想い人は知らず -6-
白河先輩曰く、野球部は下校時刻ギリギリまで居残っているとのことだ。大島高校の完全下校時刻は夜七時なので、図書室が五時に閉まることを考えると二時間は暇を潰す必要がある。
こういう空いた時間は勉強でもしたほうがいいのだろうけど、あいにく僕には放課後の学校で勉強する習慣がない。自習室は落ち着かないし、家で勉強したほうが効率的だ。
ならどこに行くのかと言うと選択肢は一つ。
僕は小野寺と別れると、真っ直ぐ軽音楽同好会の部室に向かった。
部室棟は校舎から離れた建物で、体育館に並んで建てられている。
校舎と体育館を繋ぐ連絡通路はプレハブの屋根とコンクリートで舗装されているので、道中は外の気持ちいい風を受けることができた。
真横から差し込む西日が目に悪そうなくらい眩しい。
部室棟の外階段を上がり、棟の端っこの扉をノックする。すると「どうぞー」という声が返ってきたので、扉を明けながら「入部希望ですけど~」と冗談っぽく言ってみた。
「お……って篠崎じゃねぇか!」
「こんな時間までご苦労」
石上は部室で一人ドラムセットに座っていた。
制服の上着は脱いでいて、ワイシャツの袖を捲ってバチを握っている。
「寒くないか?」
「ドラムやってるとめっちゃ汗掻くんだよ。窓開けても風がないと地獄だぜ、これ」
シャツをパタパタとあおいで、石上は「ふー」と息を吐く。
言われてみると、たしかに部室は熱がこもったように暑い。
「汗臭いね」
「悪かったな。さっさと出ていっていいぞ」
「部室に来た人は歓迎するんじゃなかった?」
「誰でもウェルカムってわけじゃないんでね」
軽口を交わしてから、鞄を机に置いて椅子に座る。
「そういや篠崎にお土産があったんだわ」
石上はカバンを探って、小さなキーホルダーを投げて寄越した。
「ん、サンキュ。袋田の滝か」
「ああ、伊織と一緒にデート行ってきた。けっこう良かったぜ。ただなぁ……」
「なにか不満でも?」
「いや、袋田の滝って完全山奥のところだろ? なのに普通にガルパンポスターがあちこちにあってよ」
「あれって大洗が聖地じゃなかったか」
「そうなんだよ! それが茨城県なら割とどこでも見かけるよな」
「たしかに」
ガールズ&パンツァー、略してガルパンは2012年に放映された大人気アニメだ。この作品、ひたちなか市のお隣の大洗町を舞台にしているのだが、この聖地巡礼で驚くほど多くの観光客が大洗に来た。
その観光効果は茨城県民であれば知らない者はいないレベルで、映画館ではその人気にあやかろうと県内の各地にガルパンポスターが溢れる状況が長らく続いている。
「袋田の滝と大洗の共通点って、同じ茨城県内にあること以外にないだろ。なのに袋田の滝までガルパン尽くしじゃどうもな」
石上は疲れたようなため息を吐く。
「袋田の滝は大子町だしね」
「ああ……」
石上の気持ちもわからなくはない。茨城でどこかに遊びに行く場合、その日の内に何十回かは西住みほを見かけることになるのだ。たまに見るならともかく、年中見るとなると若干食傷気味になるのも理解できる。
「いや、嫌いじゃないんだぜ!? むしろブルーレイディスクは全巻揃えたし、映画館にも足を運んでる。ただ茨城県内のネタ切れ感がやばすぎる」
「茨城の観光産業はあと十年はガルパンで戦うんじゃないか」
「かもな……最終章の完結いつになるんかね」
「僕は最終章が完結しても次はガルパン2が来ると思う」
「あり得るな」
お互いに頷き合う。僕の読みではガルパン2のスポンサー企業には日立製作所、茨城交通、大洗漁協あたりが絡むんじゃないかと思っている。割とマジで。いまや茨城県において、ガルパンは水戸黄門の完全な後釜なのである。納豆、水戸黄門、ガルパンの茨城県だ。
――くだらない話題に盛り上がった後、石上はドラムセットのチューニングをすることにしたのか、バチを置いてチューニングキーを取り出した。
「……石上ってギター希望だったよな。ドラムの練習って必要なのか?」
「色々と楽器が触れるとバンドを組む時に役割が被らなくて済むじゃん。希望ポジがリードギターってのは変わらないが、贅沢言えるような立場じゃないしよ」
「譲りすぎじゃないか?」
「いいんだよ、部長になったら柔軟に動けるようにしたいから。それに他の楽器を触るのも悪くないぞ。ドラム叩くのって気持ちいいし、ストレス解消に最適だ。良い運動にもなる」
石上は笑って、スネアを軽く叩いて音の具合を確かめる。
まあ上手い下手や楽しさはともかくとして、ドラムは全身を使うから健康に良さそうだとは思う。
「思いついた。ドラム式ダイエット法って言って広めたら女子に刺さるんじゃね?」
「ドラム式洗濯機みたいな語感だなおい」
「そうだけどよ、カッコイイじゃんドラム式ほにゃららって」
「否定できないのが悔しいな……」
うむむ、と唸る僕を差し置いて、石上はスネアをセットし直すと顔を上げた。
「しかしどんなきまぐれだ? 図書委員の当番の日はいつも来ないだろ」
「ちょっと野暮用があってね」
「気になる言い方だな。親友にも言えない話か?」
「そうじゃないけど……まあ石上ならいいか。実は―――」
僕は斯く斯く然々、事の経緯を説明した。




