魂の半分 1
翌朝、クラーエスは何かの物音で目を覚ました。それとも夢で聞いた音だったか。
昨夜は疲れているのに気が昂ってもいて、なかなか寝つけなかったせいだろう。はっきりと目が覚めずそのままぼんやり横たわっていると、今度は確かな物音を聞き取った。
屋敷のどこかで人が動いている。
扉の開け閉めの音がし、誰かの声がする。
クラーエスは毛布をはいで起きあがった。アルノルドとマグヌスも今の物音で目覚めていて、三人は顔を見合わせた。
「エリノルさまに何かあったのか」
廊下に出る。すぐに召使の一人が急ぎ足にやってくるのと行き会った。
「エリノルさまが意識を取り戻されました」
「本当か?」
「はい。今マデリーネさまがお会いになってらっしゃいます」
「それはよかった」
アルノルドが心から安堵の声を出す。
「やったな、クラーエス」
マグヌスがクラーエスの肩を叩く。
「我々も面会できるか?」
「先生がお待ちですから、そこでお話があると思います」
「わかった」
急いで着替えて部屋へ向かうと、侍医が待っていた。クラーエスたちを認めて一礼する。
「先ほどお目覚めになりました。意識もしっかりしておられるし、お返事も確か。後遺症の心配もほとんどないでしょう。もう大丈夫です」
「そうですか。先生、ありがとうございました」
部屋をのぞくと、マデリーネさまとエドヴァルド殿下がそろって枕辺に立っていた。
エリノルは目を開け、しっかりと受け答えをしているらしい。マデリーネさまが何度もうなずかれている。
この一晩絶やさぬように燃やされていた暖炉の火は今もよく燃えていた。
部屋のすみには召使たちが控えていた。ほとんどが殿下の召使だ。今しも朝食を用意しているだろう者もいるようだから、殿下はご自分の屋敷から大勢連れてきてくださったのだ。
殿下の執事がクラーエスに黙礼してきた。
「先ほど姫のお部屋へも伺いましたが、まだよくお休みのようでしたのでお起こしせずにおきました」
「そうか。目覚められたら、すぐにお耳に入れてくれ」
「はい」
クラーエスたちはマデリーネさまたちと入れ替わってエリノルの枕元に立った。
エリノルは重ねた枕を背に、淡く目を細めほんのりと微笑んでいた。はっきりと目覚めてはいないような、どこか遙かな景色を遠望するようなまなざしをクラーエスたちに向ける。
「君たちのお陰で、僕は命拾いをしたそうだね」
声は弱い。
クラーエスはうなずいた。
エリノルの視線がクラーエス、アルノルド、マグヌスと移り、夢の岸辺に立つ人の、とらえどころのないまなざしがクラーエスに戻ってきた。
「……ありがとう」
「その場に居合わせられて、幸運でした」
「うん」
エリノルはうなずきながら、まぶたを上げておくのも気力がいるらしく、とろりと目を閉じた。
マデリーネさまがしゃがみ、その耳にそっと声をかけた。
「エリノル?」
エリノルがもう一度、かすかにうなずいた。だが目が開く様子はない。
マデリーネさまはゆっくりと立ち上がった。
「寝たようだわ」
ちゃんと規則正しい呼吸があり、顔色もずっといい。レースのカーテン越しの朝の光の中で、彼の寝顔は安らかだ。
マデリーネさまは安堵したように微笑んで、浮かびかけた涙を指先で払うと、クラーエスたちに感謝を伝えるようにお辞儀をした。三人も無言でお辞儀を返した。
朝食はクラーエス、アルノルド、マグヌス、マデリーネさまとエドヴァルド殿下の五人でいただいた。
食材もたっぷりと殿下の屋敷から届けられていて、温かな料理がテーブルにずらりと並べられていた。お茶の上手なエルンストも来ていて、美味しいお茶を淹れてくれた。
それらを安らかというのだろうか、何とも不思議な、自分がまったく真新しくなった、澄んだような心持ちで食する。
静かで幸福で美味しい朝食だった。




