想い人は知らず -7-
「ふうん、バレー部の白河先輩がねぇ」
石上は回転椅子の上であぐらを掻いて、うーむ、と唸った。
「先輩のこと知ってるのか?」
「ああ、クラスの女から話だけは聞いてる。バレー部じゃ一年生の頃からレギュラーで、去年は県の強化指定選手にも選ばれた実力者ってな。勉強でも毎回学年上位に入るってんで、部内では超人かヒーローみたいな扱いなんだとか」
「……超人にヒーローね。たしかにプロフィールだけ聞くと漫画の世界の住民だ」
運動部の実績については気にしたことがないけれど、言われてみるとバレー部全国大会出場の垂れ幕が校舎に掛けられていたような。白河先輩がそんなに有名人だとは思わなかった。
石上はおいおい、と呆れたように言う。
「知らずに相談を受けたのか?」
「まあ……うん。厄介な話に首を突っ込まされだのかもね」
「えらく他人事な言い方だな」
「まだ実際に何か起きたわけじゃないし」
下手に話をこじらせたら、たぶん白河先輩だけでなく現役バレー部員も敵に回すんじゃないだろうか。バレー部なんて普段関わり合いのない人たちだけど、今まで穏便に学校生活を過ごしてきた身としては、出来れば変な波風は立てたくない。
「大丈夫かよ? 揉めたら厄介そうだぞ」
「だけど小野寺さんの従姉妹の頼みだし、なんとか真相を迫ってみるよ」
「真相つっても、当人たちの間で燻ってる問題を外から読み解けるもんかねぇ」
「わからない。この後、新田先輩を尾行して発見があればいいけど……」
改めて考えてみると、尾行で成果が出るかは微妙なところだ。
現在進行形で実感しているけど、こんな遅い時間まで毎日居残るのも正直言ってシンドイものがある。
「ちなみに石上は野球部の新田先輩については知ってる? なんでもいいから教えてくれ」
僕の問いに、石上はかぶりを振った。
「いんや、そっちの先輩については聞いたことないな。でも野球部が弱いってのは知ってるぜ。去年の夏は全校応援で球場まで足を運ばされたあげく、一回戦負けを見せられたからな」
「ああ……あれは最悪だったね」
全校応援は真夏の猛暑の中を球場まで歩き、数時間太陽にさらされ続ける拷問のような行事だった。
試合内容は味のしないガムのような展開で、2-0で終わったと記憶している。学校の伝統行事とは言え、全校生徒での応援はちょっとやりすぎな気がしてならない。
石上はにやにやと笑いながら言う。
「しかし探偵なんて面白そうじゃん。そういうのって一度くらいやってみてーよな」
「同じことをちょっとは思ったけどさ。尾行がバレたらどうなるんだろうなとか、今更不安になってきてる」
「別に尾行くらいなんでもないだろ。ゲームじゃ簡単だったぜ」
「尾行ができるゲームなんてあるのか?」
「ほら、前にキムタクが主演のゲームが出ただろ。キムタクが探偵でヤクザと抗争するやつ」
「ああ、ピエール瀧の」
「それは言うな」
石上はアニメ漫画と同じくらいゲームも好きで、中学の頃も東京ゲームショウまで連れ回された。そのときにキムタクをモデルにしたゲームのブースにも行ったけど、そのブースは東京ゲームショウ全体でも特に広かったから記憶に残っている。
「お前もプレー動画くらいは見たことあるだろ? 障害物を使って上手く隠れろよな」
「そんなスタイリッシュ尾行してたら不審者だって通報されるから」
ゲームでは尾行対象に気づかれそうになったら車や電柱の影に隠れたりしていたけど、現実でやったらダメなやつすぎる。
「はは! でも実際どのくらいバレないかとか試したくね?」
「あんなカッコいい尾行の仕方をする気はないよ。もっと普通に追っかけるだけだし」
「つまんねーの」
石上の文句を聞き流して、わかった情報を携帯のメモ帳にまとめていく。
「……新田先輩についてはやっぱり一から調べないとダメそうだね」
僕の呟きに、石上はバチをバトンのようにくるくると回しながら言った。
「新田先輩と親しい人に話を聞いたほうが早いんじゃないか?」
「いや、それは難しいんじゃないかな。関係者に話を聞いたとして、どこの誰とも知れない相手に話をしてくれるかわからないし。仮に話してくれたとして、僕がそういう動きをしたことが漏れたら白河先輩と新田先輩の間で話がこじれるかもしれない。今回の依頼だって、白河先輩がその気になれば友達に新田先輩の近況を聞いたり出来だだろうに、それをしなかったってことはそういうことでしょ」
「なるほどなぁ……」
石上は感心したように頷いて、携帯を出した。
「いま五時ちょっとだから、野球部の練習終わりまで一時間半か。せっかくだから俺も尾行に付き合っていいか?」
「構わないけど、ゲームの真似すんなよ?」
「やらねーよ」
「ならいいけど……帰りは遅くなるからね」
「大丈夫大丈夫。時間になるまでお前も楽器触ってみろよ」
「ええ……どれをやればいいんだ?」
「部室を掃除したときに出てきた古いベースがあるんだ。こいつを弾いてみろよ」
「しょうがないな」
僕は石上からベースを受け取って、おっかなびっくり触ってみる。
……って、どうやって音を鳴らせばいいんだ?
「石上、ピックとかは無いのか? ほら、弦を弾くアレ」
「あん? ベースは指だけでも弾けるんだぜ」
「へえ?」
「まずは音の出し方からか……」
それから石上の楽器教室が始まった。




