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鬼畜迷宮を攻略した俺、ループ能力【死甦の加護】が仲間にバレる  作者: 真嶋 青


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第4話 懺懺懺懺懺懺懺懺懺懺

 王都の中心にそびえ立つ、白亜の大教会。

 普段であれば厳かな静寂に包まれているはずの神聖なる大廊下を、わたくしの慌ただしい足音と落ち着きのない声が切り裂いた。

 

「退きなさいッ! 道を開けなさいっ!!」

 

 聖衣をどす黒い血で染め上げたわたくしが叫ぶと、すれ違う神官や修道女たちが息を呑んで壁際へと飛び退いた。

 わたくしの後ろでは、大柄な神殿騎士たちが即席の担架に乗せたアルト様を運んでいる。

 

「エルティメシア様! いったい何事が――」

「問答は後です! 今すぐ大祭壇を開放しなさい! そして院内にいる高位神官をすべて召集! 一刻も早く!」

 

 駆け寄ってきた司教に命令を下し、わたくしは強権を行使して大祭壇への扉を解放させた。

 神聖な儀式を行うための巨大な円形の祭壇。その中央にアルト様を横たえさせる。

 転移門を抜けて王都へ帰還してから、わたくしは一瞬たりともアルト様から手を離さず、ありとあらゆる神聖術を掛け続けてきた。だが、どれほど生命の息吹を注ぎ込もうとも、彼の肉体はまるで底の抜けた器のように神聖力を取りこぼしてしまう。

 

「エルティメシア様、これは……外傷がまったくありません。それなのに、生命力の枯渇が異常です。まるで、寿命そのものを前借りして使い果たしてしまったかのような……」

 

 集まった高位神官の一人――ランヴェールが、アルト様の状態を診て戦慄の声を上げた。

 

「わかっています。通常の治癒術では意味を成しません」

 

 わたくしは彼の血まみれの両手を強く握りしめ、覚悟を決めた。

 

「〈魂の接続(ソウルリンク)〉を行います。わたくしが彼の深層意識に潜り、魂に直接、わたくしの生命力を分け与えます」

「なっ……正気ですか!? エルティメシア様、下手をすれば貴方様のお命まで危険に晒すことになります! 術者の精神が対象の深層に引っ張られれば、ご自身の魂すら崩壊しかねません!」

「それでもやります。この方は冥界(オルクス)を制覇した英雄。アルト様を失うくらいなら、わたくしの命など安いものです」

「なんと…………エルティメシア様が無事にお帰りになったと聞いて、もしやとは思っておりましたが……。ついに、あの冥界を制したのですね! ですが、いくらなんでも聖女であるエルティメシア様に何かあっては……」

「止めても無駄です。わたくしは、たとえ一人になろうとも儀式を強行します」

「くっ……どうしてエルティメシア様はそう頑固なのです?」

「ごめんなさい、ランヴェール。ですが、どうしてもわたくしは彼を助けたいのです」


 ランヴェールが苦々しい顔でわたくしとアルト様を交互に見る。

 そして、彼は大きく溜息を吐いて頷いた。


「わかりました……。国の英雄の命です、我々も黙って見捨てるわけにはいきますまい」

「ありがとうございます! では、わたくしが神聖術を維持できるよう、儀式へ魔力の補助をお願いします」

 

 ランヴェールは集まった高位神官たちへ指示を送り、配置についた。

 祭壇の端では、ミラ様とレイナ様が祈るように両手を組み、食い入るようにこちらを見つめている。

 

「アルト様……どうか、わたくしたちを置いて行かないでください」

 

 わたくしは祭壇に横たわる彼の冷たい額に自分の額を合わせ、目を閉じた。

 詠唱と共に、わたくしの意識は肉体を離れ、アルト様の魂の奥底、深い深い意識の海へと沈んでいく。

 

 暗い水底へ飲み込まれていくような感覚。

 やがてわたくしの精神は、彼の魂を形作る記憶の領域へと到達した。

 

