロインはちゃんと待っていました。間に合ったから大丈夫なんですよ」
レイナルト様は、数秒間黙り込んでしまいました。
「……二年前、君は追いかける場面の歌を歌っていた。なぜ、あの歌が好きなんだ?」
忘れたい記憶ですが……。
彼の疑問には、しっかり答えます。
不安そうに揺れる声を、聞いてしまったのですから。
「だって、ヒーローが初めて一歩を踏み出すんですよ。勇気をもらえます。それに、そこまで追いかけてもらえるのは女性として幸せだなって……思います」
本音を語るのは恥ずかしいです。
笑われるのは、私の上辺だけで十分。
だから、本心を隠す癖ができてしまったのでしょう。
「クララが、はしゃぎ過ぎないか心配だ。迷子になったら……」
「何歳だと思っているんですか?」
護衛もメリーも連れて行くというのに、本当に心配性です。
「クララ……。もし、俺がいない時になにかあったら……」
「はい?」
そこまで深刻になるほど、過保護になってしまったのでしょうか。
私の視線に気づいたのか、彼は仰向けになって目元を隠した。
「いや、俺は完璧じゃないからな。困ったことが起きるかもしれない。そうなった場合は、ご両親にも連絡を……」
「ふふ。私の旦那様は、たまにおかしな事を言いますね。……妻が一番に頼るのは誰なのかもわからないんですか?」
冗談めかした口調で答えたのに、レイナルト様は黙り込んでしまった。
問いかけようとした瞬間に、胸元に抱き寄せられ、そっと頭を撫でられる。
「……早く寝よう」
「……はい」
「その時は、俺が絶対に助けるから――」
レイナルト様の真剣な声に、私は黙って頷いた。
彼の体温が温かくて、すぐにうとうとしてしまう。
足元で丸まっている猫ちゃんも、ずっと口を挟まずにじっとしていました。
「手紙の――未来の変化はありましたか?」
「………。」
✦―――――――――✦
レイナルト様。
『最後に会いたかったです』
クララより。
✦―――――――――✦
レイナルト様へ宛てた手紙に突然浮き出てきた文字。
両親宛の遺書はすぐに近況報告へ変わったというのに、こちらはずっと変わりません。
この言葉が消える未来を目指して、私たちは頑張っています。
レイナルト様は一瞬だけ黙り込んだ。
そして、硬い声が返ってくる。
「……まだ消えてくれないんだ」
「……まだまだ先のことですし、大丈夫です。まずは、目先のハニートラップ事件の方が重要です!」
落ち込ませてしまいました。
空気を変えたくて慌てて話題をずらしますが、こちらも重要な問題です。
私は、その女性も容疑者の一人だと睨んでいます。
なのに、頑として詳細を語らないニャン旦那様にも困ったものです。
「そうだな。クララを苦しめるものは排除しないとな……」
「ふふふ。物騒ですよ」
「……何としても未来を変えよう。俺が絶対に助けてみせる」
ハニートラップの話は、またしてもはぐらかされてしまいました。
(気まずいのはわかるんですが、対策を考えなくてはいけないのに)
この時の私は呑気にも、そんなことを考えていました。
――レイナルト様の言葉の本当の意味を知るのは、もう少し先のことになります。
なぜ、レイナルト様があの白紙の手紙を肌身離さず持っているのか。
手紙のことを誤魔化した彼の表情を、もっとよく見ていればよかったのです。
そうしたら、気づいてあげられたはずなのに……。
不穏……。
ですが、ちゃんとデートは幸せ回です!
ここまでお読みいただき、ありがとうございました。
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