42.正体と物語
「フェリ」
沈みかけた私の腰を、デュークが強く引き寄せる。
心配しすぎて顔色が強張りながら、深く清らかな濃紺の双眸と、微笑もうとして失敗した不器用な笑みを見て思わず笑う。
物申したいことも多々あると思うが、話の流れを、私の気持ちを優先してじっと耐えるようにそばにいて見守ってくれる存在。
優しくて不器用でまっすぐな婚約者。私の好きな人。
――そうだ。私は一人ではないし、物語に屈するつもりはないんだから!
ともすれば掴みきれず立ち塞がるようにある巨大なものに心が負かされそうになるが、最後まで戦うのだときゅっと唇を引き締め、デュークに頷いた。
「大丈夫です」
デュークは眉尻を下げ、くしゃりと崩れた笑みを浮かべた。濃紺の瞳には相変わらず慈しむような優しさが宿りながら、不安定な険しさが漂う。
長引かせるものではないと、セラフィーナの正体を知り、今一番知りたい情報を訊ねるために口を開いた。
「――それで、セラフィーナ様は少しでも事態を変えたかったということですね。私はここが物語であること、自分が死に役であることは知っていますが、詳しい流れまでは覚えていません。ピンクローザは願いを叶える逸話がある宝石だと聞きましたし、物語ではそのようであったことは記憶しています。それについてセラフィーナ様は何か知っておられるのでしょうか?」
彼女もピンクローザを狙っていたようなので、素直に教えてもらえるかはわからないが、真実に一番近いかもしれない相手を前に遠慮などしていられない。
そんな切羽詰まった思いもあったが、セラフィーナは気負いなく私の質問に答えた。
「本当に叶うのかどうか、それについては私も実際に願ってみないとわかりません。ですが、これまで回帰を繰り返し、人智を超えたものを目の当たりにしてきた私は、ピンクローザが物語のヒロインの願いを叶えこの巻き戻りが繰り返されていると考えています」
「どういうことですか?」
ヒロイン、物語のベリンダの願いと、巻き戻りが繰り返されていることが繋がっているとどこで判断したのだろうか。
「ピンクローザは切実な、魂を込めた願いを持つこと。そして、その願いを叶えるためには月の光と涙が重要となります」
あまりにもあっさりと告げられ、そしてその内容にデュークと目配せをする。願いの条件は偶然にも回帰前のデュークの状況と重なる。
「セラフィーナ様の巻き戻りの原因が、物語のヒロインの願いに関係するとどうやってわかったのですか?」
「発動条件は切実な願いと、月の光か涙、どちらか一つでも効力は弱まるが叶うと見つけた文献には書いてあったので」
「揃わなくても叶うのですか?」
不思議な話だ。願いも月の光も涙も、量や質が関係しているのだろうか。
「物語のヒロインに足りなかったのは涙。願いは『永遠にこの幸せな時が続きますように』だったため、中途半端になり回帰が繰り返されることになったのだと思います」
「ヒロインはそのような願いを?」
その部分はまったく思い出せないが、光に包まれたとの部分は覚えているので願いを叶えたとするのは悪くない推理だ。
「ええ。そもそもこの物語、デュ、――物語のヒーローは婚約者をヒロインの親しい友人に殺されたのに、どちらもそのことに触れずにハッピーエンドとはおかしくありません?」
死に役であることなど憤りや理不尽さは抱えていたが、物語については深く考えたこともなかった。同調し頷くと、セラフィーナは目を眇めた。
「後悔し自ら犯人を追い込んだヒーローがそう簡単に婚約者が殺された事実を忘れるなんてできないですし、好きになったとはいえヒロインと犯人の繋がりは頭にずっとあると思います。そしてヒロインも普通の感覚なら、友人の犯した罪により好きな人を苦しませていることに自責の念を抱くはず。ヒロインは罪の意識を抱えそのような願いを告げたのではないでしょうか。考える時間は山ほどあったので、一番筋が通ると説だと私は思っています」
物語を知り、ヒロインたちとも接触し、何度も回帰を繰り返してきたセラフィーナの話は説得力がある。
これでデュークの夢見は回帰前の出来事で、ピンクローザは願いが叶う宝石であることがさらに濃厚になった。
「そんなに簡単に教えてよかったのですか? セラフィーナ様もピンクローザを得るために動いていたことから、叶えたいことがあったのではないのでしょうか?」
「ええ。ですが、ウォルフォード様が助けに入り取り戻すところまでが定められたものなのだとしたら、今回も、これからも私には手に入れることは無理だと思うので」
こちらに向けられた諦念を交えた視線は、私たちが受け取ること、受け取ったことを予想しているようだった。
セラフィーナはそこでいつもの穏やかな笑みを浮かべた。
「これからも?」
様子を見守っていたデュークが、そこでセラフィーナの言葉を反芻し、怪訝な表情を浮かべた。
「ええ。先ほど話したように私はこの世界の同じ時を何度も繰り返してきました。前回から変わったとはいえ、何度も繰り返す現象を止めるにはピンクローザを得て願ってみるしかないかと思ったので」
「繰り返す現象を止めるためにピンクローザを必要としたということか」
私はデュークと顔を見合わせた。
彼女は物語を終わらせるために動いてきた。私の死に役から逃れたい、物語に捉われずデュークとこのまま一緒に過ごしていきたいとの願いとそう変わりない。
だが、ピンクローザは割れてしまった。この状態で願いは叶うのか、割れたことにどのような意味があるのか。
私たちは再度頷き、セラフィーナの願いや説明を聞きすべてを話そうと決める。
「そのことですが、ピンクローザはデューク様から私の手に渡った瞬間に割れました」
「割れた?」
どこかいつも達観していた様子のセラフィーナだったが、そこで呆然絶句と固まった。
「何が起こりどうなったのか……、光が発せられて割れてしまったんです。これは私の推測なのですが、デューク様は多分回帰者で、今回はデューク様の願いが作用し回帰したと思っています」
それからピンクローザを得た後の動きや回帰前のデュークの願いを詳しく話すと、セラフィーナが信じられないと口元を手で押さえ動かなくなった。




