表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
12/24

想い人は知らず -8-


 時間になって部室を出ると、辺りはすっかり暗くなっていた。黒一色の空には満月と一等星がぽつぽつと輝いている。部室棟の廊下では、練習を終えた運動部の部員たちが制服に着替えて駐輪場のほうに流れているところだった。校門のほうには教師が立っていて、ジャージのまま帰ろうとしている生徒に注意をしていた。


 僕らは外廊下の柵に寄りかかって、部室棟を慌ただしく流れていく生徒の中に新田先輩を探している。


「指が痛い」

「はは、ベースはすぐに皮剥けるからな」

「それは最初に言って欲しかった」


 人差し指と中指がまだジンジンする。慣れれば楽になるんだろうけど、こりゃ慣れるまでに初心者は挫折するって。


 石上は軽い調子で訊いた。


「顔は覚えたけど、一気に何人も通り過ぎたら見逃しそうじゃね?」

「……二人で見ていればそうそう見逃さないよ。見逃したら悲惨だけど、坊主頭は目立つし」


 もしもこれがサッカー部だったらこうは言っていられなかったかもしれない。

 サッカー部は野球部と違い髪型に寛容だから、一般生徒と区別しにくい。


 そんなことを考えながら通り過ぎていく顔を眺めていると、

「篠崎くん」

 と不意に声を掛けられた。


声のほうに振り向くと、そこには小野寺がいた。

部室棟の蛍光灯の無機質な白い明かりに、小野寺の長い黒髪が映える。


「あれ、小野寺さん? もう帰ったと思ってたんだけど」

「面倒事を押し付けておいて、何もしないのも無責任だと思ったから」


 小野寺はそう言って、僕の隣に並んだ。


「気を遣わせてごめん」

「それを言うのは私」


「はは……ちなみにこの時間までどこにいたの?」

「自習室で勉強してたよ。この時期は図書室みたいにガラガラだったけど」


 まだ三年生も受験勉強よりも部活に集中している時期だ。テスト前でもないし、誰もいないのも納得できる。


「へえ……あ、小野寺さん、こっちの奴は―――」


 石上のことを紹介しようと思って横を見ると、石上の姿はどこかに消えていた。


「あれ?」

「どうしたの?」

「いや、なんでもないよ」


 あの野郎。空気を読んだつもりなんだろうけど、せっかくこんな時間まで粘ったんだから帰らなくてもいいのに。友人の心遣いに内心で感謝しつつ、意識を新田先輩探しに戻す。


「小野寺さんは新田先輩の顔って知ってるの?」

「微妙かな。写真で見せてもらったことはあるけど、しっかりは覚えてないから」

「じゃあ確認しておいたほうがいいね。僕一人だと見逃しそうだから」


 新田先輩の顔写真を確認してもらい、スマホをしまう。


「……」


 やるべきことをやって落ち着くと、次の言葉が出てこない。

 普段とは違うシチュエーションだからか、小野寺の黒髪が蛍光灯の明かりに照らされて艶がかかって綺麗に見える。肩が触れそうなくらいの間隔にドギマギしながら、僕は両手をズボンのポケットに突っ込んだ。


「そういえば友達から聞いたんだけど、白河先輩ってけっこう有名人なんだってね」

「ああ、うん……バレー部で活躍してるって話だよね」


「相談を受けたときには知らなかったからビックリした」

「楓さんは昔から運動も勉強も出来て凄かったよ」


 小野寺は目を瞑って懐かしげに言う。


「そうなんだ。けっこう付き合い長いの?」

「親戚だからそりゃね。でも学校が同じになったのは高校からだよ」


「へえ……従姉妹と高校が同じって珍しいね」

「言われてみるとそうかも」

「僕の親戚はみんな住んでるところが遠いから、正月くらいしか会わないよ」


 しかもほとんど会話もしないから、従兄弟の名前すらよく知らない。

 顔だけはなんとなく覚えているけれど、関係が希薄でほとんど他人である。


「それもなんだか悲しいね」

「まあしょうがないよ。むしろ小野寺さんちみたいに仲が良いパターンのほうが珍しいって」


「……そう?」

「いや、実際はわからないけど」

「……親戚付き合いって、その家でそれぞれだしね」


 自分の親戚状況が疎遠気味だから皆がそうなんだろうと思って言ってしまったけど、実際、最近の従姉妹とか叔父とかの関係って普通はどうなのか疑問だ。僕の家は親戚付き合いが皆無だけど、他の家では小野寺の家のように親密な付き合いをしていることが多いんだろうか。


 ……まあ、こういう話を小野寺とするもんでもないな。話題を変えてみよう。


「ところで、小野寺さんは新田先輩について白河先輩からなにか聞いてる?」

「あんまり。私が知ってるのは、新田先輩は野球部で、楓さんと付き合っていて、最近会えてなくて、すれ違い気味だったこと。それと新田先輩が最近怪我をしたことくらいだよ」

