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異世界に神様はいらない  作者: 春野 いつき
第2章 猫耳の少女
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第12話 割と本気でマッスルが心配です

 


 筋トレを終えた勇馬は、朝食に呼ばれニックの自宅へ来ていた。



「ヤバイ……俺、マジで生きてられないかも……」



 テーブルに突っ伏した勇馬は、昨夜は割と冗談で言った言葉を今は本気で口にした。


 ニックによる特訓は、トレーニングに慣れていない勇馬には過酷すぎるものだった。

 腕立てに始まり、腹筋・スクワット・ダンベル・ランニングetc……

 鬼教官ニックは姿勢や腕の角度、足の曲げ方に至るまで全てにダメ出しをし、まだやれる!君なら出来る!もう一回!と某元テニスプレイヤーばりの熱血だった。

 おかげで勇馬の腕も足も、生まれたての小鹿のようにプルプルと震えている。



「ふふっ、ごめんなさいね。あの人強引なところがあるから」



 キッチンで朝食の準備をするニックの奥さん、マリアから声を掛けられた。

 強面ニックからは想像も出来ないほど美人な奥さんで金髪碧眼。

 更に細身で巨乳という、海外モデル顔負けのスタイルをしている。

 正に美女と野獣だと勇馬は失礼な事を考えていた。



「顔は怖いし、強引だし、口調も乱暴だし、筋肉ダルマだけど……根は悪い人じゃないのよ」



 ニックをディスる度にマリアの笑顔が少しずつ暗くなっているように見えたのは勇馬の気のせいだろう。



「ええ、それは分かっています。何せこんな素性の怪しい俺を雇ってくれる位ですし」



 ニックが優しいという事は、勇馬もよく理解していた。

 まだほんの一日だけだが、自分に対するニックの言動は普通だったらありえないとさえ勇馬は思っている。

 きっと世話好きなのだろう。

 困ってる人を放っておけないタイプとも言える。



「あら?ユウマさんは怪しくなんてないわよ。だってあんなにナナちゃんが懐いてるじゃない」


「えっ、懐かれてますか?てっきり普段からあんなだと思ってたんですけど」



 勇馬からすれば懐かれてる感覚はないのだが、マリアは確信を持った顔だった。



「だって昨日ナナちゃんの事おんぶまでしてたじゃない。あの子ああ見えて人見知りするのよ?なのにもうあんなに仲良しになるなんて、ユウマさんが優しい人だっていう証拠よ」


