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想い人は知らず -9-


 選択科目の授業で使われる空き教室は、放課後になると自習や部活で使えるように解放されている。


 しかし、大島高校には大きな自習室があるので自習目的で空き教室を利用する人はほとんどいない。それに空き教室は各学年の教室から遠く、特別な理由がなければ誰も寄り付かない。空き教室は内緒話をするにはちょうどいい待ち合わせ場所だった。


「ごめーん。ちょっと遅れたー。待った?」


 教室の扉が開き、白河先輩がやってきた。


 軽く肩を上下させているのを見るに、教室からここまで走ってきたようだ。


「僕らもいま来たばかりです」


 椅子から立ち上がって言う。


 白河先輩は安心したように、

「なら良かった」

 と言って窓の外に目を向ける。


 グラウンドではちょうど陸上部がハードル用のトラックを準備しているところだった。


「白河先輩は部活のほうにすぐ行かなきゃな感じですか?」

「ううん、大丈夫だよ。部長だしね。それにバレーボール部は準備が遅いからさ」


 白河先輩は苦笑しながら、窓際の席に座っていた小野寺の手を握る。手を握られた小野寺は小さく、「わ」 と言って驚いた表情をした。


「ビックリした?」

「篠崎くんの前でからかわないで」

「ごめんごめん」


 白河先輩は悪びれた様子もなく笑い、僕のほうを向いた。


「んで、昨日は尾行でなにかわかった?」

「はい。新田先輩はどうやら怪我をしているわけではないみたいです」


 スマホで撮っておいた写真を画面に写す。白川先輩はそれを見て、どこか納得したように頷いた。


「怪我をしたってのは嘘だったんだね」

「……そうなりますね」


 新田先輩は白河先輩に嘘を吐いていた。そして、部活の練習後に一人公園で自主練に励んでいた。白河先輩はどこか不貞腐れたように、教卓に突っ伏した。


「はー……なんで嘘なんて吐くかねー……」


 ……意外と落ち込むんだな、この人も。

 疲れた声を上げる彼女に、小野寺は言う。


「昨日は私も一緒に新田先輩を尾行したよ」

「そうなの? なんでまた」


「だって篠崎くんに任せっきりは悪いでしょ?」

「律儀だねぇ結衣は」


「それで、新田先輩にどうして嘘を吐いたのか聞いちゃった」

「え」


 小野寺の唐突な告白に、白河先輩は食あたりでもしたような顔をした。


「祐介に聞いちゃったって!?」


 僕のほうを見る白河先輩に頷く。


「あちゃー……」

「だって、聞かなきゃわからないこともあるでしょ?」


「んーわかるけど、でも結衣が出る幕じゃないって」

「ごめん」

「はぁ……で、祐介はなんて?」


 僕は首を振って言う。


「言いたくないだそうです」

「なるほどね、そりゃ参ったわ。どういう顔して声かければいいんだろ」


 白河先輩はうーんと唸る。


「一応白河先輩の頼みで尾行したとは言ってないですけど、まあ察しますかね」

「察するでしょ。あー、彼女が後輩使って尾行頼んだとか重い話じゃない?」


「客観的に見ると面倒くさい話かもですね」

「やらかしだわ、これ」


「でも、おかげで新田先輩がどうして嘘を吐いたのかはなんとなくわかりました」

「え、わかったの?」


「はい、大体は」

「教えて」


「その前にいくつか訊いてもいいですか」

「いいよ」


 頷いた白河先輩に僕は問いを投げる。


「白河先輩は去年の全校応援のとき、野球部の試合って観に行きました?」

「サボったよ」


 感慨もなにもない返事だ。


「その頃は祐介と付き合ってなかったしね。おかげで連続出席日数は途切れたけど……アウトレットに買い物に行けて楽しかったってのは覚えてる」


 ……僕も次の全校応援の日はサボるかもしれないな。

 そんなことを思いつつ、続ける。


「じゃあ白河先輩は試合内容については知らないんですか?」

「一応クラスの友達から聞いたよ。塩試合だったってね」


 塩試合。たしかにその通りだ。


「ええ、2-0で敗退でした。その結果についてどう思います?」

「どうって……まあスポーツの試合なんて負けるときは負けるとしか思わないよ。バレーボール部だって全国大会に出たりで活躍してはいるけど、メンバーの誰かが怪我したり、調子が悪ければ格下だと思ってる相手にも負けちゃうことってあるもん」


「それは強いチームの……強い選手の考え方だと思いますよ」

「なにが言いたいの?」


 白河先輩の表情が強張った。

 僕の言い方がまずかったのもあるけれど、しかし、今回はこの話をしないことにはまとまらない。


「新田先輩は部活に対して、白河先輩とは違う心持ちで向かっている人なんだと思います。チームは弱いし、校内でも影が薄い。そういう人の気持ちは白河先輩にはわからないんじゃないですか?」