「そっか」


 あまり期待はしていなかったので軽く頷く。

 そして、ふと思いついたネタを口にする。


「しかし、いまの言い方ってアキネイターの質問に答えるような感じだったね。箇条書きみたいに、野球部で~とか」

「アキネイター?」


「知らない? ランプの魔人みたいなのが、質問に答えて有名人を当ててくれるってやつ」

「あ、知ってる。小学校のときにパソコンの授業でやらされたから」


 小野寺は懐かしそうに答える。


「単純だけど面白いよね。遠出するときに、友達にアキネイターをやらせて、アキネイターよりも先に答えを当てる遊びとかもできるし」

「そんな遊びあるんだ」


「あるある。良い感じにくだらないのが面白いよ」

「そういう遊びは楓さん好きそうだなぁ」

「ああ……たしかにね」


 僕が納得するように頷いたのを、小野寺は不思議そうな顔で見る。


「わかるの?」

「うん、少し話しただけだったけど……僕の姉貴に性格が似てたから」


「似てるんだ」

「雰囲気がね」

「……それはちょっと大変かも」


 小野寺は苦笑して、不意に表情を止めた。


「ねぇ……」


 僕の制服の袖を掴んで、軽く引っ張る。

 見れば、野球部の部室からちょうど新田先輩が出てきたところだった。二人の部員と一緒で、どうやら三人で帰るつもりらしい。小野寺と視線を合わせる。彼らが通り過ぎるのを待って、僕らは後ろについた。


「小野寺さん、自転車の用意は?」

「駐輪場の出入り口のほうに移動しておいたから大丈夫」


 準備は出来ているようだ。なら、ここからは尾行に集中したほうがいいな。

 三人は部室棟の階段を降りて連絡通路に入った。そこから校舎の下駄箱へと真っ直ぐ歩いていく。

 彼らとの距離は会話はよく聞こえないけど、笑い声は届くくらい。この時間帯まで練習している部活はほとんどないので人通りは少ない。下駄箱に着いてそこから駐輪場へ。自転車に乗ってさらに追う。


「……」


 僕と小野寺は無言で新田先輩たちの背後についている。

こうしていると、ドラマでも映画でも、尾行シーンが徒歩で描かれることが多い理由がわかる気がする。自転車での尾行は思っていたより格好がつかない。絵的に地味というか、探偵気分を味わうには間抜けすぎる。


 せめてタクシーで追いかけたりすればそれっぽくなるのかもしれないが、田舎だとタクシーは目立って仕方ないし、なにより金が掛かる。


 しばらく道なりに進むと、新田先輩は仲間と別れて勝田駅方面の広い通りを進んでいった。この通りは道路の両側にスーパーから書店まで、いろいろなお店が並んでいるので明るい。尾行には打って付けだった。


 新田先輩は横道に逸れて通りの裏にある公園に入っていった。


 僕は小声で言う。


「一旦、自転車を降りようか」

「うん」


 自転車を降りて手で押しながら公園の周囲を歩く。


 公園はシーソーやブランコなどの幾つかの遊具とベンチのある藤棚、それと芝生の敷かれた広場があり、小学生が遊び場として使えるくらいの広さはあった。新田先輩は電灯で照らされた藤棚の前で自転車を止めて、制服の上着を脱いだ。上着の下はワイシャツではなく、野球部がよく着ている肌にピッタリした黒いアンダーシャツだった。


「自主練か」


 部活後にさらに練習とは恐れ入る。

 小野寺は前方を指して言う。


「ずっと公園を回っていると目立つし、向こうに自転車止める?」

「そうだね」


 公園を囲む生け垣の裏に自転車を止めて、僕らはフェンスの影から新田先輩を監視することにした。公園の隅っこには明かりが一切ない。新田先輩からはほとんど見えないだろうけど、こちらからは新田先輩の様子がよく見える。


「怪我をしてるって聞いたけど、そんなに腰が悪そうには見えないね」

「……うん」


 新田先輩は金属バットを出して素振りを始めている。普通は腰を悪くしていたら素振りなんてできないだろうし、腰の怪我は嘘なのかもしれない。証拠のためにスマホで写真だけ撮っておく。