 ――そこは、あたたかな光に満ちた場所ではなかった。

 

『――ッ! 逃げ――アルト様!』

『――ちゃん? おにぃちゃんっ!?』

『走れ――――だ! 斥候殿!』

 

 鼓膜を(つんざ)くような、悲鳴。

 その声には聞き覚えがあった。

 わたくしと、そして、ミラ様とレイナ様の声だ。

 

 視界が急激に開ける。

 そこは、先刻までわたくしたちが死闘を繰り広げていた冥界の最奥だった。

 けれど、何かがおかしい。

 

「え……? ここは……」

 

 これはアルト様の記憶だ。だが、わたくしたちが勝利した現実の記憶とは何かが違う。

 アルト様の記憶を通じて、わたくしの中に膨大な情報の濁流が流れ込んでくる。

 

 目の前で、巨大な双頭狼の爪が振り下ろされる。

 アルト様の右脚が、果肉のように潰れ、ひしゃげる。

 

 痛い。痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い!

 

 疑似的な痛覚がわたくしの精神を焼き切ろうとする。

 

『良くないなぁ。生きるのを諦めるなんてのは。でも、どうにも身体が動かねぇ。やっぱダメだな、こりゃあ……。次は、もっと上手くやろう――』

 

 アルト様の心の声が響く。

 次? 次とはなんだ?

 双頭狼の巨大な顎が迫る。

 その直前、アルト様の瞳に映ったのは、絶望に顔を歪めて泣き叫ぶわたくし自身の姿だった。

 

『嫌っ! ダメ……ダメェェッ!』

 

 直後、アルト様の頭部が噛み砕かれる不快な音が響き、視界が完全にブラックアウトした。

 

「あ、あああ……!? アルト、様……!?」

 

 何が起きたのか理解できない。


 彼が死んだ?

 あの迷宮で?

 

 でも、おかしいじゃないですか。

 だって、わたくしたちは確かにあの迷宮を出て――。

 

 しかし、記憶の濁流は止まらない。暗転した視界が、瞬きをする間に再び明転する。

 

『アルト様、何をぼーっとしているのです?』

 

 そこは、双頭狼が待つフロアの分厚い扉の前だった。

 わたくしが、首を傾げてアルト様を見つめている。ミラ様と、レイナ様もいた。

 

『また……戻ったか』

 

 アルト様が絶望的な声で呟き、直後、激しい嘔吐感に襲われて床に崩れ落ちた。

 わたくしは、こんな光景を知らない。

 じゃあ、この記憶はいったい……。



 それから、彼はまた死んだ。

 その後、また死んで。

 その後も、また死んで、


 死んで、死んで死んで、死んで死んで死んで、

 死んで死んで死んで死んで死んで死んで死んで死んで死んで死んで死んで死んで死んで死んで死んで死んで死んで死んで死んで死んで死んで死んで死んで死んで死んで死んで死んで死んで死んで死んで死んで――。

 

 






「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛」

 

 気が狂いそうだった。

 自分が叫んでいるのか、アルト様の魂の悲鳴が聞こえてきているのか。

 わたくしの頭がおかしくなってしまったのかと思うほどの、狂気に満ちた魂の記憶。

 

 そして、悟った。

 彼は、あの扉の奥で何度も『死んで』、そして時間を(さかのぼ)っていたのだと。

 

 ある時は、ミラ様を庇って双頭狼に上下から食いちぎられる。

 ある時は、わたくしを庇い、背骨と内臓を粉砕されて血を吐く。

 ある時は、レイナ様と共に炎のブレスに焼かれ、皮膚が炭化してのたうち回る。

 

 そして、何よりも悍ましく、わたくしの心を徹底的に破壊したのは、彼が『自ら命を絶つ』記憶の数々だった。

 

