表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
23/24

坂道の雨 -4-


 金曜日の放課後、僕は重い足取りで図書室に向かっていた。図書室の前に着くと、いつものように上履きを脱いでスリッパに履き替える。今日も小野寺のほうが先に来ているらしい。ほかには誰も来ていない。


 図書室に入ると小野寺は僕にちらと視線を向けて、それから本に視線を戻した。そして呆れたように言う。


「篠崎くん。月曜日と水曜日、二日も当番をサボるなんてどうしたの?」

「ちょっと調べ事があってね。ラインで一方的に休むって伝えたことは謝るよ」

「先生を誤魔化すの大変だったんだから……」

「ごめんごめん」


 悪びれずに言って席に座る。


 どういうタイミングで話を始めるのが適切だろうか。僕は事故について調べられるだけのことは調べたつもりだ。その答え合わせをしようとしている。でも、それをしてしまったら最後。僕と小野寺の関係は変わってしまうだろう。


 いつもの放課後の、秘密基地のような図書室。僕はこの時間が気に入っている。


 でも、時間はいつまでも止まっていてはくれない。こういうときは白河先輩の流儀には逆らうけれど、前置きもなく本題に入るのがいいのかもしれない。いつまでもゆっくりしていると、本を借りに誰かがやってきて話が中途半端に終わってしまうかもしれないから。


 決心して、小野寺に言う。


「小野寺さんは、劇場に行ったとき演劇が好きな友達がいるって言ったよね?」

「うん、言ったね」


 小野寺はコクリと頷き、ページを捲る。


「小野寺さんの中学時代を知ってる人に聞いたんだけど、小野寺さんはある件を境に塞ぎ込んでしまったそうだね。当時のことについて、僕は話を聞きたいんだ」

「どうして? 篠崎くんは楓さんから話を聞いたんでしょう。私が話せることはなにもないよ」

「……」


 どうやら白河先輩は、僕の行動を小野寺に話したらしい。小野寺は全てを承知した上でこうして目の前にいる。話が早いのは助かるけれど、勝手に人の過去を暴こうとしている相手を前に、小野寺はなにを思っているんだろうという不安もある。


 躊躇いを振り切って、口を開く。


「白河先輩は美月さんが事故に遭ったのは自殺未遂で、小野寺さんが自殺を止められなかったことを気に病んだんだと言っていた。でもそれはおかしい。美月さんが自殺したと考えるには、色々と無理がある」


 小野寺は本を閉じた。

 そして、僕の目を見る。


「そのお話をして、どうなるの?」


 怖いほど冷たい声だった。あの小野寺がこんな態度を見せるなんて、おそらく一週間前の僕なら想像も出来なかった。


「どうもならないよ。ただ、僕は小野寺さんがなにかを隠しているという確信を持っている。知りたいんだ。美月さんがどうして事故に遭ったのか。小野寺さんは些細な謎で立ち止まって、理由を考えようとしていたよね。それと同じことを僕はしているだけだ」

「……なるほどね。じゃあ、いままで篠崎くんに謎を解いてもらったんだし、少しは協力しないといけないのかな?」

「そうしてくれると助かるよ」


 僕は現場の写真を出す。


「美月さんは轢き逃げに遭った。まずはその事故が白河先輩の言う通り自殺であったか否かを考えてみるわけだけど……これは客観的に考えればすぐにわかることなんだ。事故が起きたのは学校や住宅地のすぐそばで、車も大して速度を出せない場所だった。そんな場所で轢かれて死ぬ可能性は限りなく低いし、自殺にはまるで向いていない。だから自殺という線は考えにくい」

「なるほど」


 頷いて、小野寺は僕に続きを促す。


「自殺じゃなかったなら、何らかのアクシデントがあったと考えるのが自然だ。で、なにが起きたのか調べてみたよ」


 僕は図書館でコピーしてきた新聞記事を出した。


「新聞には美月さんはガードレールに挟まれる形で事故に遭ったと書かれていた。現場は二車線で、ガードレールがある側には人が歩けるようなスペースはなかったから、美月さんは車道の中央線を跨ぐくらいの勢いで飛び出したことがわかった」


