第18話 二年前の恋の始まり
ついに、レイナルトが恋愛ヒーローに……?
二年前。
優雅なワルツが夜風に乗って微かに届く。
頬を撫でる冷たい風が心地よかった。
庭園に点在する明かりが、普段よりも幻想的に見えた。
王宮の庭園。
逢引にも使われるその場所で、ダンッ!と足を踏み鳴らす音がした。
――なんだ?
レイナルトは好奇心に駆られて近づいていった。
相手に気づかれないように、草陰からそっと覗き込む。
噴水に月が美しく映っているが、降り注ぐ水と風で水面が波打ち、ゆらゆらと形を変えていた。
そんな美しい光景の中で響き渡る力強い声。
レイナルトは思わず見入った。
噴水の縁に片足を掛け、足を踏み鳴らす少女。
可憐な歌声とは裏腹に、その歌詞は力強かった。
それがやけに耳に残る。
そして、小さな拳が夜空に高々と掲げられる。
「さあ、駆けるんだ!靴底をすり減らせ!追い風は臆病者を待たない!」
二年前の祝賀会。
その迫力に魅了されたレイナルトは、ただ静かに彼女を見つめ続けていた。
◇◇◇
「きゃあ!二年前の舞台?あれの再公演ですか!?」
「ああ。王立劇場でやるらしい」
レイナルト様の手には、二枚のチケットが握られている。
そこにある文字は。
『風にのる歌声、あるいは恋の追跡』
私の大好きな演目です!
庶民にも大人気になりました。
ヒロインの勘違いから始まる、恋の喜劇の定番です。
「旦那様!ありがとうございます……っ!」
「いや。最近、勉強や公務漬けだっただろう。たまには気分転換しないとな。王都なら近い。それに社交シーズンに向けてドレスも用意しておかないとな」
レイナルト様は一瞬だけ、胸元にそっと触れた。
最近よく見る仕草だった。
ハンカチ?懐中時計?
「……クララ。おいで」
レイナルト様が、私に向かって腕を広げる。
すると、部屋にいた側近三人が、示し合わせたようにそっと扉へ動いた。
「真っ昼間なんで!一時間で戻ってきますよ!」
扉をくぐる瞬間、ラルフがレイナルト様に指を突きつけた。
メリーは親指を立ててウィンクをしている。
明らかに変な誤解をしている気がします……。
「馬鹿か。そんな事態になったら時間が足らないだろう」
「……だからですよ。色ボケ伯爵様」
ラルフだけが、色々と文句を言って去っていったけれど。
皆がもう慣れている。
それが一番恥ずかしい。
二人きりになるのを待って、私はレイナルト様の胸板にダイブして頭突きする。
「……ぐっ!」
レイナルト様のうめき声?
それよりも、私の羞恥心の悲鳴のほうが大きいです!
「旦那様!さすがに体面を守ってください……!恥ずかしすぎます」
胸元に頬を寄せると、やはり硬いものがある。
手紙かしら?
「最近、いつも持ち歩いているようですね。……大切なものですか?」
トントンと、服の上から突いてみる。
びくり、とレイナルト様の身体が跳ねた。
「あ……これは……」
「……言いにくい事情なら、聞きませんけど」
彼の気まずそうな態度に、つい拗ねた口調になってしまいました。
うぅ~。
子どもっぽいですね。
レイナルト様は、観念したように溜め息をついて、懐から一通の封筒を取り出した。
「クララからの手紙だ。……未来からの」
「え?失くしたら困るからって机に入れてませんでした?」
何度も引き出しから取り出しているのを見ました。
『白紙の方だけ持っているみたいだぞ』
「なるほど。結局、そっちは文字が浮き出なかったんですよね」
ニャン旦那様が毛繕いしながら答えてくれた。
もう、どこから見ても完璧な猫ですね。
「……ああ」
――旦那様宛の手紙は二枚。
一枚目には“最後に会いたかったです”の文字が浮かんだ。
これは未だに変化しない。
そして、二枚目は白紙のまま。
まだ未来が変わっていないからだ、と予想している。
両親への手紙は、遺書から近況報告になった。
この違いは何故なのか。
うーん。考えてもわかりません。
「で、このチケットは受け取ってもらえるのか?正直、俺はあまり劇場に行ったことがないんだ」
レイナルト様が、眉を下げて聞いてくる。
「え!もちろん連れて行ってほしいです」
「よかった」
私の言葉に、口元を綻ばした。
なんで?
さっきは子どもっぽい態度で困らせたのに、この人はどうしてそんな瞳で私を見るのでしょうか。
「そういえば、なぜこの演目を選んだんですか?主役二人が貴族じゃないので、上流層にはあまり人気がないんですよねぇ」
「でも、君は好きなんだろう?」
なんで知っているのか。
疑問が顔に出ていたのだろう。
レイナルト様は、悪戯っぽく目を細めた。
「実は二年前、君が歌っている姿を見た」
「え!?歌ってました?」
外では気をつけていたのに……!
誰かに見られて、しかもレイナルト様に聞かれていたなんて。
「拳を振り上げて、足を踏み鳴らし歌っていた。後で調べたらこの演目の劇中歌だった」
「………忘れてください〜~」
恥ずかしすぎて、か細い声で泣き言を言う私の上から、優しい声がかかった。
「俺が応援された気がした。君なら……完璧な伯爵じゃない俺も、応援してくれる。そう思った」
レイナルト様の声に、少しだけ複雑な何かが混じる。
二年前なら、家督を継いだばかりの頃だろうか。
きっと私が想像できないほど大変だったに違いない。
そして、今の話には聞き覚えがあった。
祝賀会。
歌う女性。
それを聞いていたレイナルト様。
「……まさか。以前、ニャン旦那様が言っていたお話って」
「ああ。君が『追えーー!』と拳を振り上げて歌う姿に一目惚れしたんだ……」
「……うわぁぁぁ!色々と台無しですーー!!」
あのシーンは、情けなく立ち往生しているヒーローの背中を、街中の人たちが押して送り出す場面だった。
足踏みでテンポを刻み、煽るような歌詞が飛び出す。
最後は、街中を巻き込んだ大合唱。
少なくとも、令嬢が男性に一目惚れされるような場面ではないと思います。
――やはり、レイナルト様は『面白い女』が好きだった。
そう確信した私でした。
やっぱり、「おもしれぇ女」が好きだと判明しました。
ここまでお読みいただき、ありがとうございました。
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