 ミラ様が死んだ。

 レイナ様が死んだ。

 わたくしが死んだ。

 わたくしたちの誰か一人が欠けるたび、彼は一切の躊躇(ためら)いなく、自身の首に短剣を突き立てていた。

 

『お兄ちゃんっ!? 何してッ――!?』

『斥候殿ッ!?』

 

 驚愕する仲間たちの声を聞きながら、彼は自分の頸動脈を切り裂き、気管からヒューヒューと空気を漏らしながら、血の海に沈んでいく。

 その行為を、十回、百回、千回と繰り返すうちに、彼の心からは死への恐怖すら麻痺し、ただ機械的に自刃を行うようになっていった。

 

『よっしゃ! いっちょ迷宮攻略といきますか!』

 

 そして死から舞い戻る度、彼はぐちゃぐちゃになった精神を無理やり縫い合わせ、わたくしたちの前で道化のように明るく笑ってみせた。

 わたくしたちが不安にならないように。

 わたくしたちが、笑顔で生きて帰れるように。

 

「ああ……ああああああああああああああああああああっっ!!!」

 

 わたくしはアルト様の魂の海で、泣き叫んだ。

 疑似体験する死の痛覚など、どうでもよかった。

 それよりも、彼がたった一人で背負っていた孤独と絶望の重さが、わたくしの精神を圧殺しようとしていた。

 

 彼が死ぬたびに、魂が削れ、摩耗していくのがわかる。

 無数の死の果てに、アルト様の魂は、もはやボロボロになっていた。今にも砕け散り、消滅してしまいそうなほど。

 

「アルト様ッ! ダメです、逝かないでくださいっ!」

 

 わたくしは彼のか細い魂の核を、精神の腕で強く、強く抱きしめた。

 わたくしの生命力、神聖力。そのありったけを彼に流し込む。

 足りないなら、わたくしの魂ごと彼に喰わせてもよかった。

 

「生きて……生きてください……っ! こんな地獄の中に溺れてしまわないで……っ!」

 

 ヒビ割れた彼の魂に、わたくしの生命力が入り込み、ギリギリのところで崩壊を繋ぎ止めた。

 

 ◆

 

 

「――ッ!! はぁっ、はぁっ、はぁっ……!!」

 

 大祭壇。わたくしは激しく咳き込みながら、現実の肉体へと帰還した。

 全身が雨に打たれたように濡れている。遅れて、それが自分の汗だと気づく。

 

「エルティメシア様! ご無事ですか! い、今すぐ彼と救護室へ!」


 ランヴェールが血相を変えている。

 どうやら意識を失っている間、わたくしの肉体も相当に苦しんでいたらしい。

 

「あ、アルト……様、は?」 

「彼も呼吸が安定し始めました! エルティメシア様の神聖術を受けて、生命力もある程度戻っている状態です。恐らく、このまま安静にしていれば、いずれ意識も戻るでしょう」

 

 神官たちの歓喜の声が聞こえる。

 ゆっくりとアルト様の方を見ると、彼の顔にわずかに血の気が戻り、胸が穏やかに上下していた。命の危機は脱したのだ。

 だが、わたくしは喜ぶどころか、祭壇の床に手をつき、胃液を吐き出しそうになるほどの激しい自己嫌悪と後悔に苛まれていた。

 

 全身の震えが止まらない。涙が枯れることなく溢れ続ける。

 

「わたくしは……わたくしは……ッ!!」

 

 わたくしは以前から、アルト様の放つ生命力に、微かな(かげ)りや揺らぎを感じることがあった。

 迷宮の深層へ進むにつれ、彼の気配がどこか薄れ、透明になっていくような違和感。

 だが、わたくしはその違和感から無意識に目を背けていた。

 

 そういうときほど、アルト様はいつものように明るく笑ってくれていたから。

 彼が「大丈夫だ」と言うから、それを免罪符にして、自分に都合よく解釈していたのだ。

 少し疲れているだけだろう。わたくしがそばにいて癒やせば大丈夫だろう、と。

 