「……かもね。でも、それは今回の件と関係ないでしょ」


「ありますよ。新田先輩が白河先輩を避けるのは、そういうコンプレックスの結果でしょうから」

「どういうこと?」

「昨日の夜、僕なりに新田先輩が何を隠しているのか考えてみました」


 なぜ怪我をしたという嘘を吐いてまで白河先輩を遠ざけたのか。普通、外から見ている限りではわからない。しかし、公園で新田先輩と向かい合い、そして小野寺から新田先輩が切羽詰まっているという話を聞いて、引っ掛かるものがあった。


「試合に出れなかったことを聞かれ、新田先輩は怪我をしたと言いました。それからは白河先輩と帰る頻度が減り、連絡も遅れがちになった。この対応は明らかに白河先輩を避けたものです」

「そうね」


 白河先輩は僕の言葉に同意する。


「ただ、新田先輩は白河先輩を嫌いになったから嘘を吐いたんじゃないと言った。そして、なにかに焦っていた」


 僕の言葉に小野寺が続ける。


「新田先輩の匂いがそう言ってた」


 小野寺が言う「匂い」の信憑性は、他ならぬ白河先輩が一番よく知っているだろう。

 白河先輩は悩むように目を閉じた。


「じゃあ、どうして?」


「ここから単なる想像になりますけど」


 前置きをして言う。


「新田先輩は白河先輩が試合を見に行った日か、それ以前にレギュラーから外されたんじゃないでしょうか。そのことを隠すために、腰を怪我したと言って誤魔化した」

「レギュラーを外された、それだけのことで?」


 白河先輩は意外そうに言う。


「そんなことで嘘を吐くとは思えないけど……」


「そうですね。僕もちょっと話しただけですけど新田先輩はそういう人じゃないってわかりました。でも、新田先輩は白河先輩に負い目があったんだと思います。バレー部は全国大会に出場するほどの強豪で、かたや野球部は一回戦負けの弱小チーム。お互いに部長だけど、白河先輩はバレー部のエースなのに比べて、新田先輩はレギュラーを外された。部の活躍やチーム内の立場の差は歴然です。そういう部分で新田先輩は見栄を張りたくなったんじゃないですか?」


「……わからないわね。気まずくても、そこは正直に言うところじゃないの?」


「そう思っても、言えない人だっています」


 僕の話を聞いて、白河先輩は納得がいかなそうに言った。


「……見栄を張るために嘘を吐いたなんてそんなの」

「身近な相手だからこそ言えないこともあるんですよ」

「……」


 白河先輩は脱力したように椅子に背を預けた。


「そっか、そういうことだったか……」


小野寺は「でも」と何かに引っ掛かるように訊く。 


「部長で試合に出れないなんてあるの?」

「もちろん。夏に高校野球の甲子園大会の試合が中継されてるけど、応援席にいる部長がインタビューされてるのをたまに見るよ。部長はあくまでチームをまとめる人がなるもので、試合中のリーダーシップを取るキャプテンとはまた別物だからね」


「そうなんだ」

「新田先輩はレギュラーを取り返すために頑張っていると思うんです。だから、白河先輩はそのことを考えてみてください」

「……そうだね。まあ、ちょっと話してみるよ」


 色々と思う部分はあるみたいだけど、白河先輩は僕の言葉にそう呟いた。


「依頼はこれで解決でいいですよね?」

「うん。こんな結果になるとは思ってなかったけど……おかげで別れなくて済みそうだしね」


「別れなくて済む?」

「はは……本当はね、相談をした時点では祐介とはもう別れようと思ってたの。理由はともあれ疎遠気味になっちゃってたし、お互いに部活では部長を務めていて忙しいわけでしょ。なら、中途半端に付き合っているよりは別れて部活に集中したほうが良いのかなってね」


 たしかに、野球部もバレー部も傍から見ていてかなり忙しい部に見える。部で部長をやっていたら、そういう考えになってしまうのもわかる気がする。


「ともあれ篠崎くん。今回は色々とありがとうね」

「……はい」


「例の件はちゃんと協力するから頑張ってね」


 白河先輩はさっきまでの湿った表情から一転して、からかうような笑みを見せた。

 小野寺はそんな白河先輩の言葉に首を傾げる。


「例の件って何のこと?」

「えー言えないし結衣には秘密だよー」


「なにそれムカつく。篠崎くんは知ってるんだよね?」

「いや……それはなんと言うか……」


 小野寺と仲良くなるのを協力してもらうとは言えない。

 答えようのない質問に、僕はただただ閉口するしかなかった。



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