1.ここから始まる物語
第二部/第一章 忍び寄る影
ルノセクト国の夏は短い。あっという間に終わった休暇を惜しむ間もなく、秋の始まりとともに私たちは三学年へと上がった。
私、フェリシア・オルブライトにとっては、ここは現実であるとともに物語の世界でもある。
ヒロインであるベリンダたちとの交流前にうろ覚えながらも前世の記憶を思い出し、この世界がヒーローの婚約者の死がきっかけで始まる恋愛小説の中だと気づいた。
ヒーローであるデューク・ウォルフォードの婚約者の死、物語を盛り上げるために作られた『死に役』が私だった。
最終的に死に役から逃れ、ベリンダの悪事は晒され、幼馴染で名ばかりの婚約関係からデュークと恋人関係になることができた。
私は私の人生を掴み、物語の死に役から解放されたのだと、本来の物語とは大きく変わったと一度は安堵した。
だが、物語の本番はこれからだ。
物語は私を殺した相手を捕まえてから始まる話であったため、果たしてこれで死に役を回避できたと言えるのだろうかとの疑問は付きまとう。
「それに、ヨネバミア国の王女様はどうしても無視できない存在なのよね」
王女の名前を聞いた際に、断片的に思い出したことがある。
物語では交流期間にピンク色の宝石が展示され、盗まれることになる。その後どのような経緯かまではわからないが、ベリンダは王女とともに誘拐され危機に陥り、危うくというところでデュークが助けに入るのだ。
物語の最後では、願いが叶う宝石だと愛の告白とともにその宝石で作られた指輪をプレゼントされ、デュークとの幸せにつかりながら願いを唱えて柔らかな光に包まれ……と、幻想的な形でハッピーエンドとされていた。
ベリンダと王女の会話するシーンや、メインの展開時に二人は一緒にいて、前世の私はそこに至るまでの話を読み、王女について厄介な存在だと感じていたことまで思い出した。
物語にヨネバミア国の王女が登場していたということは、この交流会で何かが起こり、王女はベリンダとともにイベントに深く関わる人物で間違いない。
だが実際はベリンダの悪事が暴かれ、彼女は交流どころではなくなった。
「そもそも、物語のヒロインが直面する問題とは何なの?」
わからないことは多いが、物語の大筋はヒロインに繋がるように書かれていたはずだ。
そのためピンク色の宝石・誘拐事件もイベントの一つなのだろう。
ヒロインだから起こることだったのか、そのまま出来事がスライドして私たちに降りかかるのか。
ややこしいのは、今世のベリンダがこの世界の物語――小説を読んだことのある転生者であり、この世界の時間を巻き戻って回帰し、二度目を迎えていたことだ。
それが物語にどう影響を与えたのか、死に役だった私の存在がどのような影響を及ぼすのか未知数である。
しかも残念なことに、転生者であっても記憶がうろ覚えな私はほとんど何が起こるのか理解しておらず、物語では死んでいたので何に注目していいのかわからない。
「ああもう、わからない……!そもそも、私はなぜ記憶があまりないの?」
私は全体的に転生前の記憶がおぼろげなのに、なぜベリンダは転生前とこの世界を巻き戻る前の記憶があったのか。
コーディーに至っては、物語のことは知らなかったが巻き戻る前の記憶がある。
それらの違いに理由があるのかないのかも、時間が経てば経つほど、物語を意識するほど気になっていた。
考え出すと気になることはたくさん出てくるが、現時点で何よりも優先して考えなければならないことがあった。
ベリンダたちとの交流が始まる前に国王陛下直轄地で珍しい宝石の数々が採掘され、展覧会を催す運びになった。
あの頃はそれどころではなかったので意識もしていなかったが、その中にピンク色の宝石があり、実際にもうすぐやってくるヨネバミア国王女たちとの交流期間中に展示されることがわかっている。
思い出した記憶をもとに調べていくにつれ、記憶を通して見えたピンク色の宝石・光を放っていたものがピンクダイヤモンドだと知った。
ピンクダイヤモンドの展示と交流会。
物語通りの展開が繰り広げられようとしており、死に役であることの不安が意識すればするほど増していく。
物語と違い死ななかったのだから、そんなに不安になることもないと鼓舞してはみるが、前向きに考えようとする時点で意識してしまうことには変わらない。
窓辺に立つと、エメラルドの瞳が不安いっぱいに揺れる姿が映って見えた。
――死の危険に脅かされながら生きていくなんて……。
大きく息を吸い、ゆっくりと溜まったものを外に出すように息を吐き出した。胸のあたりがもやもやと重く、これではダメだと机の上に視線を移す。
前回、好きなようにしよう、物語に抗おうとした象徴でもある髪留めや飾りピンが置いてあり、それらを手に取って再び窓辺に立った。
前世の記憶があっても、私がフェリシア・オルブライトであることはずっと変わりない事実で、起こることは夢でもなんでもない。
暗い表情ばかりしていたら不安が現実になりそうで、それらを髪につけ、私はにこっと笑みを浮かべた。
「物語はどうであれ、決められた運命なんて認めない。私は私の人生を歩むのだから」
決意を胸に私はきゅっと口を引き結び、雲がかかってぼんやりと光を放つ月が映る窓のカーテンを閉めた。




