第17話 報復? いいえ、社交です。②
モテモテなニャン旦那様です。
「本日の夕食でございます」
給仕係がお皿をすべて並べ終わった直後に、レイナルト様が手を上げて使用人を全員退出させました。
「よし、じゃあ交換だな」
「はい。わかりました」
ラルフが、私とレイナルト様のお皿の位置を入れ替えていきます。
ニャン旦那様が満足そうに頷いた。
実は、ここまで定着してしまった理由があるのです。
――先日のことでした。
その日の私の料理に、小さな虫が入っていたのです。
思い返すと大体こんな感じでした。
『ほら見ろ!こんなものをか弱いクララが見たら気絶するだろう』
「……確かに。なんて陰湿な」
『だから言っただろう。これからも続けるように』
いやいや。
レイナルト様もすぐに納得しすぎですから。
いえ、確かに食欲は失せるかもしれません。
ですが気絶は言い過ぎです。
「直ちにシェフを――」
「待って待って!偶然入ってしまっただけかもしれませんーー!」
私はレイナルト様を慌てて止めました。
小さなミスで叱られるのは可哀想です。
まさかとは思いますが、職を失うなんてことになったら!?
そんなやり取りがあったので、ラルフも執事長も淡々と食事を入れ替えるようになりました。
レイナルト様の過保護が、加速度的に上がっている気がして、引いてしまった出来事です。
旦那様(二人)の連携が強すぎる。
「クララ様。あれですね。旦那様って結構ポンコツ――じゃなくて残念な感じですね」
思わず過去へ飛んでいた思考が戻る。
メリーだ。
ご本人の前で失礼すぎる……!
「メリー、そんな正直に言っては――」
レイナルト様は優しいので、メリーのこういう態度も許してくれるのですけれど。
メリーを窘めようと振り返った瞬間、ラルフの声が飛んできた。
「奥さまだって、色々と飛んでいるだろう」
「「………」」
え、飛んでいる?
何が?
つい、動きが止まってしまった。
「クララ様の頭がなんですってぇ!?」
すると、後から素早くメリーが反論した。
え、頭?
私の頭が飛んでるって意味なの??
酷くない?
「頭とは言っていない!大体、レイナルト様は、例外を除いてほぼ完璧なお方だ!」
メリーもずいぶんと伯爵家に馴染んだようだ。
……ラルフもメリーも失礼ですよね??
二人を止めてほしくてレイナルト様を見ると、眩しい笑顔が目に入った。
「どんなクララも可愛いから大丈夫だ」
『ああ。同意だ。目が離せない所がいいんじゃないか』
「猫、たまにはいいことを言うじゃないか」
慰めのお言葉をいただきました……。
普通の褒め方じゃないです。
“飛んでいる”を全肯定して受け止めてくれています。
そして、メリーとラルフの言い合いは続いている。
「旦那様は、いつも猫と喋ってますが。ほら今も」
「奥さまも話しているぞ。それに“ニャン旦那様”だぞ?名前のつけ方がアレだろう」
確かに、側近三人組の前ではもう隠さなくなりました。
レイナルト様も私も、猫と普通に会話もしている……。
でも、聞こえているのに無視をするのは、やはり可哀想なんです。
そして――。
今もレイナルト様は、ニャン旦那様と何事か話しています。
数秒間、二人は黙り込みました。
「「……確かに」」
メリーとラルフは、同時に深く頷き合った。
口論は終わった。
しかしその争いに巻き込まれ、負傷した気分です。
(あ、そういえば……大切な話を忘れていました)
「旦那様。明日訪問してくださるフォード伯爵夫妻の件なのですが……」
「ああ、覚えている。俺も久し振りに顔を出して挨拶するから心配ない」
私を安心させるようにレイナルト様は声をかけてくれる。
「そういえば、フォード伯爵の領地は、何が特産かご存知でしょうか?」
私は一度言葉を区切って、目の前のステーキにナイフを入れた。じわりと肉汁が滲み出してきた。
「ああ。鉄鉱山があるから加工技術に優れているな」
