第11話 遺書が消えた日
この手紙が、これからの三人(うち一匹)に影響を与えていきます。
リアクション、ブックマーク、評価が本当に励みになっています。 一つひとつの反応に力をいただいています。
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お父様、お母様へ。
最近体調が悪く、ほとんどベッドで過ごしています。
そう遠くないうちに、旅立つような気がしています。
ここは寒くて寂しいので、なぜかそれすらも待ち望んでしまいます。
先立つ不幸をお許しください。
今までありがとうございました。
クララより。
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シ……ン。
その場の音が、すべて消えてしまったような気がした。
手紙を持つレイナルト様の手が、小さく震えている。
正直、ショックでした。
現実が足音を立てて忍び寄って、肩を叩いてきたような感覚です。
ですが、俯いたニャン旦那様のおヒゲが、しょんぼりと下がっているのも。
レイナルト様が、今にも泣き出しそうな目で私を見てくるのも。
どちらも、とてもつらい。
それに、実際に奇跡は起こったのです。
レイナルト様が猫ちゃんになって、未来から助けに来てくれた。
それなら、希望を持ちたくなるじゃないですか。
知れば知るほど、放っておけない困った旦那様。
私は、彼と一緒にいる未来を描きたい。
もっともっと長い時間、レイナルト様と仲良く生きていきたい。
「……寒くて、寂しい!?お前、なぜクララを一人にした!こんな……こんな……手紙を書かせるなんて最低だろう……。俺は、こんなにもクズ野郎なのか」
『ああ。クズで情けなくて、妻さえも孤独に死なせる最低な男だ』
流れるように自分を罵倒する。
レイナルト様は、震える手で丁寧に手紙を折りたたみ、胸元へしまった。
そして、その場に崩れ落ちるように座り込んだ。
「馬鹿で無能すぎる……。クララにも、ご両親にも顔向けできない」
『相当恨まれた。愚かすぎる自分を憎んだ』
うわああああ!
言い方!そして暗すぎる!
自己反省会(?)の内容がどん底です。
もう、聞いていられません!
「あ、あの……!とりあえず部屋に戻りましょう?」
「……クララ」
「お腹も空きました。一緒に昼食を食べる約束だったじゃないですか」
まだ目が合うと、気まずそうに逸らす二人。
ここは仕方がない。
女は勇気。
それに、正直に言うと、今の私を見て欲しい。
甘やかして欲しいのです。
なぜか本当に寒い……。
そんな気がしてしまう。
「溺愛夫になってくれるんですよね?自分だけ落ち込むよりも、私のことも慰めてください」
座り込んだ彼に近づく。
そして目の前にある、レイナルト様の頭をそっと抱きしめた。
じんわりと彼の体温が伝わってきます。
「今の私は、寒くも寂しくもありません」
「クララ。……俺が抱きしめてもいいのか」
優しく、レイナルト様の腕が回された。
私のドレスに、温かいものが染み込んでいく。
私は、それに気づかないふりをして、微かに震える肩を撫でてあげました。
「お馬鹿ですね。溺愛夫は妻を他の男性に任せないと思いますよ?」
「……はは。その通りだな。……クララ、本当にお腹がなってるぞ」
「なっ!」
事実でも、指摘されると恥ずかしいのに!
