腎臓をやるっつ!
決心した、
というほどのことでもなかった。
透析の話を、
何度か聞いたあとだ。
週に何回。
何時間。
一生続く。
元奥さんは、
それを全部、
冗談みたいに受け取っていた。
「通院、
仕事みたいなもんね」
笑っていたけど、
それが強がりなのは、
さすがにわかる。
俺は、
ふと思っただけだ。
――ああ、
俺、
腎臓ふたつあるな。
それだけだ。
若い頃なら、
もっと大騒ぎしたかもしれない。
意味とか。
覚悟とか。
人生とか。
でも今は、
ただの計算だ。
一つ減っても、
生きられる。
向こうは、
一つないと、
生きられない。
それだけ。
医師に言った。
「提供、
できますかね」
医師は、
一瞬だけ俺を見て、
事務的に説明を始めた。
適合検査。
リスク。
回復期間。
全部、
聞いた。
聞いたうえで、
「はい」と言った。
元奥さんには、
すぐには言わなかった。
どうせ、
怒る。
「勝手に決めるな」
きっと、
そう言う。
でも、
その通りだ。
勝手に決めた。
ある日、
病室で、
何気なく言った。
「俺さ、
腎臓、やるから」
元奥さんは、
一瞬、
意味がわからない顔をした。
次に、
笑った。
「なにそれ」
「冗談でしょ」
「冗談じゃない」
笑いは、
そこで止まった。
しばらく、
無言だった。
「……離婚したのに」
「したな」
「他人なのに」
「そうだな」
それでも、
やめる理由には、
ならなかった。
元奥さんは、
天井を見て、
小さく言った。
「……バカ」
俺は、
それを
褒め言葉として受け取った。
手術の話は、
まだ先だ。
今は、
検査が続いている。
Uberは、
少しだけ減らした。
無理をすると、
怒られる。
娘には、
まだ言っていない。
言うタイミングは、
そのうち来る。
腎臓を一つ、
手放すだけだ。
人生は、
たぶん、
そんなに変わらない。
ただ、
一つだけ確かなのは――
これもまた、
俺が
自分で選んだ、
ということだ。




