43.物語と真実
「セラフィーナ様」
「……すみません。あまりにも驚いて」
瞬きさえも忘れた様子のセラフィーナの顔の前で手を振ると、彼女は首を振りようやく気を取り直した。だが、その声は小さく、彼女が受けた衝撃を物語っている。
「セラフィーナ様にとって、希望ともいえるピンクローザがそのようなことになってショックですよね」
「いえ。そうではありません。ああ、何から言えばいいのかしら……。ちょっと待ってください。興奮しすぎてうまい言葉が見つからなくて」
すぅ、はぁ、と胸に手をやり、ああ、どうしようと何度も繰り返した。
予想だにしなかった反応を前にデュークと顔を見合わせていると、よし、と気合いの一言とともに、セラフィーナがぱちりと自身の両頬を叩いた。
「ピンクローザについてまだ伝えていなかったことがあります。ああ、……――本当に、これは関係ないと思って、まさかそんなことになっているとは思わず……」
取り乱しぶりが普段の彼女の態度とかけ離れ、逆に冷静になってくる。
「セラフィーナ様、知っていることを教えてくださいますか?」
「何度もごめんなさい。フェリシア様も不安ですものね。よく聞いてください」
顔の前で手を合わせ、今度はきらきらした眼差しで私たちを見つめてくる。完全にキャラが変わっているが、本来の彼女はこのように快活だったのかもしれない。
「はい」
「わかった」
テンションについていけないが、大事な話なのだと私たちは神妙に頷く。
デュークは私の肩を抱き寄せ、ぴったりとくっついた。どんな話を聞いても決して離れないと態度で示され、私はその温もりに身を預けセラフィーナの声に耳を澄ませた。
「ピンクローザは願いを叶える時に光り、その役目を終えると終わり告げるようにまた光を放ちながら割れるのだそうです」
「――つまり役目を終えたと?」
デュークが息を止め、神妙な口調で確認した。私は期待が勝り、声を出すことができない。
「ええ、そうです。状況的に考えるとウォルフォード様の願いが回帰という形で行われた。お二人の記憶の在り方に関してはわかりませんが、フェリシア様が前世を思い出したのはもしかするとその願いに関係しているのかも。そして、ピンクローザがフェリシア様の手に渡ったことで願いを叶えたと判断されたのではないかと思われます」
デュークはそこで息を呑んだ。自身の夢がこのような形で繋がっていくことなど想定していなかったこともあり、かなり狼狽している様子だ。
「まさか、だが、そうだとすると……」
「私たちの願い、物語から抜け出せたということでしょうか?」
ぴく、とデュークの指が動き、私を気遣うように見下ろした。様々な感情に揺れる双眸を前に、私は微笑む。
デュークの想い、そして自身の想い。どれ一つ欠けても掴めなかった未来。
一度口にすると、それ以外は望めなくなってしまう。
そうではなかった時にかなりダメージを負うが、そうとしか思えない期待する状況に黙っていられなかった。
「ええ。あくまで私の調べた文献からの情報ですが、繰り返された回帰からピンクローザが割れるなんてことはこれまでなかったはず。希望はあります」
「そう、ですか。デューク様の願いのおかげで私たちは物語の呪縛から逃れられる。今、もうその状態である可能性が高いということですね」
「状況は理解した。だが、まだ曖昧な部分がある。物語から逃れたとするにはどこでそうだと判断する?」
肯定が欲しい私に対し、デュークが慎重に切り出した。
「私が毎回巻き戻ってしまう時間を無事越えることができたら、それはもう完全に物語から脱却。フェリシア様は死に役から、私は回帰の呪縛から解放されたと判断していいはずです」
話を聞くと、文献はヨネバミア国のある教会で見たもので、今はつぶれどこにあるかわからないと言う。
そのため私には真偽を判断できないが、誰よりも物語に縛られてきたであろうセラフィーナが嘘をついているとは思えず、彼女の言葉を信頼することにした。
「フェリシア様、ウォルフォード様には感謝を。フェリシア様があのベリンダの毒牙から乗り切ってくださったおかげ、二人の絆により未来が明るくなりました。これでこの世界に突き落とした元凶との悪縁も切れます」
セラフィーナが晴れやかな顔で笑った。
「突き落とした元凶というのは、ベリンダ嬢でしょうか? 彼女が何かしたのですか?」
セラフィーナの目的や本音に触れ、気がかりだったピンクローザが割れた理由や願いの条件を知り得ることができ、気持ちに余裕ができる。
ベリンダは私にとっても見過ごせない人物で、二人の間に浅からぬ因縁があるのは見て取れる。現金なもので、気がかりが減るとセラフィーナとベリンダの関わりが気になった。
にこやかに笑っていたセラフィーナが、そこですっと表情を消した。
これは以前にも見たことのある顔だなと思っていると、彼女は器用にいつもの穏やかな笑顔を浮かべながら感情を押し殺した声を出した。
「ベリンダのせいで、私は死にこちらに転生し巻き戻りの人生を歩む羽目になりました。敬愛するイレイン様と出会い慰められ、やっと自分の思うように動けるようになりましたが、これまでの苦しさの元凶はどうしても許せない」
以前、都合が悪くなれば他人のせい。自分が中心、自分の利益のことだけを考える人もいると妙に実感を込め話していた。
私はその時にベリンダを思い浮かべたが、セラフィーナが語った相手はくしくも彼女のことだったようだ。
それからベリンダとの過去の因縁や、物語の話や今回の干渉の仕方を詳しく聞き、セラフィーナがこの世界に来ることになったきっかけや囚われた時間の苦しみを知る。
物語のヒロインが直面した問題とは、茶色の瞳と髪の男のことらしい。彼はキプボワーナにも出入りしていたようで、物語ではそれを見たベリンダが訝しみ巻き込まれる設定だったようだ。
そこにはコーディーがまた絡んでいるようで、セラフィーナも物語の終わりについて疑問を呈していたが、二人の関係性のこともありそれがベリンダ側の問題となるようだ。
やはりあの二人は、物語でも、現実でも関わるべきではないと今回のことで改めて思う。
ユリシーズが追っていたこともあり、つくづく男を逃してしまったことが悔やまれるが、皆が無事であったことを今は喜ぶべきだろう。
重なる悩みと望みはあるが、互いに抱えるものは違う。
私は私。セラフィーナはセラフィーナ。それぞれの人生を生きるために、大事にしたいものを見失うつもりはない。
「私たちらしく生きていきましょう!」
これまでのつらかったことを笑って吹き飛ばせるくらい、その日を迎えたら大手を振って幸せになるのだとセラフィーナと頷き合い、私はデュークと手を繋ぎ部屋を後にした。




