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【4/1書籍発売&コミカライズ連載中】死に役はごめんなので好きにさせてもらいます  作者: 橋本彩里
第二部

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38.始まりの場所


 私はブランケットをかけ直し、周囲へと視線をやった。大きく息を吸うと、冷たい空気が肺へと伝わってくる。

 常緑樹以外の木々は木肌を晒し、風が吹くたびに数えるほど残った枯葉が今にも落ちそうに揺れている。


 すっかり冬の気配を纏った寒空の下、天気がいいこともあり私たちはウォルフォード公爵家の庭園にいた。

 ここは私が前世の記憶を思い出した場所でもあり、決め手に欠ける現状に活を入れる気持ちもあってこの場所を希望したのだけど、想像以上の冷たい寒気に眉尻を下げた。


「さすがに寒いですね」

「これを」


 自分から言い出したことだがやめておいたほうがよかったかと後悔していたら、すかさず横に来たデュークにストールをぐるりと口元まで覆われながらかけられる。


「ぷはっ。これでは息ができません」

「悪かった。――これならどうだ?」


 苦情を告げるとぎこちなく巻き直され、口元とストールの幅を綿密に確認しだした。


「ありがとうございます」

「寒いと思って持ってきてよかった」


 そこまで苦しかったわけではないけれど、私の苦言にどこまでも真剣な顔で整えだしたデュークにぷっと笑うと、笑みを深めたデュークは私の手を取った。

 大きな手を握り返すと、愛おしそうに双眸を細めたデュークと目が合った。


 フェリシア()は私のまま内側が大きく変わったわけでもなかったけれど、第二の人生、転機はここから始まった。

 あの日のように、目の前には婚約者が座りこっちを見ている。


 だけど、じっと見つめるその視線には、以前にはわからなかった私への思慕が隠されることなく、むしろ私を包み込もうと柔らかな光を放っていた。

 視線が絡むと、さらに慈しむように目を細められる。


 失わずに済んだ大好きな人と一緒にいるこの空間。

 愛されているとわかる視線を感じる至福の時に、私は自然と笑みがこぼれた。


 ここに来ると、デュークとこうして一緒に過ごせているありがたさが一層増していく。

 まずは挨拶と他愛もない話をしていたが、空気が和んできたところでデュークが切り出した。


「ピンクローザだが手に入れることができた」

「本当ですか?」

「ああ。少しでも早く検証できるほうがいいかと計らってもらった」


 私の気持ちを汲み、素早く行動してくれたようだ。

 そっとピンクローザをテーブルの上に置くと、デュークは私の両手をぎゅっと握る。まるで私の手の形を確認するようにゆっくりと指を動かしなぞった。


 意志のこもった力強い双眸が愛情を湛えながら、一つも機微を逃さないと探るようにデュークが私を見つめる。

 清らかな濃紺の瞳にちらちらと見え隠れする鋭い気配を前にすると、自分でも認識していないものを掴まれそうで妙にそわそわした。


 それでも視線を逸らさずにいると、デュークは安堵と喜びと、そしてなんとも言えない哀愁を含んだ笑みを浮かべ、額を押し付けた。

 さらさらと触れる髪と、小さな仕草さえも愛おしいと言わんばかりの動作に私は息を詰める。

 知っているのに知らない男性のようで、ゆっくりと動く長い指に煽られるように鼓動が速くなっていく。


 そうやって時間をかけて私の手を包み私の瞳を覗き込んだデュークは、眉尻を下げ、くしゃりと笑みを浮かべた。

 揺らがないまっすぐな双眸に捉われ、握られているのは手なのに心臓を包み込まれているような錯覚を覚える。


「これでフェリの憂いが晴れることを願っている……」


 そこでデュークはすまない、と大きく息を吐き出し、目を伏せた。握られた手からも震えが伝わり、息が詰まった。

 視線が交わると、どこか諦めたような、だが諦めきれないといったなんとも複雑な表情でデュークがやわらかに笑う。


「デューク様?」


 最後は私への愛情をたっぷりと乗せたそんな笑み、伝わる温もりと震えに名を呼ぶ声がわずかに震えた。デュークが慈愛の笑みを浮かべ、手に力を込める。


「……俺は、フェリが笑ってくれたら、そしてそばにいてくれたらそれでいい。だが、人智を超えた存在を前に、もしこのままフェリを連れ去ってしまったらと思うと正直怖い」


 またもやデュークの想いの重さを知り、自分の考えの浅さに苦しくなった。


 転生と回帰。それに関わっているだろうピンクローザ。

 物語の本番が近づくにつれ死に役であることの不安定さ、それから解放されることを願ってきた。


 少ない記憶と情報から、何かあるとすれば形を示すだろうピンクローザを得て、願ってみるのが一番なのではとの考えに行き着いた。

 だが、手にしただけで願いが叶うわけもなく、記憶で見た淡い光を発するような願いを叶えるための条件がわからない。


 デュークの不安はただの杞憂で済むのだろうか。

 死に役から解放されたいことと同じくらい、デュークのそばにいたい気持ち。


 違う。デュークと結ばれたからこそより一層幸せに過ごしたい気持ちから解放を強く考え、絡み合って分けることのできない願い。

 そして、デュークの想い。


 何をどうすることが正解なのだろうか。

 吐露された心の内。すべてを話したあの日から、デュークの心の変化と抱えた不安を知り、改めて私はピンクローザを見た。


「私は……、デューク様と一緒にいたい。死に役ではないと、フェリシアとしてこの世界にいてもいい確証を得たい」


 これから先のことを考えると、どちらも私にとっては譲れない。

 可能性があるのなら、目の前のピンクローザに何もしないことも考えられない。


 死に役に怯えることのない時間を。

 そして、ずっとデュークとともにいられることを。


 そのために最善の形を捜し、デュークとともにこの先を満喫することを諦めたくない。

 訥々と考えを告げると、デュークは息を詰め、それから深く吐いた。


「そうだな。フェリシアを失いたくない。笑っていてほしい。一緒に幸せになりたい。それらはどれ一つ欠けてほしくないものだ。だから、一緒に探っていこう」

「はい。一緒に」


 一人ではない。デュークと一緒なら乗り越えられるとの強い気持ちに、私は大きく頷きくしゃりと顔を歪めた。

 好きな人に想われる喜び。

 不安があってもこれだけ満たされる今の幸せに、死に役であったと思い出したこの場所から、新たに始まるのだと様々な感情が発露し表情が取り繕えない。


 そんな私を見たデュークは、労わるように私の頬にかかった髪をとり、耳にかける。それから頬、目尻と、私が落ち着くまで優しく宥めるように撫でた。

 優しい感触に私がほっと息を吐き出すと、デュークはピンクローザをケースから取り出した。


「フェリシア。ずっと一緒だ」

「はい。デューク様とずっと一緒に」


 ゆっくりと手を差し出し、ころん、とわずかにピンクローザの重みがかかった瞬間、想像もしなかったことが起こった。

 眩く光り目を眇めていると、徐々に光は薄れ手のひらの上のピンクローザがぴしっと音を立てて割れる。


「えっ?」

「どういうことだ?」


 手にした瞬間願いが叶うなんて都合のいいことは考えなかったかといえば嘘になるけれど、手にさえ入れれば時間をかけて願いが叶う条件を調べていけると気持ちは前向きなものだった。

 だが、実際に起こった目の前の現象に私たちはしばらく放心状態から抜け出せず、綺麗に二つに割れたピンクローザを見つめた。



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