第15話 愛人疑惑!?
爆弾発言が……。
「旦那様!先ほどは色々とありがとうございました!」
執務室を通された私は、真っ先にお礼を言った。
私の為にしてくれたことだ。
本来なら、レイナルト様が謝ることでもないのに。
それでも、子爵家とメリーを立ててくれていた。
「……クララ。ほら、お礼ならもっと近くに来てくれないと」
「……!だ、だだだ旦那様ぁ!?」
なぜか、レイナルト様は自分の太ももをポンポンと叩いてから私を呼んだ。
その瞬間、サッと三人(執事長、ラルフ、メリー)が目を逸らした。
おお……。
プロです。
主人の突然の奇行にも慌てず、目を逸らす……。
それが側近、ということでしょうか。
「メリー。これからクララを任せる。知っての通り、俺はまだ若輩だ。そして長らく女主人がいなかったせいで、クララに苦労をかけている」
「はい。これからよろしくお願いします」
メリーが頭を下げると、レイナルト様がラルフに視線をやる。
それに対して、ラルフが無言で頷いた。
「ラルフ。メリーに屋敷を案内してやってくれ。顔繋ぎも頼む。……大まかなことは、ラルフに聞いてほしい」
「畏まりました」
二人が部屋を退出していく。
さて、私は執事長と招待状の選別やお茶会の相談をしなくては。
執事長に声をかけようと一歩近づくと、レイナルト様に呼びかけられた。
「クララはこっちに来てくれ。……執事長、少し外してほしい。ああ、それと。使用人たちのフォローを頼んだ」
「畏まりました。では、失礼致します」
おっと。
これは、私にお話があるみたいですね。
レイナルト様がこのタイミングで呼ぶということは――。
ちらり、と足元に視線を落とす。
ニャン旦那様も、こくりと頷いていた。
――手紙。
ここ数日、レイナルト様は事あるごとに確認していました。
メリーが来た今。
また確認したいのでしょう。
私のことをこんなにも心配してくれる。
それだけでも、じんわりと心の奥が温かくなるのに。
バタン、と執務室の扉が閉じ、二人と一匹だけになりました。
また、悪い想像でもしたのでしょうか。
最近のレイナルト様の眉間には、いつも皺が刻まれるようになってしまいました。
「旦那様。私はもう寂しくないんですよ?メリーも来てくれました」
椅子に座る彼の肩にそっと触れる。
すると、ゆっくりとレイナルト様の手が重ねられた。
私の手は、彼の大きな手のひらで包まれる。
「……手紙を確認しよう。クララ、俺が最初に確認するから……」
「私にそばにいて欲しいんですよね?」
仕方のない旦那様。
私よりも未来を怖がるようになってしまいました。
ニャン旦那様も、素早くレイナルト様の膝に乗った。
彼らが私を、傷つけたくない気持ちが伝わってくる。
こんなにも大切にされているのに。
それなのに。
なぜ、私はもっとレイナルト様に近づきたいと思ってしまうのでしょうか。
もし、二年後にすべてが終わってしまうとしたら?
想像した瞬間。
ズキン、と胸が軋んだ気がした。
どうしましょう。
レイナルト様が泣いてしまうかもしれません。
私も、ずっとこの手を握っていたいです。
――『最後に会いたかったです』……か。
なぜ、未来の私はこんなメッセージを遺してしまったのでしょうか。
これを読んだら、レイナルト様が傷つくのも知っているはずなのに……。
「……駄目だ」
レイナルト様が、静かに呟きました。
ニャン旦那様も黙ったまま、手紙を見つめています。
この反応ですべてを察しました。
変化なし、ですね。
「二枚目は!?」
彼はそのまま、素早く次の手紙を手に取った。
レイナルト様が、ほっと息をついたのがわかった。
さらに文章が追加されているようだ。
レイナルト様は少し微笑んで、その紙を見せてくれました。
ですが。
『メリーは今日も私をからかっています。キスマークが口紅じゃなかったなんて知りませんでした。最初に教えてください!お母様』
「――何ですか、この馬鹿っぽい文章は……!」
それを見た瞬間に、羞恥で顔が赤くなるのがわかった。
酷い。
我ながら、恥ずかしすぎる。
この手紙って両親宛ですよね。
お父様が読む可能性もあるのに……。
いや、そもそも赤裸々に語りすぎでは!?
そして、そんな事よりも、別の問題があります!
というか、口紅じゃないんですか!?
じゃあ、正解は!?
いやいやいや。
そこじゃない。
「なにを勘違いして、何を報告してるんですか、私ーー!」
「ははは!だからあの時、真実を知ったら大変だと言っただろう?」
レイナルト様はおかしそうに笑って言った。
そして、その文章をそっと指でなぞる。
「……この手紙の中の君は、元気で幸せそうなのにな」
「……旦那様」
その切なげな眼差しを見ていると、一つの疑問が心に込み上げてくるのです。
レイナルト様はなぜ――。
「旦那様はなぜ、この先二年間も私と“本当の夫婦”になってくれなかったんですか?」
「猫。なんでなんだ?正直、俺には理解できない」
え!レイナルト様もわからないんですか?
なおさらニャン旦那様の答えを知りたくなりました。
ニャン旦那様は、レイナルト様の肩から下り、テーブルに伏せた。
心なしか、耳とおヒゲがへにょんと垂れている気がします。
『……答えにくい』
「メリーに聞いたら、大体の理由を上げてくれました。旦那様に限って、愛人はないですよね?」
レイナルト様が胸を張って、堂々と答える。
その緑の瞳も真剣だった。
「ああ。俺に限って絶対にない。安心してほしい」
レイナルト様は、私に向かって微笑みかけた。
なるほど。
じゃあ、やはり……特殊な性癖、というやつでしょうか。
「じゃあ、その。……旦那様は、男性しか愛せない、とかそういう方でしょうか」
「……はぁ!?ぐっ、ごほ……っ」
私の質問のせいで、旦那様が咳き込んでしまいました。
この反応だと、それはなさそう。
レイナルト様の背中を擦ってあげると、ようやく落ち着いたみたいだ。
「……愛するとしたら、妻のクララだけだ。いや、もう愛し――」
その瞬間、気まずそうな声が割り込んだ。
『……実は、愛人は……これからできる……』
ニャン旦那様は、額をテーブルに埋めている。
そのまま埋まってしまいたい気持ちなのか、なんなのか。
一瞬の静寂が訪れた。
レイナルト様と私の表情が固まる。
ついでに私たち二人の動きまで止まってしまった。
尻尾がパタリ、と落ちる音がする。
「はぁぁぁぁーー!?」
そして、レイナルト様の素っ頓狂な声が執務室に響いた。
「ニャン旦那様、また後出しですーーー!!しかも最低ですーー!!」
その数秒後。
私の叫び声も、執務室に木霊したのだった。
次回、黒クララが降臨します。
ここまでお読みいただき、ありがとうございました。
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