第13話 レイナルトの本気、その一部
レイナルトの距離感がバグってしまいました。
リアクション、ブックマーク、評価が本当に励みになっています。 一つひとつの反応に力をいただいています。
『最後に会いたかったです』
あの文字を見た瞬間から、レイナルト様はどこに行くにも私を連れ回すようになった。
何故か執務室に私専用の机が置かれる。
そして、今の私の状況ですが。
レイナルト様の向かいで、執事長から家政について学んでいきます。
机の場所がおかしいです。
ここじゃない。
普通はこうじゃない。
できればもう少し脇に寄せてほしかったです!
「クララ。少し休憩したらどうだ」
書類に埋もれていたレイナルト様が声をかけてくれる。
気づけば、彼は顔を上げて私を見ていた。
もう、すぐに目が合う距離です。
「……旦那様。奥さまは、つい先程、休憩を終えたばかりです」
呆れ気味の執事長の口調が気になります。
ううぅ。
申し訳ありません。
心の中で執事長に謝る。
せっかく、丁寧に教えてくれているのに。
その時、私の机の上にトンとニャン旦那様が乗って来ました。
ああ……。インクを倒しそうで心配です。
慌てる私に、ニャン旦那様が素敵なニュースを届けてくれました。
『ルノー子爵家からメイドが到着した。……様子を見に行くぞ』
「なるほど。それは直々に迎えにいかなければ」
レイナルト様が席を立った。
メリーだ!
私も思わず椅子から腰を浮かす。
「旦那様……また猫とお話ですか?」
「いや。独り言だ」
確かに!
今気づきました。
自分同士だから“独り言”でした。
いや、違う??
「猫との独り言にはお気をつけください。……私とラルフの前でだけお願いします」
「そうする。猫に認識を改めさせられたからな。屋敷の中も“人間”ばかりだとな」
その言葉に、執事長が目を丸くする。
きっと、当たり前のことを言うレイナルト様に驚いたのでしょう。
ですが、意味合いが違う。
私とニャン旦那様にしか言葉の意図が汲めない。
「それよりもルノー家の馬車が着いたぞ。執事長、ついて来るように。クララ、行こうか」
メリーがついに来てくれた!
嬉しくなって、つい両手をついた。
「すぐに行きます!」
「旦那様。なぜ、おわかりに?まだ、なんの知らせも来ておりませんが……」
しかし、執事長は理解できない様子で眉を寄せている。
執事長がさらに口を開こうとした。
その時。
執務室の扉が鳴った。
――コン、コン。
扉の向こうから、ラルフの声がする。
「レイナルト様。ルノー家から使いが来ました」
「ほらな?」
あまりのタイミングに絶句しているようです。
執事長は頭を捻りながら、レイナルト様に上着を着せる。
「知ってるか?頭のいい猫は爪も隠すし、虎にもなるらしいぞ」
「はい??どういう意味ですか?」
上着の襟を調節しながら、レイナルト様が意味深な言葉を言い出した。
意味がわかるような、わからないような。
しかし、ニャン旦那様は深く頷いている。
「やる気に満ちた猫の話だ。あまり深く考えるな」
「そこまで猫がお好きだったとは……」
ニャン旦那様が心なしか、お胸を張っている気がします。
これが、例のドヤァ!ってやつですね。
◇◇◇
レイナルト様にエスコートされ、玄関ホールに着く。
思った以上に人が集まって壁際に並んでいた。
その中にはメイド長の姿もあった。
「私がレイナルト・ヴィセルクだ」
目の前には二人の人物。
お仕着せを着た壮年の男性と、メイド服の年若い女性。
メリーだ。
それはいいけれど。
(まあ!ダニエルまで来るなんて。……お父様、まだお怒りでしたのね)
レイナルト様が、ルノー家の家令に名乗る。
彼は、私の小さい頃からルノー家に仕えてくれている。
メリーと同じく家族同然の男性だ。
家令は、深々と一礼して、訪問の挨拶をした。
「この度は、子爵家の代表として訪問させていただきました。我が主も、伯爵様にお会いしたいと残念がっておりました」
ダニエルが、一度言葉を区切り。
もう一度口を開いた。
「如何せん、突然の要請だったので申し訳ありません。こちらが子爵夫妻からの書状です。そしてご要望がありました、子爵家のメイドのメリーでございます」
ちょ、ちょっとダニエル!
言葉の端々に棘を感じます!
それを感じ取ったのか、伯爵家の使用人一同にピリッとした緊張が走った。
「いや。今回は全面的にこちらの落ち度だった。申し訳ない。専属メイドの件は、私の預かり知らぬ所で進んでしまったようだ。二度と起きないように詳細を明らかにする」
ゆっくりと使用人一同を見渡していくレイナルト様。
そうでした。
ニャン旦那様がくるまで、私がずっと見ていた姿です。
「後日、伯爵家から正式に、子爵家へ詫び状を送る。そう子爵夫妻に伝えてほしい。本日よりメリーを、妻クララの専属メイドとして迎える。……どうか安心してほしい」
話の矛先が向いたメリーの肩がぴくりと揺れた。
頭を下げたままメリーが挨拶する。
「メリーでございます。精いっぱい務めさせていただきます。改めてよろしくお願いいたします」
ずっとハラハラしっぱなしです。
でも、メリーが来てくれたら心強い。
昔から、なんでも相談できる仲でした。
ふと、下を見ると満足そうに尻尾を振っているニャン旦那様と目が合いました。
これもきっと未来を変える一歩です。
後で、手紙を確認してみましょう。
レイナルト様の誠実な謝罪が伝わったからでしょうか。
ダニエルも、肩の力を抜いたようでした。
またいつ会えるかわかりません。
私は、一歩前に出て彼に声をかけました。
「ダニエル。ここまでご苦労さま。それに……子爵家では本当にお世話になったわ。お父様とお母様によろしくね」
一瞬、彼の目元が潤んだ気がした。
使用人は、結婚式に参加できなかったんだもの。
きっと、ダニエルにとって私は、小さい子どものままだったんでしょう。
挨拶ができてよかったです。
「奥さまも、お元気で。――ではヴィセルク伯爵様、奥さま。これで失礼致します」
家令のダニエルが帰っていき、馬車の音がどんどんと遠ざかっていきます。
私はしんみりとした気持ちでそれを聞いていました。
――そして、馬車の音が完全に消えた瞬間。
レイナルト様の纏う空気が、すっと変わりました。
「……さて。今回のこの失態、ヴィセルク伯爵家全体の信用に関わる問題だ。そう思うだろう?」
絶対零度……!
そんな感想が出るような冷たい声で、レイナルト様が告げました。
真冬です。いえ、氷です!
例のロマンス小説に出てくる氷の宰相様みたいです。
ちょっと格好いい――と思ったのは内緒ですが。
ニャン旦那様とメリーだけが、満足げに頷いていました。
執務室のクララの机は、学校でいう「教壇の一番前の席」のイメージです(笑)
距離感もそんな感じなので、周りはたぶん「そこじゃない……」と思っています。
ここまでお読みいただき、ありがとうございました。
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