「そ、そうですか?まあ嫌われてないようでよかったです」



 おんぶしていたのを見られていた事と優しいと言われた事に戸惑った勇馬だったが、今日から一緒に働く同僚に嫌われていないようで助かったと胸を撫で下ろした。



「あの、俺にも何か手伝わせてください。このコップ並べても大丈夫ですか?」


「疲れてるんだから休んでて良いのよ」


「いえ、そういう訳には。少し休んだので大丈夫です」


「そう?ありがとう。ならお願いするわ」



 いつまでもだらけている訳にも行かないので、勇馬は配膳の手伝いを申し出た。

 コップや食器を並べていると、キッチンにある裏口の扉が開いた。

 ボサボサ頭で半分寝ながら歩くナナと、それを起こしに行っていたニックた。

 ナナは朝の馬の世話をしてきたようで、髪には藁が絡まっている。

 おはようと挨拶をしながら藁を取ってあげた勇馬は、ナナに顔と手を洗って来るように促す。

 手を洗ったナナがテーブルについた所でちょうど準備も整い、皆で朝食を食べ始めた。



 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆



「そんな適当でいいんだろうか……」



 朝食を終えた勇馬は、店へと移動してきていた。

 てっきり仕事を教えてもらえると思っていたのだが、ニックは「用事があるから店は任せた」とナナと一緒に出かけてしまった。



「はあ……とりあえず掃除でもするか」



 不用心にも程があるだろと思ったが、信用されてる証だと考え直し勇馬は掃除を始めた。

 以前ハウスクリーニングのバイトもしていた勇馬には、掃除くらい朝飯前だ。

 棚の上を雑巾で拭き、床を(ほうき)で掃いた後モップ掛け。そして店の前も箒掛けをしたところで、ちょうど開店時間を告げる鐘が聞こえてきた。

 といっても開店してすぐに客が来る訳ではない。

 勇馬は店の商品を覚えるついでに、商品の汚れやホコリを拭きながら店内を見て回った。




「…………ヒマだ」



 店を開けてから3回目の鐘の音が聞こえていた。

 1時間毎に鳴るらしいので、もう開店からは3時間が経過している。

 今のところ客は一人だけ、しかも只の冷やかしだった。

 勇馬は暇つぶしに商品全てを拭きあげ、更に店内の壁やら窓やらを隅々まで磨き上げてしまっていた。

 今や店の中は勇馬の手によってピッカピカの状態である。


 やることがなくなってしまった勇馬はカウンターの椅子に座り、ニックから昨日の内に教えてもらっていた事を思い出していた。


 まず会計で必要になるお金の知識。

 硬貨は金貨・白銀貨・黒銀貨・青銅貨・黄銅貨の5種類。

 交換レートは金貨1枚→白銀貨10枚→黒銀貨100枚→青銅貨1000枚→黄銅貨10000枚と各1:10になっていて分かりやすいのだが、勇馬からするとそれぞれの貴金属価値がどうなっているのか問い質したい所ではある。

 物価については、ドーブルの街にある平均的な宿屋が一泊二食付きで黒銀貨5枚程度という事で勇馬の日当で二泊出来る。これが高いか安いかは個人によるだろう。


 そして勇馬がびっくりしたのは時間について。

 この世界の1日は30時間もあるらしい。しかしマッスルの営業時間は10:00~19:00。

 日本人からしたら仕事が終わった後が長すぎる気がするが、まあゆっくり寝られると思えば苦はない。

 更に1週間は6日で1ヶ月は30日、1年は300日らしく、暦も全く違い季節も2ヶ月毎で五季あるらしい。

 勇馬としてはまだ1日しか経っていないので実感などあるはずもないが、そのうち慣れるだろうと考えていた。

 因みに現在は7月15日で緑期と言うそうだ。


 ……それにしても客が来ない。

 1日目にしてこの店の行く末が心配になる勇馬だっただが、そんなことを考えていると不意に店の扉が開いた。



「い、いらっしゃいませ」



 慌てて立ち上がり姿勢を正した勇馬は、本日2人目のお客さんに挨拶をした。

 入口から入ってきたのは薄手のローブに身を包んだ女性だった。

 鈍色の髪で目元を隠しオドオドするその女性は、勇馬の声にビクッっと身体を震わせる。

 明らかに挙動不審ではあったが、ようやく来たお客さんと言うのもあり勇馬は優しく声をかける。



「何かお探しですか?」


「あっ、あ、aの・・・kか、かitりって、ssしてmらeますk?」



 噛みすぎて何を言ってるのかよく分からない。勇馬は一旦女性を落ち着かせて、もう一度話を伺う。



「あ、あの。買い取りして欲しいのです」


「買い取りですか?」



 一応マッスルで買い取りをしているのを勇馬は知っていた。何せ店の看板に「何でも高価買取!応相談」と書かれているからだ。

 しかし勇馬には商品の鑑定なんて出来ないので、その旨を説明する。



「申し訳ありません。只今鑑定出来る者が外出中なので、後日改めて」


「そ、それじゃ困るのです!い、今すぐ、お金が、必要なのです」



 何か只事ではない雰囲気で話す少女に、勇馬は困ってしまう。

 ここで追い返してしまうと店の悪評が立つかもしれないし、出来れば聞いてあげたいと思い勇馬は女性に提案をした。



「そうですか……ではご要望に添えるかは分かりませんが、取りあえずその買取希望の品を見せて頂いてもよろしいですか?」


「あ、ありがとうなのです。これなのです」



 彼女が鞄から取り出したのは緑の液体が入った小瓶。

 しかし問題はその本数だ。

 その数、実に100本。どこからそんなに出てくるんだよ!と突っ込みたくなる程、それは異様な光景だった。

次回更新日は8/11 0:00予定です

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