元奥さんが倒れたっつ!
連絡が来たのは、
娘からだった。
「お母さん、倒れた」
その一文だけで、
だいたい察しはついた。
病名は、腎不全。
透析をしないと、生きていけない。
根本的に治すなら、腎移植しかない。
医者の説明を、
俺は端で聞いていた。
元夫だから、
説明を受ける立場でもない。
でも、追い出されもしなかった。
元奥さんは、
ベッドの上で、
笑っていた。
「いやー、
まさかここで来るとはね」
そういう人だった。
倒れても、
空気を重くしない。
働くことは、
もうできないらしい。
治療費は、
正直、
かなりかかる。
俺は、
なぜか笑っていた。
「じゃあさ、
俺、Uberめっちゃ頑張るわ」
冗談みたいに言ったけど、
冗談じゃない。
元奥さんは、
呆れた顔をした。
「……あんた、
もう他人でしょ」
「そうだな」
でも、
それだけだった。
離婚した。
籍は抜いた。
夫じゃない。
でも、
娘の母親で、
俺の人生の大部分を
一緒に過ごした人だ。
理由なんて、
それで十分だ。
それからの俺は、
本当によく働いた。
朝から夜まで。
雨でも、
暑くても。
身を粉にして、
という言葉が、
わりと正確だった。
不思議と、
嫌じゃなかった。
家族を守る、
とかじゃない。
責任でもない。
ただ、
やることが
目の前にあるだけだ。
元奥さんは、
ベッドの上で、
相変わらず笑っている。
「離婚して正解だったわね」
「なんでだよ」
「こういう時、
変な期待しなくて済むから」
なるほど、
そういう考え方もある。
俺は、
何も言わなかった。
Uberのアプリを開く。
また一件、鳴る。
今日は、
まだ走れる。




