第12話 “未来のクララ”からレイナルトへ。
未来は、変えられるみたいです。
リアクション、ブックマーク、評価が本当に励みになっています。 一つひとつの反応に力をいただいています。
『遺書が消えた……。クララは助かるのか?』
ニャン旦那様の呟きが私を現実に引き戻した。
そうだ。
そういうことだ!
両親宛の“遺書”が、まるで近況報告になっている。
内容が全然変わっています。
じゃあ、レイナルト様宛の手紙の方は――?
三人で覗き込むけれど、シミのような物が滲んでいるだけで、文字としては読めません。
「まだ浮かび上がってきませんね」
「こっちは変わらない……。つまり、まだ確定していないのかもな」
『レイナルト宛だからな……。もっと検証しないとわからない』
でも、未来が変わりました。
確かに、私たちの行動で手紙の変化が起きたのです。
ニャン旦那様が宣言した通り、一緒に食事をして、同じ部屋で過ごしている。
それだけで、これだけの変化が起きました。
「よし。検証するために、気がついたことを纏めていこう」
レイナルト様が紙とペンを持って、私たちの顔を順に見渡しました。
そして、朝からの行動を時系列別に並べていきます。
「猫。お前の行動と俺の行動の違いを見つければ、ヒントがあるかもしれない」
『まず、初夜の行為はなかった。二年間、一度もそういう触れ方はしていない』
ニャン旦那様は淡々と語った。
猫ちゃんなので、いまいちピンときませんね。
「……ぶっ!おい、言い方を考えろ」
「なるほど……。子作りはしなかったんですね」
「クララ!言い方!」
なぜか真っ赤になるレイナルト様。
よく知らないですが、夫婦の義務なのはわかっています。
みんな、聞いてもはぐらかすのが不思議です。
お母様も詳しく教えてくれませんでしたし……。
「言い方ですか?お母様が『レイナルト様なら、きっと経験豊富だから、全部お任せすれば大丈夫』だと言っていたのです……」
「ぐはぁ……!お義母上の謎の信頼!?誤解だ!」
――なるほど?
「お母様に『男性の前で肌を見せるような真似は絶対に駄目。すぐ赤ちゃんができるくらいのつもりで気をつけなさい』と言われていたのですが……。昨夜は脱ぐ暇もありませんでした」
初夜では、最初から拳を握り込んでしまいました。
ニャン旦那様の未来でも、脱ぐ前に“定番の言葉”が飛び出したのでしょう。
「子爵家の閨教育が雑すぎる……。で、猫。続きは?」
『初夜に泣かせてしまった俺は、動揺してクララと別の部屋で寝た』
「おい、最低だぞ」
レイナルト様が頭を抱えた。
うーん。
一言だけいいでしょうか。
昨夜のレイナルト様も同じルートを辿っていた気がします。
どの口が!というやつですね。
『朝まで別々だった。食事も別々だった。叔父親子が朝から突撃してきたのは同じだ。会話内容もほぼ変わっていない』
「ニャン旦那様……。それでは妻の面目ってやつが立たないと聞きました……」
昨日はずっと一緒だったから、シーツ偽装工作もキスマークもできた。
それがなければ、使用人に軽んじられます。
『ああ。本当に愚かだった。俺との違いは明白だ、レイナルト。お前がクララを大切にしたからだ』
「……こんな簡単なことでクララが助かるのか」
病は気からといいますし。
気鬱も、使用人に軽んじられたからだとしたら?
理屈は通ります。
『今から、もっと溺愛しろ。もっとだ!』
「ああ、わかった。ちなみに夫婦の時間に猫は要らないからな。野暮なことはするなよ」
ふん、と鼻を鳴らして、器用に窓を開けるニャン旦那様。
『……夕食時に戻る』
そう言い残し、窓から消えていった。
最後まで背中を向けたままでした。
レイナルト様は窓を閉め、テーブルに手紙を丁寧に置いた。
「クララ……。手を取っても?」
「……はい」
私の目の前に立ち、ベッドへ一緒に腰掛けるように促された。
う……。やっぱりお顔が見れません。
夫婦になったら、他の方々みたいにちゃんとやれると思っていました。
でも、間近で見つめられると頬が熱くなるのがわかります。
「君のペースに合わせようと思ったが……。未来の失敗を考えると不安だ」
ちらりと手紙を一瞥する。
それから、真っすぐに私の瞳を覗き込んだ。
吸い込まれそうな緑色です。
「君にも、“溺愛される”のに慣れてもらおうかな」
「……え、と。はい……」
声が上擦ってしまいました!
お母様、やっぱりレイナルト様は経験豊富です!
きっと百戦錬磨なのです!
ゆっくりと私の顔に近づいて――。
ちゅっ、と音を立てて私の頬に口づけた。
「みゃあぁぁあ!」
「ははは!クララの方が猫みたいだな」
違うのです!
今のは心がダメージを負った音なのです。
小説とは全然違うどきどきが、心を襲ったからです。
真っ赤になった私を見て、溢れるような笑顔をしているレイナルト様。
ギュッと目をつむり、彼の頬に唇を寄せました。
私だって、やる時はやります。
レイナルト様は一瞬だけ目を見開いた。
そして。
「……嫌じゃなかったか?」
耳元で囁かれ、肩が跳ねてしまいました。
「……意地悪は嫌です。言わせないでください」
恥ずかしい。
やだ。
そんなに見ないで欲しい。
そっと離れようとすると、ぐっと引き寄せられてもう一度。
今度は唇に触れる温かい感触がありました。
驚いて目を開くと、目元が赤くなった旦那様。
そのまま、ギュッと力を込めて抱きしめられました。
首元に顔を埋められて、擽ったい。
「絶対にクララを死なせない。絶対にあんな未来なんて回避してやる……」
そう言ったきり、レイナルト様はしばらくの間ずっと私を抱いて離しませんでした。
「ええ。私だってレイナルト様を死なせません」
幸せな気持ちで距離を詰めていた私たち。
もう終わった。
そんな気にさえ、なっていました。
だから、安心していたのでしょう。
溺愛夫婦の練習をして、二人で笑い合う。
その間、サイドテーブルがほんのりと光を放っていたというのに。
白紙だった手紙に、ゆっくりと文字が浮かび上がっていく。
それが、じわじわと文章になっていった。
✦―――――――――✦
レイナルト様。
最後に会いたかったです。
クララより。
✦―――――――――✦
――その手紙の変化に気づいたのは、ニャン旦那様が帰ってきて、しばらく経った後のことでした。
ラストは挿絵を差し込みたい場面です。
ここまでお読みいただき、ありがとうございました。
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