 さらに、日本気象協会のサイトからコピーしてきた天気予報図を見せる。


「当日の天気は雨だった。朝から雨が降っていたから、二人は傘を差していたんだろうね。事故現場の消防団の敷地はコンクリートで舗装されていてちょっとした空き地のようになっていたし、立ち話をするにはちょうどよさそうな場所だった。そこでおそらく小野寺さんは美月さんと話をしていて、その後、美月さんは車道に飛び出した。消防団の敷地は塀で囲まれていて視界も悪かったから、車はほとんど反応できなかったはずだ。ブレーキは間に合わず、運転手は避けようとしてハンドルを右に切り、そのまま美月さんをガードレールに挟むように衝突した」


 僕の話を聞いて、小野寺は感心したように「かなり詳しく調べたんだね」と小さく呟いた。


「まあね。推測の部分が多いから断定はできないけれど、起きた出来事については調べ尽くしたつもりだよ」

「それで、私がなにを隠していると思うの?」

「僕は小野寺さんが美月さんとの間に問題を抱えていたんだと思ってる」


 小野寺は身体を硬直させたように固まった。

 そして、首を傾げながら言う。


「問題って、どんな問題?」

「良ければ教えてくれる?」

「嫌、話したくない」

「ま……そう言うよね。小野寺さんは白河先輩にも当時のことは話さなかった。話したくないことを無理に話してくれと頼んでも仕方がない。だから、これから話す僕の推測を聞いて欲しい。それくらいなら構わないよね?」

「どうぞ」


 小野寺は頑なだ。


 事故が起きて以来、小野寺は美月佐奈との間にあった出来事をひた隠しにしてきた。家族にも、親戚である白河先輩にも。それはおそらく、二人の間に起きていた事が家族にすら話せないような内容だったからだ。僕がなにもしなければ、きっと小野寺は秘密を抱えて生きていく。しかし、僕は小野寺がこれから生きていくにあたって、そんな生き方はして欲しくない。墓まで持っていくような秘密なんて不要だ。


 なんて……取り繕ったところで、全部僕のわがままでしかないか。結局僕は自分のためにやっているのかもしれない。それでも、たとえ小野寺がどう思おうと、小野寺と美月佐奈の間にあったであろうわだかまりを僕は解消するつもりだ。


「美月さんは事故が起きた当時、イジめを受けていたそうだね」

「ええ、酷いイジメだった」


 小野寺は俯いて答える。


「そのイジめが誰によって行われたのか、白河先輩はそのあたりの事情については調べていなかったみたいだけど、僕はその点が一番気になったんだ」


 白河先輩はなんだかんだ言っても、根が優しく人が良いと思う。だから、塞ぎ込んだ小野寺を見て小野寺が被害者の側であると確信したのだろう。でも僕はそうでもない。元々、他人なんてどうでもいいと考えていたような奴で、物事は推理小説のようにロジックに基づいて解くのが癖になっている。


 だからこそ、僕は白河先輩の話を聞いたとき、客観的に見て小野寺が美月佐奈に何かしたのではないかと疑った。


「なにが、言いたいの?」


 小野寺は一度黙った僕を見て、表情を強張らせていた。彼女に一つの疑問を投げかける。


「小野寺さんは美月さんをイジめていた側の人間だったんじゃないかな?」


 これが僕の出した結論だった。もちろん、それが真実であるとは思いたくなかったけれど、事故について考えて、状況を整理すればするほどに小野寺が加害者であったという結論の確度だけが補強され続けてしまった。


「イジめの一環で何か事故が起きるようなことをして、結果として交通事故が起きた。そう考えるのが最も自然なんだ。二年前の僕らは中学生でいまよりもずっと子供だ。イジめがエスカレートして、危険な行為に手を出してしまうことも十分に考えられる」

