39.拭えぬ違和感
先に気を取り直したデュークは、いまだ呆然とする私を覗き込んでくる。
「大丈夫か?」
「はい。ちょっと、なんていうか拍子抜けして……」
混乱してどう考えていいのかわからずピンクローザを見つめていると、こっちを見ろとくいっと顎を軽く持ち上げられた。
「確かに。割れた理由はわからないが、なぜ割れたのかを含めて今後調べていけば答えにたどり着けるかもしれない。だから、ここで落ち込まなくても大丈夫だ」
力強い眼差しと低く響く声に励まされる。デュークは私の頬を撫で、先ほどのように労わるように眦に触れていく。
それから、耳、顎、頬と形を確認するように触れていたが、ふにゅ、と柔らかい唇が私の頭頂部に押し当てられた。
少しでも不安が安らぐようにとデュークなりの気遣いと励まし。そして、デューク自身の確かめ行動でもある。
デュークは最近、よくこの触り方をする。私が死んだ夢を見てから、私が生きていることを無意識に確認しているようだった。
以前のデュークから考えられないほど甘く重く、質までも変わってきた。
この場所ということもあって、なんだかその変化が切なくも愛おしくて、一生懸命思いを伝えようとしてくれるデュークの態度にふわっと心がほぐれた。
「そうですね。私は死に役、物語から解放されたとわかればそれでいいですから」
デュークのおかげで、悪いことばかりではないと切り替える。起こってしまったことは、受け入れここからまた考えればいい。
私は割れたピンクローザを指でつまみ、透かすように上に手を伸ばして掲げた。
「綺麗に割れていますね。あの光も何か力が働いたように見えました」
「ああ。夢で見た光に似ている」
「そうですか……。なら、きっと意味がありますね。それも含め調べていきたいです。かなり気になる現象ですがピンクローザの件はひとまず置いておいて、ホイストン様にあの件は聞いていただけましたか?」
夢と繋がっているなら事象には理があるはずだ。もし私にとって悪い作用だったとしても、またそこから立て直していけばいい。
最初に死に役を逃れられたこと自体、物語から逸脱できた時点で望みはあるのだからと、まだまだすべきこと、確認することがあると次にできることへと進む。
「ああ。聞いた。アロリザス地方の宝石の注文を受け、直前で変更があり納品の期日に間に合わせるために確認したくて、あの日イレイン殿下に話しかけたそうだ」
「そうですか」
イレイン王女にも訊ねたが、宝石の話をしたと同じ答えがすでに返ってきている。
私たちが襲われるタイミングがあまりにも都合がよすぎて直前の王女の動きが気になり、デュークに確認をとってもらったが、ベン・ホイストンからの答えはシンプルだった。
それ自体は不自然なことではない。だけど……。
「それで、フェリは何がそんなに気になっている?」
「どうしても私たちがあの庭園に行ったこと、秘密の通路から攫われるまで相手にとって都合がよすぎた気がして。私をイレギュラーだと言った人物の存在は無視できませんし」
「確かにフェリたちがそこにいなければ、秘密の通路を使ったとしても実行できた確率はぐんと下がっていたな」
思い出した物語、デュークの夢見の話から、誘拐が起こり巻き込まれる可能性も視野に入れていたが、完全に外で起こるものと思い込んでいた。
「ええ。だから、何か見落としていることがないかと思って」
ピンクローザが割れてしまった以上、その人物を見つけることが大事になってくる。
果たして、その人物は私にとってどういった立場の人物なのか。それによって今後の状況も随分変わる。
「そういえば、フェリにはまだ言っていなかったな。秘密の通路には足跡が二つあったんだ」
「二つ?」
私を捜す際に足跡を追ったとだけは聞いたが、それは初耳だ。
「ああ。男性のものと女性のもの。犯人は二人なのかと思っていたが、あの建物に潜伏していた者の中に女性はいなかった」
「女性のものですか。……あの日あの建物にいた人たちが窃盗に関わっていたと聞いていますが、どうしてあんなに集まっていたのでしょうか」
おかげでこちら側は一気に捕獲と事件の収束へと動くことができたが、待ち構えていたと言えばそうだが、あまりに計画は杜撰でありながらスムーズにいきすぎではないだろうか。
「それも、そうだな」
沈黙が落ちる。
「ええ。どれも疑問を持たなければそこまでおかしなものではありませんが、どうしても導かれたのだとしか思えなくて」
これは私が物語の展開があると思っているから、もしくはベリンダの時のように明確なものがないため、しっくりこないだけなのかもしれない。それでもどうしても気になった。
すぅっと表情が消え、深刻な顔をしたデュークが険のある声で告げた。
「ホリングワース嬢に話を聞くしかないな」
「ええ。イレイン殿下が王都で回る店の順序や宝石のことは、セラフィーナ様が調整していると聞いています。これまでイレイン殿下ばかりに意識がいっていましたが、二人の絆を考えるとセラフィーナ様と一度ゆっくり話をする必要がありそうです」
先日珍しく感情をあらわにした姿を見てから、イレイン王女のいないところで彼女の本音に触れてみたいと、話すべきだと私は割れたピンクローザをぎゅっと握った。
その手をデュークが上から被せてくる。
大きな手に包み込まれ視線を向けると、静かで力強い双眸が私を見下ろしていた。
「誰が何を企もうが、フェリシアは誰にも渡さない。フェリが納得するまでどこまでも付き合う。だから、一人で無茶だけはしないで」
「はい。ありがとうございます」
ものすごくデュークを近く感じる。
信頼と愛情がぴったりと寄り添い、今ならどんなことにも負けない気がした。
どうしようもなく恋しくなって、思わずデュークにしがみつく。すかさず抱きしめ返され、頬を緩めた。
心と身体がぽかぽかして、胸が熱くなる。
ぐいぐいとデュークの胸に額を押し付け、その温もりと硬さを堪能していると、くすりと笑うデュークに身体をひょいっと持ち上げられてしまった。
「ふふっ、……ひゃっ」
「フェリ。そんな可愛いことをして俺の理性を試している?」
そう言って近づいてくる顔を前に、私はゆっくりと目を瞑った。




