魂の半分 6
「クラーエスは近衛の詰め所で寝泊まりしている。知っていたか?」
登城してすぐマグヌスに手招きされ、開口一番にそう告げられて、アルノルドは唖然とした。この時間なら通る者のいない狭い通路へ連れ込まれて聞かされたのだ。
「なんだって?」
「夜祭の後、あれから毎日、ずっとだ。自分の館にもあの別邸へも戻っていない。アルノルドはハルハーゲン館に詰めていたから見ていないだろうが、もしかしてクラーエスから何か話がなかったかと思って」
もうすぐ国王の冬の狩りの季節が始まる。しばらくの休暇と避寒も兼ねての移動だったが、国王は狩りがお好きだ。ハルハーゲン館はその居城となるのだ。
近衛がお供をする前準備に、アルノルドはしばらくそちらに派遣されていた。王城での出来事はだから、アルノルドの知るところではなかった。
「クラーエスからなにか相談を受けなかったか?」
問われて、アルノルドはまだ唖然とした表情のまま首を左右に振った。
「いや、何も聞いていない。しかし、そんな馬鹿なことが」
「クラーエスは城に寝泊まりしていることを隠していない。どちらかというと、周りに見せるように行動しているようなんだ」
「なぜそんなことを」
アルノルドはますます困惑した。
「姫も城に戻っていないよ」
ヒントになるかと、マグヌスが付け加える。
「姫はどちらに?」
「オレーンの別邸だ。侍女を全員引き連れてな」
「もしかして、エリノルさまがまだそこにいるのか?」
「ああ」
そしてクラーエスは城に詰めっきり。姫が何を望み、クラーエスがそれにどう答えたか、アルノルドにはあまりにもたやすく想像が出来た。
「あの別邸のことを憶えている人はまだ多いだろう」
「あの別邸のこと?」
マグヌスが眉をひそめた。
「何があった?」
少しためらってから、アルノルドは語り出した。
「七〜八年ほど前になる。クラーエスの父上が、王妃をあの別邸に連れ込んだんだ。公爵は寡、王妃は王と不仲。不倫だと言われている。王にバレて逃げようとしたと」
「ははあ。それは知らなかったよ」
いや、記憶の底に残ってはいた。当時はまだ子供で地方にいたから、聞こえてきた噂には興味が持てなくて気に留めなかったのだ。
「噂を楽しむ機会を逃さない人々は、王妃と公爵の話と、今回のクラーエスと姫があの別邸に泊まっていることを結びつけて噂の種にするだろうな」
なるほど、とマグヌスは納得した。噂とは、真実ではなく華やかな憶測を語るものだ。
「それでクラーエスはわざと? 噂の種を潰そうとしているのか」
アルノルドの方は納得どころではなかった。
「くそ。なんてことだ。あの時の祖父殿の怒りはほんとうに凄まじかったんだ。とんでもない醜聞だった。アールストレーム家の家名がどれだけ傷ついたか。クラーエスの父上は王都追放、ソフィア王妃もみずから王都を去られた。その上、あの事件を教訓にした祖父殿の純粋培養のせいで、女性に不慣れな朴念仁クラーエスが出来上がったんだ!」
マグヌスは口を開きかけた。冗談をひとつはさもうかと思ったが、思い直して沈黙を選んだ。
アルノルドも一瞬の激昂で言うつもりのなかったことを口にしてしまった後悔に沈黙した。
マグヌスがはおっただけだった上着のボタンを上から順に留めはじめると、アルノルドも同じようにボタンをひとつひとつ留めていった。2人は身繕いを済ませ、
「そろそろ、戻ろう」
マグヌスが提案した。
「ああ」




