生暖かい部屋 -2-
昼食は普段なら石上と食べるのが常なのだけど、今日の僕は四時限目の授業が終わるなりすぐに図書室に向かっていた。というのも、昼休みの図書室当番だった青山という奴が、今朝から熱で寝込んでいるので代わりに穴を埋めておいてくれないかと僕に連絡してきたのだ。
青山とは特別仲良くもないし、同学年の図書委員であること以外関わりはない。そんな彼に代役を頼まれたこと自体には思うことはないのだけれど、正直、この頼みを引き受けるのにはやや抵抗があった。
青山の相方は佐藤という一年の女子生徒だ。後輩の男子なら部活経験から絡み方もわかるけど、後輩の女子というのは未知との遭遇と言う他ない。
図書室に到着した僕は、気だるげにカウンターに座っていた佐藤さんに事情を説明した。返却ボックスを見るとまだ戻しの済んでいない本がたくさん溜まっていたので、それを片付けようとすると、
「先輩、戻しは私がやっておくので適当に座ってていいですよ!」
と、佐藤さんは若干慌てた様子で言った。
「ああ、うん。じゃあお言葉に甘えて……」
予想はしていたものの、実際にこういう反応をされるとなんだか悪いなぁと思う。彼女からしてみれば得体の知れない先輩が急にやってくるというのは中々ハードなシチュエーションだろう。
ここで気の利いた台詞でも言って仲良くなれれば楽になるのだろうけど、失敗すれば後輩に色目を使っていると誤解されかねない。どうせ一度限りのコンビなのだし、下手なことはせず適当に時間を潰すことにしよう。
「とりあえず昼飯にするか……」
来る途中で購買部で買った菓子パンを開けて、もさもさと口に運ぶ。
運びながら、本棚のほうをぼうっと眺めてみる。昼休みの図書室は、雨でグラウンドが使えないこともあり、部活で忙しい放課後とは違ってそれなりに盛況だ。本を借りたり返却する人が多いのはもちろん、教室に居場所がなくてなんとなく暇潰しにやってきているような人もいる。
放課後の当番をやっていると図書委員なんて辺境の民みたいなもんだなと思うけど、こうして昼休みの様子を目の当たりにすると図書委員も少しは役に立っているんだなーと感慨深くなる。
「ひとまずボックスに入ってた分は戻し終わりました!」
「ご苦労さま」
「私も失礼して昼食食べちゃいますね」
佐藤さんはそう言うとカウンターの上にお弁当箱を広げた。ぱかっと開けられたお弁当の中身は、家の人が作ってくれた感ありありでタコさんウィンナーやミートボールが入っていた。
佐藤さんは黙々とお弁当を食べ始めたが、ちょいちょいこちらを気にしながら食べているみたいだった。
……少し食事を覗き込み過ぎたのかもしれない。
「あのう……」
考えていると、佐藤さんはやや上目遣いに僕を見た。
「うん?」
「先輩って、今年から図書委員になったんですよね?」
「そうだね。去年は園芸部で、図書委員になったのは春からだよ」
「言いづらかったらアレなんですけど、どうして園芸部を抜けたんですか?」
「んー、それは……」
小野寺と同じ委員会に入りたかったからとは、さすがに言えなかった。
僕が平静を装いながら頭の中で言葉を探していると、佐藤さんは笑みを浮かべて悪戯っぽく言った。
「小野寺先輩がいるからですか?」
「ぶっ!?」
思わず吹き出した。
「な、なんでそうなるのっ?」
「青山先輩が篠崎はきっと小野寺狙いだって」
青山め、石上みたいなことを。
「いやいやいや、誤解だから勘違いしないでね?」
「えへへ、もちろんですよ」
努めて冷静に言うが、佐藤さんは僕の反応を見て疑惑をより確信に変えたみたいだった。
さらに、内緒話を言うように小声で言う。
「でも知ってます? 小野寺先輩の誕生日って来週の金曜日なんですよ!」
「え、そうなの?」
これには真顔で訊き返してしまった。
「はい。本人に確かめてみればわかりますよ。誕生日にプレゼントとかって喜ばれるんじゃないですか?」
「さすがにプレゼントは無理だよ……てか、先輩の誕生日なんてよく知ってたね?」
普通、他人の誕生日なんて特別な理由がない限り覚えられなさそうだけど。僕の場合、自分以外の誕生日はメモでもしない限りまず覚えられない。
佐藤さんは目を細めて、昔を思い出すように言う。
「まあ、小野寺先輩には昔お世話になりましたし。それに先輩とは同じ中学だったんですけど、その頃の先輩って女子の憧れというか、カッコいい人で……」
「うん? 小野寺さんって中学の頃はそういう……カッコいいキャラだったの?」
「ええ、演劇部で部長を務めてたし、後輩の面倒見も良かったんですよ」
「ふうん……」
後輩の憧れ。まるで白河先輩みたいな話だ。それに、演劇部に入っていたというのは初耳である。
小野寺は友達に連れられて演劇が好きになったと言っていたけど、実際に演劇部にまで入っていたのか。
「いまの小野寺さんからは想像もつかないけど、それって本当に小野寺さんの話なの?」
「そうですね……小野寺先輩は三年生のときに色々あったので、それで……」
「色々……?」
「あ、いや……この話は余計だったかな……なんでもないです」
佐藤さんはバツの悪そうな顔をして立ち上がった。
「お弁当食べ終わったので、昼休み中に返ってきた本の戻しやっときますね」
「え、ちょっと……」
詳しく話を聞こうと思ったのだが、佐藤さんは逃げるように行ってしまった。
そんなに話したくないことだったのだろうか。反応が露骨すぎたので、深追いする気にもなれない。
「白河先輩に訊いてみるか……」
ラインでメッセージを送る。
昼休みの忙しい時間帯のせいか、反応はすぐには返ってこなかった。