さすが伯爵様。
突然の話題にも、ちゃんと蓄積された知識を披露してくださいます。
「そこで提案です!地質調査は、専門家のフォード伯爵家に任せればいいんじゃないでしょうか?民間だとどうしても不安が残ります。……鉱員も」
それに、二年後のことも無視できません。
「もし、ニャン旦那様の言う通り、相手がお金目当てなら、まだ秘密にしていたいです」
……どうでしょうか。
レイナルト様の表情が読めません。
説得するために、少し前のめりになってしまいました。
「なるほど。君の意見を聞こう」
こちらを見つめる緑の瞳には、悪戯っぽい光が宿っています。
ふふふ。
私の話もちゃんと聞いてくれる。
さすがレイナルト様。……私の旦那様です。
「はい。需要と供給。対等な取引が出来ると思います。ただ、正式な契約になっちゃうと旦那様頼りなんですが……」
将来的に、その金細工がヴィセルク家の産業になれば嬉しい。
私も少しでも役に立ちたい。
それに――。
フォード夫人は、とても幸せそうでした。
結婚前のフォード夫人を、夜会で何度かお見かけしたことがあるのです。
彼女も壁際にポツンと立っていました。
かつての私と同じです。
“伯爵様にすぐに捨てられる”
“ただのお飾り”
「お話ししていてわかりました。今、あの方は昔より幸せそうなのです。フォード伯爵のお人柄……とても気になりますよね?」
レイナルト様は、私の話に一つ頷いた。
彼の金髪が揺れる。
「つまり君は、フォード夫人が気に入った。そして、彼女を幸せにしている伯爵なら、信頼できると思ったんだな」
「え!?それは、興味はありますが……。まだお会いしていませんし……」
苦笑するように、彼の笑みが崩れた。
「……妬けるね。要は、俺がこの場で試されているのか?」
うっ!眩い!
レイナルト様の素の表情は攻撃力が高いです。
しかも、そこまで見抜かれるとは。
挑発されたと思ったのか、レイナルト様の緑の瞳が好奇心で輝いています。
――結果オーライでしょうか。
ねぇ、レイナルト様。
今の私も、全然不幸には見えないでしょう?
貴方がそう思ってくれたら私も嬉しいです。
翌日。
「あら、可愛らしい猫ちゃんですね!」
訪問後、フォード夫人は早速猫ちゃんをお庭に出してあげていました。
「相手を探してあげたいのですが、なかなか気に入る子がいないみたいで……。そちらの猫ちゃん、やはりハンサムですねぇ」
フォード夫人が微笑みながら、ニャン旦那様を見つめている。
足元の猫ちゃんも、ニャン旦那様にすり寄っていった。
『ノーー!ノーーだ!!』
ニャン旦那様の絶叫が響き渡る。
仕方ないですね。
助け船を出しましょう。
「……あ、申し訳ありません。うちの子は去勢していまして……」
『ノーー!ノーーだぁぁぁ!!!違うぅぅーー!!』
一時間後。
遠い目をしてジッとしているニャン旦那様。
可愛らしい猫ちゃんがゴロゴロとすり寄っている。
「クララ。どうした?」
いつの間にか、私の隣に来ていたレイナルト様。
見上げるお顔はやはり、とても美麗で眩しいです。
きっと、あの猫ちゃんもそう感じているのでしょう。
「旦那様……。浮気ってああいうことですよね」
「あれを浮気認定したら、さすがに不憫だな……」
その光景を見ながら、レイナルト様は少しだけ声を潜めて言った。
なるほど。
「肩を持つんですね……」
「――いや!?あいつ、浮気してやがるな」
やけに力の籠もったお言葉です。
説得力が凄まじい。
「……未来の貴方ですよね」
「クララ。お前がセッティングしたんだろ……」
微笑ましい光景を見ながら、私とレイナルト様は複雑な表情を浮かべていました。
レイナルトの手のひら返し。
お手本ですね(笑)
ここまでお読みいただき、ありがとうございました。
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