騎士の誓い 6
「なんでクラーエスがここにいるの」
姫がびっくりして声を上げた。
「姫、それにヤットルッドさまも」
マデリーネさまの屋敷についたウルリーカ姫とヤットルッド嬢は、客間で手持ちぶさたにお茶を飲んでいるクラーエスを見つけた。
「お二人はなぜこちらに?」
「なぜって、今日はエリノルさまのお誕生日ですもの」
「はあ?」
「エリノルさまは塔から降りてこられないでしょうけど、プレゼントをお姉様から渡していただこうと、こうして持ってきたのよ」
姫は可愛らしくリボンをかけた小箱を持ち上げてみせた。
クラーエスは事態が飲み込めない心持ちを訓練された近衛の胆力で乗り切ろうとする。だが混乱していることは姫から見ても明らかだった。
「クラーエスこそ、仕事はどうしたのよ?」
「わ、わたしは、あの、今日は休暇をとりました。そ、それで」
そこに花束を手にクラーエスの救い主あらわれた。
「クラーエスさまはわざわざお花を届けてくださったのよ」
マデリーネさまだった。
「わたしったら先日、彼にうっかりフロイデンタールの花はなかなか手に入らないわと漏らしてしまったの。そうしたら、こうやって持ってきてくださったのよ」
マデリーネさまは花を姫たちに見えるようかたむけた。
「我が家が紋章に使っている花でしょう? エリノルの贈り物に添えたかったの」
「まあ、そうでしたの」
ヤットルッド嬢がおっとりと言う。そして花束をなよやかに見つめ、
「フロイデンタールは本当に綺麗な花ですわね。イェルハルドによく咲く花だとか。王都では寒くて根付きが悪いと聞きました。冬をなかなか越えられないとか」
「そうなの。だからクラーエスさまのおかげで花束ができてよかったわ」
女性陣が楽しげに花に見入る。うっかりしていたら出て行く機会を逃す。これ以上一緒に花を愛でつつまったりとお茶など飲まされてはいたたまれない。
「マデリーネさまのお役に立て光栄です。それではわたしはこれで失礼いたします」
クラーエスは急いで言うと、引き留めの言葉を断って、客間を精一杯礼儀正しくもあわただしく出て行った。
「クラーエスさまって、素敵な方ですわね」
ヤットルッド嬢は彼の背中を見送ると、そっとため息のようにつぶやいた。
「ええ? なんですって?」
姫は目を丸くしてしまった。
「クラーエスが素敵ですって?」
「そうです。女の子の間では、クラーエスさまはレベルが高いって評判なんですのよ。涼やかな目もと、精悍なお身体、すっきりと伸びた手足。鍛えてらっしゃる男性らしいお姿。こうしてお会いしてみると、本当にその通りだわって思ったんです」
まあ、どこでそんな話を吹き込まれたのかしら。誰かに言われたことをそのまま信じ込んでしまうなんて、かわいそうな人。
姫は心優しい姉なら持つに違いない同情あふれた気持ちになって言った。
「でも、よく見た方がよくはなくて? クラーエスって、もっさりした朴念仁よ?」
みんなそう言ってるじゃないの。きっと近衛のキラキラした制服に目が眩んでるのね。男性をそんなところで判断してしまって、彼女、将来つまらない人に引っかかるんじゃないかって心配になってしまうわ。
ヤットルッド嬢はゆっくりとまばたきをして、
「そうですわねえ。でも、わたし、やっぱり素敵な方だと思います」
クラーエスは帰りの馬車の中でむっつりと顔をしかめていた。
「あいつめ」
ぶつぶつと悪態をつきたくなった相手とは、リンドブラードの塔の主だ。あの美しい顔やみごとに品よい振る舞いを腹立たしく思い出す。
マグヌスが彼の貴婦人に花を贈った日、クラーエスはリンドブラードの塔を訪ねた。貴婦人の騎士として、誕生日を知りたい、とエリノルにたずねるためだった。気がせいて、いささか単刀直入なたずね方になってしまったかもしれない。
塔のエリノルの居屋になっている最上階で、魔法使いはいつも通りほほえみながら、目元に、なんで来たの? という問いかけをのぼらせてクラーエスを迎えた。
「誕生日?」
問い返され、ああ、とクラーエスはうなずいた。
「なぜ知りたいの?」
クラーエスは口ごもった。
「それは、つまり、貴婦人の騎士はそうせねばならないからだ」
近衛ではなく騎士。それも貴婦人の騎士。
エリノルはその古めかしい言葉になにか思い当たったのか、ああ、そういうことね、とつぶやき理解の色を浮かべた。
クラーエスはもしやと思い、たずねた。
「誓いを知っているのか?」
「聖シャルロッタの日のことでしょ? もちろんだよ」
エリノルはにこにことこたえた。
マデリーネさまはどうやら騎士の誓いについて弟に語っているらしい。あの誓いは騎士も貴婦人も黙秘のはずだが、そういえばアルノルドはさらりと自分に漏らそうとしていた。親しい間柄ならば許されるのだ。
とにかくエリノルが誓いを知っているのならば騎士の心得を理解してもらうのもたやすいだろうとわかって、クラーエスは気が軽くなった。
「だったら教えてもらえまいか。今まで知らずに何もしなかったのだ。騎士としてこれは非常にまずい」
「ふうん」
エリノルは小首をかしげた。それは迷うと言うよりあまり気の乗らない様子に見えた。
「誕生日に花を贈るのは最低限の行いなのだ」
クラーエスはアルノルドから聞き出した騎士として振る舞うべき事柄を次々と思い起こす。
「いつでも貴婦人の心頼みであるようつとめ、貴婦人にはあらゆる真心をもって接し……」
祖父はこのようなしくじりを犯す孫を情けなく思い、墓の下で激怒されていることだろう。クラーエスは目を閉じ、これからは貴婦人の騎士にふさわしい自分であるとかたく心に誓った。
「とにかく、あの日の麗しいお姿が目に焼き付いている。俺は自分の貴婦人をなにより大切にしたい。だが、俺はあの方をなにも知らないできた。誕生日すら知ろうとしなかったのだ。儀式のすぐ後に領地で喪に服すことになったからなど、言い訳にはならない」
吐露されてエリノルも心を動かされたのか、
「そうまで言うのなら」
と教えてくれたのだった。
「あの男、マデリーネさまの誕生日ではなく自分の誕生日を教えたのか」
そういうことは貴婦人に直接おたずねしろという暗示か、それとも塔には来るなと言ったにもかかわらずこんな程度の用事で訪ねてきたクラーエスへの報いか。
あの時から誕生日までは日がなかったこともあり、フロイデンタールの花を手に入れるために苦労した自分が、花束を捧げた貴婦人から一瞬あきれた顔をされた自分が、その上さらに姫と鉢合わせして貴婦人に場を取り繕っていただいた自分が、いたたまれなく恥ずかしいではないか。
「くそー。俺は本当に朴念仁だ」




