騎士の誓い 5
クラーエスが女性に贈るために花束を用意したそうだ。
しかも、北方の王都ではなかなか咲くことのないフロイデンタールの淡い夜明け色をした花を、世襲一等公爵アールストレーム家の名を使って全国に求めたとか。
という噂が近衛の間で衝撃と共に広がっているとは、クラーエスはまったく知らなかった。
噂の本人自身というものは、おおむねいつの間にか外に置かれてしまうのだ。
「あのクラーエスが」
みんな感心とも仰天ともつかない声をもらした。
「騎士ならばお相手は誓い合った貴婦人が真っ先だが……」
「マデリーネさまの誕生日はまだ先だ」
あの誓いの騎士仲間のお相手がどなたであるか、好奇心を持たない者はいない。
しかもエイジェルステット家の金の薔薇と呼ばれるマデリーネさまの第一の騎士になれるのは、前回が最初で最後の機会だった。
みんながもっとも誓いを捧げたいと心から望んだお方の騎士となれたのは誰か、探り合わないはずがない。
「だが、ウルリーカ姫でもない」
「クラーエスがこのお二人以外の女性に御花を贈るとは思えん。だが」
ベルント・ファルクが考え込んで組んでいた腕をほどくと、今度はもっともらしく顎に手をそえ、
「万が一ということもある。アルノルド、最近クラーエスに奇妙なそぶりはなかったかい?」
「さあ、特に。ちょっと見当がつかないよ」
ヴェステルベリ伯爵家の嫡男アルノルドも首をひねった。
「クラーエスは子供の頃からあの国家の英雄であられる祖父の薫陶が強いんだ。武人らしく、男は悩みを胸におさめておくものだと思っているから、あまりプライベートな相談はしない方だし」
クラーエスと血縁関係にある幼馴染アルノルドの言葉に、ベルントがうなずく。
「あの男にこの手の隠し事は出来ないだろうしなあ」
「そもそも、フロイデンタールの花はお二人の御花ではない」とインニェ・カッセル。
「マデリーネさまの御花は、王都ではまず手に入らないしな」とオーヴェ・ヴェストフェルト。
「だけど、フロイデンタールはエイジェルステット家が紋章に使っている」とスタッファン・ダール。
「そうだが。他にエイジェルステット家ご出身の女性は王都にはいらっしゃらないからなぁ」とベルントが唸り、
「とすると……どなたなんだ?」
そこに別の近衛が一人、なんでもないそぶりを装って廊下を歩いてくると、素早く控え室に滑り込んだ。
「戻ったか、ダーヴィド」
ベルントが即座に仲間の肩に手をやる。
「どうだった?」
ダーヴィド・グルンデンは使い走りに出され、今戻ってきたのだ。
用事のむきとは、もちろん今日の仕事を休んだクラーエスの休日の過ごし方である。ちょうど手空きだった近衛たちが五人ほどで詰め所に入り込み、彼の帰りを待っていたところだった。
スタッファンがグニラ茶の冷ましたものを用意してやり、ダーヴィドはそれを飲みながら答えた。グニラ茶は疲れた体を爽やかにする。
「フォーセルです。アルムクヴィスト王弟殿下の屋敷に入ってゆかれました」
「殿下の?」
「間違いないのか?」
ベルントが問いただす。
「はい。念のためにしばらく待ってみましたが、どうやら長居になるようで、馬車付きの従僕たちも台所でお茶によばれていましたから」
「俺はさっぱり思い出せないんだが、今日はマデリーネさまのなにかしらの記念日だったか?」
ベルントが皆に問う。
「さあ、聞いたことはない」
近衛たちはさらに顔を見合わせた。
「マデリーネさまの誕生日ではない。姫でもない」
それを聞いて、ダーヴィドが口を開いた。
「あ、姫もお屋敷に来られていました」
「姫も?」
「そんな予定は入っていなかったはずだ。姫の外出なら近衛がお供する」
ベルントが懐疑的に断言する。
「それが、姫はヤットルッドさまの馬車でいらっしゃってました」
「なんだって!」
声を上げたのはアルノルドだ。
「妹が王弟殿下のお屋敷におじゃましているのか?」
ヴェステルベリ伯爵家の令嬢ヤットルッドさまは、アルノルドの大事な妹で、姫のご友人だ。
「あ、ええ、はい」
「兄にも内緒で。姫とお会いするとは言っていたが……」
そろそろ妙齢となられるヤットルッド嬢がなんでも兄に打ち明ける年頃は過ぎただろう。とみなは思ったが、うちひしがれた彼に、今、それを教えるのは差し控えた。
「ちなみに、一応、たずねるが」
ベルントががっくりした様子の兄アルノルドに近づく。
「君の妹君の誕生日は?」
「今日じゃない」
それがせめてもの救い、という声だった。
クラーエスでは駄目だというのではない。彼は幼馴染だ、二人が本気なら応援しよう。ただ、大切な妹の名が、このような噂でささやかれるのはまっぴらなのだ。
「はっきりさせておくと、半年先の真冬だよ」
「うむ、ヤットルッド嬢でもない」
近衛たちは考え込んで沈黙した。
クラーエスはいったい、どなたに花を贈るつもりなのだろう。




