プロローグ 願うもの
【第二部あらすじ】
自分の死を望んでいたベリンダが追放され、平穏な日々を取り戻したフェリシア。
すれ違っていた恋が実り二人の距離は縮まったかのように見えたが、『本当に死に役を逃れられたのか?』と一人悶々と不安を募らせていた。
そんなとき、ヨネバミア国からきた王女たちによって願いを叶えるという宝石、ピンクダイヤの存在を知る。
ピンクダイヤがキーアイテムではないかと、死を回避するため王女たちと交流を深め探っていくが、デュークの様子もどこかおかしく、またもや事件に巻き込まれ!?
第一部に続き、第二部も恋愛と謎、周囲の思惑、彼らの葛藤や成長を見守っていただけたら幸いです。
月の綺麗な夜だった。
フェリシアを失ってからというもの周囲の景色や気候の変化を気にしたことはなかったが、この日はやたらと月が主張していた。
――月が近い……。
恐ろしいほど空気が澄み、いつもより鮮明にあらゆることが見えた。
暗闇に落ちる光の、一粒、一粒がきらきらと舞う。
池にかかるアーチ型の橋の向こう側では男女が向かい合い、デュークがいるここまで二人の緊張が伝わってくるようだ。
女性の髪は星が流れるように輝きながら揺れ、池に浮かぶ月とともに幻想的に映る。
「あなたとともにいたい。私と結婚していただけませんか?」
その手には、希少な宝石で作られたネックレス。女性が手を伸ばし、クリストファー殿下の手を取った。
「はい」
「つけても?」
「お願いします」
髪を上げ首に腕を回し、ぱちっと留め具を装着する。
「綺麗だ」
クリストファー殿下の呟きに、女性が恥ずかしそうに目を伏せた。それからゆっくりと上を向き、二人は見つめ合う。
「このネックレスは、我が王家が大切にしたい相手に代々贈ってきた宝石で作られています。この国であなたを幸せにしたい。受け取っていただけますか?」
「ありがとうございます」
彼らを祝福するように風に吹かれた木々が、さわさわと音を立てる。
収まるところに収まり、遠くで見守っていたデュークはほっと息をついた。これ以上は野暮だろうと、二人が寄り添ったところでデュークはその場を離れた。
後処理がまだ残っており、しばらく界隈は忙しくなる。門の外を出て一定の歩幅で歩いていたデュークは、ふと立ち止まり空を見上げた。
月は相変わらず明るく、あまりにも眩しい。
デュークは目を眇め、横にそり立つ塀を拳でどん、と叩いた。
「…………」
その際にどこか引っ搔いたのか、手からつっと血が滲み出て石を赤く染めたが、構わず拳を握りしめさらに押し付ける。
月が明るく照らすほど、暗闇は一層存在感が増し深淵へと誘っていく。
フェリシアが殺され、もうすぐ一年が経とうとしていた。
仕えているクリストファー殿下の幸せは素直に喜ばしいのに、どうしても二人の姿を見ていると隣にいないフェリシアのことを考えてしまう。
失ってしまったものの大きさに打ちのめされそうになり、何もできなかった自分が簡単に倒れてはいけないと唇を噛み締めた。
そう言い聞かせていないと、より深くに落ちてしまいそうで……
目の前がぼんやりかすんでいくような気がして、デュークは目を伏せた。
手の痛みが現実を思い出させる。
ふっ、と息をつき目を開け夜道を歩きだしたデュークの瞳には、先ほどの揺らいだ感情は何も見えなかった。
一週間後。墓地では黒い服を着た人々が俯きがちに集まっていた。
晴れた空は次第に雲に覆われ、人々の心情を表すように昼から天候が崩れだし、生ぬるい風が頬を打つ。
故人が亡くなって一年。
彼女と縁が深かった者の喪失感はいまだ癒えず、沈痛な面持ちで墓前に立ち花を置いていく。思い思いに語りかけ、一人、また一人と去っていった。
最後にオルブライト侯爵家の次男、フェリシアの兄カーティスが、花を捧げしばらく黙す。目の下に隈を作り、その表情からは本来の快活さが全く見えない。
去り際、俯きがちにカーティスはデュークの肩を叩き、何も言わずにその場を離れた。
誰もいなくなっても、デュークはそこから動かなかった。ぽつ、ぽつ、と雨が降り出し、デュークの頬を濡らす。
「フェリシア……」
喉がつかえて、名を呼ぶ声がかすれた。
次第に雨足が強くなったが、気にも留めずに瞑目したまま深い息を吐く。
「願うならば……」
デュークが幸せを願う相手は、すでに永遠の眠りについた。
それでも、願わずにはいられない。
下賜される際に聞いた、『切に願うと叶うと言われる特別な宝石』との言葉を思い出し、デュークはポケットに手を入れた。
やり直せるなら、来世があるなら、フェリシアには幸せを。そして、今度こそフェリシアを守らせてほしい。守りたい。
「フェリシアに会いたい、今度こそ死なせない。嫌なことも忘れて幸せになってほしい。それができるならなんだってするから……」
どうか、もう一度フェリシアに――。
「会いたい」
無茶な願いだとはわかっている。わかっていても願わずにはいられない。声を大にして伝えたいのに、思うようにならず情けなく声はかすれたままだ。
デュークはフェリシアの墓前に宝石を置いた。
「フェリシアを生き返らせて。今度こそ彼女に幸せな人生を……」
その時は、必ず命をかけても危険から守って死なせない。
やり直せるならばつらい記憶はすべて忘れて、フェリシアの思うように生きてほしい。
そしてできるのならば、――――彼女の横で過ごすことを許してほしい。
この手で彼女を守り今度こそ幸せにしたい。ともに過ごしていきたい……。
そして、「愛している」と今度こそ伝えたい。
その想いを最後に、デュークはフェリシアの墓石に寄り添うように崩れ落ちた。
それからしばらくすると辺りは淡い光に包まれ、それらの時は幻であったかのようにすべて消えていった。
明日の土曜は三話、明後日の日曜は二話、その後は毎日20時更新です!




