37.物語の相違点
相手を思い出すだけで、照れてしまうようだ。微笑ましくも可愛らしい。
こうなると剣術大会で誰に会っていたのかまで解き明かし、気になっていることは払拭してしまおうと私は質問した。
「もしかして、その方は一年の剣術大会に出ておられた方でしょうか?」
「えっ? どうしてわかったのですか?」
「たまたま一学年の試合が終わった後、イレイン殿下お一人で立たれたのを見たので。どうされたのかと気になってはいたのですが、今の話を聞いてふとそう思いました。お相手を詮索するつもりはありませんので、ぶしつけでしたら流してください」
この話はユリシーズにも話しているので特に問題ないはずだと理由を述べると、イレイン王女は興奮し、ぱんっ、と両手を叩いた。
「さすがですわ。お姉様。聞いてください。終わったら会うことを約束しておりましたので、約束の場所に来ていただいたのですが、その時に失敗してしまったのです。お疲れだと思ってチョコレートを渡したのですが、ポケットに隠すように入れていたため溶けてしまって」
最後はその時のことを思い出したのか、王女はしおしおと声を落とす。
「チョコレート……」
「そうなんです。それで服も汚してしまいと散々でした。それでも優しい方なので受け取ってくれましたが……。ユリシーズはそういう時はさっぱりする物のほうが嬉しいものだと教えてくれたので、今度リベンジしたいと思っております」
すべてが繋がった。わかれば単純なことだった。
あの日、イレイン王女が会っていたのは恋しい人で、茶色い染みは服を汚したチョコレートがついたもの。
そして、私が再度見たときにそれらの形跡がなかったのは、彼女の従者たちが話を聞いて現場に戻り拭き取ったとのことだった。
男性のほうだが、大会出場時の衣装から制服に着替えたのは、王女に失礼があってはいけないと思ったからか、目立ってはいけないとの配慮からか。
私が怪しんでいた王女の行動はすべて白だった。
宝石好きの王女はピンクローザを手元に置きたいだろうけれど、犯罪に手を染めてまで強引に事を運ぶ人には見えない。
物語とデュークの夢見ではイレイン王女が誘拐されていたが、今回はされていない。その辺の違いは私がいるからなのか。
では、私をイレギュラーと言った人物は誰だったのか。
攫われたタイミング的にも、物語の展開に関わっている人物はイレイン王女の周辺にいる可能性は捨てきれない。
あと、ベン・ホイストンのことも少し気になっている。
剣術大会の休憩時間に何をしていたのか。王女がいないと騒ぎになった時に話していたのも彼だ。
別に詮索するようなことではないかもしれないけれど、ホイストン家はアロリザス地方の我が国有数の鉱山の持ち主である。
もし彼がヨネバミア国の誰かと繋がっていたら? そうなると、いろいろ変わってくるのではないか。
大きなイベントの危機は乗り越えたが、まだ、死に役回避を断定できるようなところまできていない。
ピンクローザは窃盗団から取り返し、デュークが動いてくれているが最終どうなるはわからない。
死に役ではない確信を得るためには、どうすればいいのだろうか。
物語のイベントが終わっても、死に役であることで常に危険が付きまとう人生となってしまうのだろうか。
そんな疑念が、大きな山場を越え安心したとともに襲いかかってくる。
何か見逃していることはないかと私は様々なことを思い浮かべながらも、イレイン王女の恋心を聞いて素直な気持ちで応援の言葉を述べた。
「たくさん聞いてもらったから、とってもすっきりしたわ」
「よかったです」
「同じ恋する者同士の話はとても楽しいわ。それにお姉様たちの関係は私の理想です。ウォルフォード様は終始ナイトのように見守ってらっしゃるもの」
もともと過保護気味だったが、想いが通じ合った後は死に役の話をしたこともあり、さらに何がなんでも私を守るのだという気概からかなり過保護に見守られている。
「前回誘拐事件のことがあり、デューク様はとても心配し見守ってくださっているだけなのですが、視線が気になるのでしたら申し訳ありません」
隠すことなく、私の背後には俺がいるぞと主張する存在感は、場合によってはやりにくいだろうと謝罪する。
イレイン王女たちと過ごすことも止めることもせず送り出してくれたけれど、終わるまで待っていると、わざとイレイン王女たちの前で言っていた。
心配や愛情を示しながら、警戒を怠らないその姿勢を見るたびに、以前は複雑な気持ちになっていた。
今は想いが通じ合っているだけで余裕が生まれ、すべての事情を知った上での過保護さは安心感があり、恋の話を聞いた後では一層自身の恋心が疼く。
小さく笑みを浮かべ視線を下げると、イレイン王女が首を振った。
「謝ることはありません。それに私たちは彼の行動を好ましく思っています。たとえ本人がそこまで気にしていないとしても、それは表面化していないだけです。起こったことはなかったことにはなりませんから」
「そうですね。記憶は風化してもその時に感じたものは刻まれていますので。一人でもいいんです。本人以上に思ってくれている、気にしてくれている存在がいるだけで救われるものはあります。私にとってイレイン様がそうですから」
ぽん、とイレイン王女に肩を掴まれたセラフィーナは、きゅっと唇を噛み締め、それからふにゃりと微笑んだ。
「そうですね。デューク様がいてくださって私は本当によかったです。そして、セラフィーナ様も素敵な出会いがあって本当によかった」
セラフィーナは子供の時に誘拐され、その特殊な環境から彼女は様々な経験をし、イレイン王女との出会いに救われたと話していた。
いつも穏やかな笑みを浮かべるセラフィーナが、そこですっと表情を消した。
「ええ。お互い寄り添ってくれる方がそばにいて幸せですね。世の中には、いいことがあれば自分の功績だと吹聴し、都合が悪くなれば他人のせい。自分が中心、自分の利益のことだけを考える人もいますので」
妙に実感のこもった言葉に、私はこくりと頷いた。
まさしくベリンダはそのようなタイプだった。都合が悪ければ人のせい。むしろ、自分の願望を叶えるためにコーディーを利用していた。
また、コーディーも利用されていると知って動いていたようだけれど、ベリンダは自分で努力もしていないのに、批判や苦情はやたら大きかったので、主張はただただ不快だった。
大変な経験をしてきた彼女だからこその視野。ゆったりしながらも鋭い感性と強い意思が、王族の琴線に触れるのかもしれない。
「パーシヴァル殿下がこの国に来られていた際、婚約者のことをとても褒めていたと聞いております。その時はセラフィーナ様のことを存じませんでしたが、殿下が自慢されるのも納得です」
「まあ。パーシヴァル殿下がお話しされていたんですね。終わったご縁ですが、良きように思っていただけて嬉しいです」
「セラフィーナなのですから、自慢の一つや二つはして当然よ」
「もう。イレイン様ったら」
我が事のように胸を張るイレイン王女に、セラフィーナは苦笑しながら王女を穏やかな眼差しで見つめた。
すっかり日が落ち、さらに空気が冷え込む。
外は水色から濃い青、赤やオレンジ、そして紫へと変化し掛け合わさった色は美しくも、妙に落ち着かない気持ちになるのはまだすべてが終わっていないからか。
どことなく胸の奥を突いてくるようなものを抱えたまま、また今度話そうとそこでようやく私たちは帰宅することになった。