 なんて浅ましく、傲慢で、甘えきった考えだったのだろうか。

 きっと、あの度にアルト様は死に戻っていたのだ。

 そんな素振りは欠片ほどもわたくしには見せずに、たった一人で絶望と対峙し続けていたのだ。

 

 わたくしがあの違和感を追求し、迷宮の攻略を中断させていれば、彼があれほど精神を擦り減らすことはなかったかもしれない。

 あるいは、ちゃんと話を聞いて彼に寄り添えていれば、もっと楽をさせられたかもしれない。

 

 彼を殺し続けたのは、迷宮だけではない――わたくしの、甘えだ。

 彼に甘え、彼に守られることを良しとした、わたくし自身の未熟さなのだ。


「え、エルティメシア様!? まさか、術の影響で魂に悪影響が……! マズい、救護班! 早くエルティメシア様を救護室に!」

 

 狼狽するランヴェールの腕を掴むと、わたくしはゆっくりと首を振った。


「待ってください。それよりも、今は彼女たちと話を」

「そ、そんな場合では……」

「わたくしは、大丈夫です。どうか、彼女たちと三人だけで話をさせてください。お願いします」


 異変を察知し、ミラ様とレイナ様が祭壇に駆け寄ってくる。

 

「エルティ……?」

「聖女殿?」


 わたくしはよろめきながら立ち上がり、二人の手を取った。

 彼女たちにも、真実を伝えなければならない。


 アルト様はそれを望んではいなかった。

 彼の魂が、このことを誰にも知られたくないと、そう語っていた。


 でも、知ってしまったことを、知らなかったことにはもうできない。

 それにきっと、彼女たちはこのことを知っておくべきだ。

 少なくとも、わたくしはもっと早くこのことを知りたかったと思っている。

 そうすれば、もっとできることがあったかもしれない。

 

 だから、たとえ、アルト様に恨まれることになろうとも――。

 

「ミラ様……レイナ様……聞いていただきたいことがあります」

 


 ランヴェールたちにアルト様を任せて退室してもらうと、わたくしはミラ様とレイナ様に真実を語り聞かせた。深層意識で見た、狂気の記憶の全貌(ぜんぼう)を。

 彼女たちは、話を聞くと次第に目の光が失っていった。

 やがて、ミラ様はぺたんとその場に座り込み、レイナ様はふらふらと壁によって両手をつく。

 

「嘘……だって、お兄ちゃん、笑って……大丈夫だって……いつも」

 

 ミラ様の黒水晶の杖が、カランと音を立てて床に転がり落ちた。

 彼女の大きな黒い瞳から、ぽろぽろと涙が零れ落ちる。


「嘘ではありません。彼の魂には、数え切れないほどの死の記憶が刻まれていました。彼は、わたくしたちを帰すために……一人で、戦い続けていたのです……」

 

 わたくしの言葉を聞いて、レイナ様がついに膝から崩れ落ちた。

 

「拙が……拙の剣が届かぬばかりに……」

 

 レイナは両手で自らの顔を覆い、怒りに任せたうめき声を上げる。

 

「ああ……あああッ!! なんという……なんという不甲斐なさだ!!」

 

 レイナが壁に額を打ち付け、慟哭(どうこく)する。

 その悲痛な叫びは、わたくしの心をさらに深く切り裂いた。

 

「お兄ちゃん、ごめんなさい、ごめんなさいっ……ミラが弱かったから、ミラがお兄ちゃんに甘えてたから……っ!!」

 

 ミラ様が子供のように泣きじゃくる。

 

「聞いてください、二人とも……」

 

 しかし、まだだ。まだ、話さねばならないことがある。そして、わたくしは、最も残酷な可能性を口にする。

 

「彼の魂は、度重なる死の反動で摩耗しきっています。わたくしの生命力で無理やり繋ぎ止めましたが……これ以上、もし彼が死に戻りを繰り返せば……次は、魂そのものが消滅してしまうかもしれません」

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