「……」


 答えは返ってこない。しかし、表情がすべてを物語っていた。


「小野寺さんは、美月さんを突き飛ばしたの?」

「違う……」


 消え入りそうな声だった。


「私は、そんなつもりでやったんじゃない……」


 小野寺は小さく震えていた。

 ここで終わらせちゃいけない。僕は口を開いた。


「違うって、どう違ったの? 他にも仲間がいたとか?」

「いたのは私一人だけ。本当は……ただ、猫と遊んでいた佐奈を邪魔しようと思って」


「邪魔しようと思って?」

「ボールを蹴っ飛ばしただけだったの……」


「それで事故が起きた」

「……」


「つまり……小野寺さんは美月さんが猫と遊んでいるところにやってきて、彼女が猫との遊び道具に使っていたボールを蹴り飛ばした。美月さんはボールを追って車道に飛び出し、事故に遭ったと」


 言葉にしてみればあっけない顛末だ。だが、起きた出来事は取り返しがつかなかった。美月佐奈は未だに目を覚まさず、昏睡状態を彷徨っている。たかがボールを蹴っただけのことでだ。


「ボールを蹴ったせいで事故が起きたから、小野寺さんは事故のことを誰にも話せなかったの?」

「話せるわけない。だって、全部私のせいなんだよ?みんなに話したら……」


「別にみんなに話す必要はないと思うよ。ただ事故に遭った美月さんの家族や小野寺さんの両親には打ち明けないといけない。最低限、それだけはしないと後に引きずるだけだ。別に殺意があってやったことじゃないんだよね?」

「殺意なんてない。でも……」


「勇気が必要なことはわかってる。二年も経っているし、今更と思うかもしれない。でも、周りはまだ小野寺さんを見守ってる。白河先輩が良い例だ。劇場に小野寺さんと僕を行かせたりして、小野寺さんが前進できるように手助けをしようとしている」


 小野寺は再び僕の顔を見て言った。


「佐奈の家族に会うのは、怖い」

「怖くても向き合わなくちゃいけない」

「……」


 小野寺は迷うように黙り込んだ。

 そうなるのも仕方がないことだと思う。僕だったら同じ要求をされたら考えもせず逃げ出すかもしれない。しかし、小野寺は僕よりもよっぽど問題に対して向き合うことのできる人だ。


「ところでさ、小野寺さんは猫って好きかな?」

「え、急になに……猫?」

「そ、猫」

「普通に好き……」

「飼ったことは?」

「飼ったことはないけど、猫の動画とか見るのは好き」


 僕も小野寺の言う程度には猫が好きだ。うちはペットは金魚かハムスターくらいしか飼ったことがないけど、猫がいたらなぁと思うことはたまにある。


「もしもの話だけど、小野寺さんは猫が道路で轢かれていたとして、それを片付けてあげようと思う?」

「……助けないと思う。可哀想だけど。ああいうのって、近隣の人が通報するものでしょ?」

「本当に? 僕は小野寺さんが轢かれた猫を片付けるのを見たことあるよ」


 小野寺は冷たい目で僕を見る。


「……イジワルな質問ね」

「ごめん。でも、轢かれた猫を片付けるなんて普通は誰にもできることじゃない。小野寺さんは轢かれた猫を助けようと思えるくらいには、踏み込んだことのできる人間なんだよ。新田先輩を尾行していたときもそうだった。小野寺さんは新田先輩が白河先輩に嘘を吐いていると知って、たまらず踏み込んでいた。そんな小野寺さんが、自分の過ちを正せないとは思わない」


 小野寺は事故が起きてから、きっと重たい罪悪感を抱えていたのだと思う。


 中学時代がどうであれ、僕が見てきた小野寺は常に正しくあろうとしていた。轢かれた猫がいれば公園まで埋めに行き、白河先輩の彼氏が嘘を吐いていたとわかれば理由を直接訊こうとした。


 小野寺は芯のある強い人間であると僕は感じている。だからこそ、美月佐奈の件については小野寺自身がしっかりと向き合わなくちゃいけない。自分自身のやってしまった行為を悔いているなら、立ち向かわなくてはいけない。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