でも、レイナルト様の強張った身体から力が抜けている。
それに。
私も少しだけ落ち着けました。
大きな身体に包まれると、どきどきするのと同時に、守られているような安心感があります。
――この人が、私の旦那様……。
ようやく、心の底から実感できた気がしました。
ふと視線を感じて、顔を上げると。
ニャン旦那様が、少しだけ目を眇めてこちらを見ていました。
後で猫ちゃんの方も思いきり抱きしめてあげよう。
ニャン旦那様はもっと甘えベタなようですから。
◇◇◇
目の前に並べられた料理の数々。
朝から何も食べていないので、全部美味しそうに見えます。
『おい、クララと自分の皿を入れ替えろ。気づかれないようにな』
「……なぜだ」
『……クララに嫌がらせする輩もいるかもしれない』
唐突にニャン旦那様がレイナルト様に指示を出しました。
無意味なことは言い出さないと思いますが……。
ノーラというメイドの事もありましたし。
ちょっと過保護になっているのかもしれません。
「なるほどな」
レイナルト様は納得したように頷き、ちらりと手に持った食器に視線を落とした。
「せっかくだし……ごほん。いや、食器ごと変えたほうがいいだろう」
『……おい。見え見えだ』
「はい?食器もですか?」
私は、目の前の食器を見た。
別に変哲もないですが……。
こちらに細工される可能性もあるのでしょうか。
『クララ、気にするな。……我ながら見るに堪えない』
「猫!」
配膳をしていた侍従――ラルフと、旦那様の後ろに控えていた執事長が同時に首を振った。
親子だと聞きましたが、タイミングがまったく一緒です。
「おい!お前たち、その残念なものを見るような視線をやめろ、地味に痛い!」
「「……畏まりました」」
「だから、やめろって!」
彼らのやり取りを見る限り、相当信頼しているのでしょう。
その証拠に、ニャン旦那様がメイドを下げるように言った時も、レイナルト様は即座に動きました。
そして部屋に残したのは、ラルフと執事長だけです。
「旦那様が猫と話していても、我々は素知らぬ顔ができます。プロですから」
執事長が静かに頷く。
すると、ラルフがその言葉の後を引き継いだ。
「レイナルト様が奥さまの食器を使いたい、と言いだす変態でも平気です。プロですから」
ラルフが重々しく頷く。
わざとらしいですが、二人の関係性がよくわかります。
「違う!それに妻だからいいだろう!」
「ええ。勿論でございます」
こういう所を見ると、『伯爵様』じゃなくて普通の男性なんだと実感します。
美味しい食事を堪能して、三人で夫婦の部屋へ。
新婚なので、お昼からずっと一緒にいても怪しまれません。
詳しくは知りませんが、ずっと出てこない夫婦もいるらしいです。
本当でしょうか。
「よし、もう一枚も見てみよう」
『……そうだな。未来の手紙と同じとも限らないしな』
部屋に戻ると、レイナルト様はもう一通の手紙を開いた。
私も覗き込む。
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レイナルト様へ。
クララより。
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「レイナルト様宛の手紙は、白紙なんですね。それに、ただの白紙を二枚も遺した、と?」
『ああ……。最初からそうだった』
未来の私は、どんな言葉を残そうと思ったのでしょう。
何も伝えることがないなら、手紙すら用意しません。
書きたくても、書けなかったのでしょうか。
ニャン旦那様は“恨みごと”だと思っているみたいですが。
それなら、こんな丁寧な文字で書きません。
なぜ……。
ジッと見つめていると、ぼんやりとシミのような物が浮かんできました。
目が霞んだのかと思い、一度擦ります。
――違う。これは!
私は興奮して叫んだ。
「見てください!文字が浮かび上がってきています!」
『……本当だ。変化する手紙なのか?』
ニャン旦那様が首を傾げます。
「……遺書!クララの遺書は!?」
レイナルト様は、慌ててもう一枚の手紙を取り上げました。
先ほどの両親宛の手紙ですね。
やはり、遺書の方が気になるみたいです。
「もう一枚の方は!?」
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お父様、お母様へ。
最近は、レイナルト様と一緒にお食事をとるようになりました。
気さくで優しい方です。
クララより。
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『……遺書じゃなくなっている』
“寒い”も“寂しい”の文字も消えています。
代わりに書かれていたのは、今日のような何気ない日常でした。
「……未来が、変わった?」
もしかしたら、未来は変えられるのかもしれません。
レイナルト様の緑の瞳が、光が差したように色付きました。
「……絶対に変えてやる」
揺るぎない彼の声に、私とニャン旦那様も頷いたのでした。
目の前で証拠を見せられたレイナルト。
彼のヒーロー力が試されています。 ただし、あまりハードルを上げるとすぐに転ぶので要注意です(笑)