……あ、今日一番探偵っぽい作業かもしれない。


 僕が一人感激していると、小野寺は一言呟いた。


「私、行ってくる」

「え? いやちょっと待って!?」

「ごめん篠崎くん」


 僕が呼び止めるのも聞かず、小野寺は新田先輩のところへとずんずん歩いていった。

 どうする気だ小野寺は。慌ててその背中を追って、公園に入っていく。

 目の前に立った僕らに、新田先輩は少し面食らった顔をしていた。


「えっと……なんですか?」

「私は楓さんの従姉妹の小野寺結衣です。こちらは私と同じ図書委員会の篠崎くん」

「ど、どうも」


 小野寺の紹介に合わせて軽くお辞儀する。


「ああ……小野寺結衣さんのほうは楓からよく話は聞いてる。こんな時間にどうしたの?」


 状況の割に、新田先輩の対応は丁寧だ。

 悪い人には見えないけど……。

 横を見ると、小野寺は目を見張って新田先輩に詰め寄った。


「楓さんから聞きました。新田先輩は腰を怪我したって、なのにどうして公園で素振りなんて出来るんですか?」

「それは……」


 新田先輩はすぐには答えず、バットをケースに仕舞った。

 小野寺は腰の横で拳を作っていて、喧嘩腰の態度だ。たぶん白河先輩のことを思ってのことだろう。新田先輩はそんな小野寺の気持ちには気づいているだろうに、あくまで毅然とした口調で言った。


「言いたくない」

「え……」


「君らがどういうつもりで俺をつけたのかは知らないけど、初対面の相手に言うことじゃない」

「先輩の怪我は嘘なんですよね?」

「……まあね。でも、理由は言いたくない」


 新田先輩の意思は固そうだ。


「……」


 小野寺は続く言葉が出ないのか口を閉じた。代わりに僕が訊く。


「このことは白河先輩に伝えても良いんですか?」

「はは……伝えて欲しくないけど、止めることもできない」


「好きにしろってことですか」

「そう捉えてもらって構わないよ」


 じゃあ、新田先輩は白河先輩との関係がどうなってもいいってことなのか?

 自嘲気味に笑う新田先輩の表情からは、言葉の真意は見えてこない。


「もういいかな」


 問いを用意していなかった僕は、それ以上新田先輩を引き留めることが出来ない。


「……ええ」


新田先輩はバットケースを背負って自転車のほうに歩いていく。そして最後にこちらを振り返って言った。


「出来ればそっとしておいて欲しい。別に楓ことが嫌いになったとか、そういうんじゃないんだ。ただ、時間が欲しい」

「そうですか」


 自転車に乗って、新田先輩は公園の外に消えていってしまった。

 立ち尽くしたままの小野寺に言う。


「夜遅いし、家まで送っていくよ」

「ありがとう。お願いするね」


 小野寺は素直に僕の提案を受け入れた。


 ――自転車のライトが照らす道を走る。進路は大通りから外れて、車通りの少ない小道に入っていく。


 赤信号で僕らは自転車を止めた。

 小野寺は路面に目を落として言う。


「新田先輩、切羽詰まってるみたいだった」

「そういう匂いがしたってこと?」


「うん。灼けるような焦りと怒りがぐちゃぐちゃになってて、少し怖かったかも」

「尾行されたことに焦ったってことかな……」


「ううん、匂いは急に変わったりしない。尾行されたことに焦ったなら、話の最中に少しずつそうなるの」

「なるほど」


 つまり、僕と小野寺がやって来る前から新田先輩は切羽詰まっていた。

 新田先輩が怪我をしていたと嘘を吐いていた原因はそのあたりにあるのかもしれない。

 僕は落ち着いた口調で切り出す。


「明日、白河先輩と話してみようと思う」

「何を話すの?」


「まだわからない。ただ、新田先輩の怪我が嘘だとわかったし、もう新田先輩と接触しちゃったからね。そのあたりの報告も含めて一度話し合う必要があると思う」

「……そうだね。いきなり飛び出しちゃってごめん。どうしてもそうしなきゃって思って」

「いいよ。あのまま尾行を続けていても、新田先輩が嘘を吐いているってことしかわからなかっただろうから」


 実際、小野寺があのタイミングで出ていったことで、新田先輩がどんな人なのか少しはわかった気がした。

 相手がどんな人なのかは面と向かって話してみないとわからない部分もある。


「私も話し合いに加わってもいいかな?」

「もちろん」


 断る理由もない。

 信号が青に変わったので、ペダルを踏み込む。

 夜風は不思議と暖かい。


 尾行が終わってみると、小野寺と一緒の帰り道という状況だけが強調されて妙に落ち着かない。僕の家と小野寺の家はどうやら結構遠い。彼女の長い髪が風に揺られるのを見ると、この時間が続くなら彼女の家がもっと遠くてもいいのにと思う。


 自転車は閑静な住宅街へと入っていく。


 明かりの灯った家々の前は眩しくて、自転車のライトもいらないくらいだ。しかし、自転車が止まったのは明かりのない家だった。


「ここが私の家だから」


 そう言って、小野寺は自転車を降りた。

 僕は住宅街で一際大きなその家を見上げた。


「小野寺さんちって実はお金持ち?」

「まあ……共働きだから」

「へえ……」


 小野寺はどこか恥ずかしげだ。でもそれが家がお金持ちだからなのか、共働きで親が家にいないことを恥じたのか。僕にはどちらか判別することはできなかった。


「また明日」


 玄関に消えていく小野寺を見送り、僕は自転車のハンドルを握り直した。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