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6大貴〜神社〜

「この上です」

 深雪が指差す先に石造りの階段が見える。階段の上、神社の入り口には大きな鳥居が佇んでいる。おそらく赤い色をしているのであろうが、暗闇の中でそれは暗く沈んだ色に見えて踏み入れるものに威圧感を与えている。もう随分と年季が入っているが汚らしい印象は受けない。鳥居をくぐると神社までの参道を歩く。左右を砂利が埋め尽くし、さらに周囲には森林が鬱蒼と広がっている。

 神社の前にはよく見られる賽銭箱や鈴が見られなかった。その代わり薄明かりの下にみっつの人影が見えた。ひとつが巫女姿、残りのふたつが学生服を着ている。そのうちのひとつが片手を挙げて、軽やかな足取りでこちらに近付いてきた。穏やかに微笑んだその顔は、学校で紹介された裕紀の顔だった。

「お疲れ様です。いかがでしたか? お仕事の参考になりそうですか」

 昼間同様の微笑で裕紀は大貴に尋ねた。

「姉さんはちゃんと案内できましたか? ぼくはそれが心配で心配で」

「こらっ裕紀」

 わざとらしく眉をしかめた裕紀の額を深雪が小突いた。微笑ましいその様子を大貴は口元に笑みを浮かべて眺めている。大貴が裕紀の後ろを見やると、巫女姿をした女性と目が合った。この人がおそらく真弓だろうと大貴は見当をつけた。長い黒髪を後ろでくくり、それを胸の前に流している。ほうきを持っているその姿に巫女姿が実に合っていた。

大貴が会釈をすると真弓は丁寧にお辞儀を返し、ゆったりとした足取りで歩み寄ってきた。

「お話は伺っております。三島大貴さん。真弓と言います。この子は私の弟の圭介です」

 真弓の堅い口調で紹介された圭介は、本殿の前の階段に座ったまま小さく頭を傾けただけだった。昼間は遠くて見えなかったが、耳に小さなボールピアスが光っている。巫女の弟にしてはあまりそぐわないように感じ、どこか浮いているように見えた。

「今日はどちらを見てまわられたのですか?」

 と真弓が切れ長な瞳を大貴に向けた。

「学校と……沼を見させてもらいました」

 大貴は身投げ沼のことを知っていたが、その名を無意識に押し止めた。

「あの沼を見たときは申し訳なく思いました。あれほどのゴミを町の人が捨てていったなんて」

「お気になさらず。あなた個人が責を負おうとする必要はありません」

「しかし……」

「もしさ、責任があると思うならさ、あのこと記事にしてくださいよ。そうしたら、少しは変わるかもしれない」

 前髪をかき上げため息を吐くように圭介が言った。変わると口に出してはいるが、あまり期待していないように感じる。そういう性格なのかもしれないが、口調や態度がどこか投げやりのように感じた。大貴に話しかけているはずなのに、顔は違うところを向いている。

「そうだね」

 圭介の態度はあまり好意的ではなく少なからず大貴はむっとしていたが、それを表に出さずやんわりと笑みを作って答えた。そのときにも圭介は顔を大貴に向けず鼻で小さく笑った。その人を子馬鹿にしたような笑いで大貴の眉に皺がよったが、大貴は視線をそらして深雪に話しかけた。

「深雪さん、今日はありがとうございました」

「いえ、お気遣いなく。私も楽しく回ることができましたから」

 深雪は手を顔の前でふり照れくさそうに眉を下げた。

「明日はどこを回るおつもりですか?」

 と裕紀が尋ねた。大貴は少し首を捻ってから口を開いた。

「明日は歴史とか関係ない、この村について知りたいね。商店街とか、住宅街とかを見てみたいな。かるい散歩みたいな気持ちで歩いてみようと思っているよ」

「気持ちよさそうですね。ぼくも行ってみたいですよ」

「かまわないよ。一緒に歩いてみようか?」

「すみません。明日は平日なので学生は学校です」

「それじゃあ大貴さん。明日の朝、私がお迎えにきますから準備しといてくださいね。愛の定食屋に連れて行ってあげます」

 深雪は片目を瞑ると唇の端を悪戯っぽく歪めた。うろたえる大貴を楽しそうに見つめている。

「帰ろっか、裕紀」

「うん、それじゃあお先に失礼します」

 深雪も裕紀も同じように腰を曲げ、同じように背を向けた。背丈こそ違うが所作や表情に共通点があり、それがおもしろく大貴は口の中で笑った。二人が階段を下り、頭が見えなくなるのを見送ってから真弓は口を開いた。

「では三島さん、今日お泊まりになるところへご案内します。本殿の渡り廊下を通らねばなりませんので、こちらで靴を脱いでください。靴はそのままお持ちください」

 と言って、真弓はくるりと圭介に向き直った。

「あなたはもう帰っていいわよ。パパとママに伝えといてね」

 圭介は黙って立ち上がると、そのまま黙って背を向けて歩き出した。両手をポケットに入れた後姿がだんだんと暗闇にまぎれていく。

 このとき、大貴に全身の毛が逆立つほどの身震いが襲った。圭介が消えていった暗闇の中を凝視していると、その中から何かが現れてくるような恐怖を感じ、ただ無性に形の無い何かを恐怖していた。目の前に広がる黒々とした闇が、両手を広げて大貴を包み込もうとする。遠くに見える民家の家々の明かりが目玉に変わり、血走ったその目で大貴にある限りの憎しみを注いでくる。

 冷たい汗が背中を伝い、手には嫌な汗を流している。それでも大貴は視線をそらすことができなかった。囚われたかのように動くことができない。ごくりと大貴の喉が動いた。

「どうしました?」

 真弓が声をかけると、ようやく大貴の体にやわらかさが戻ってきた。闇はやっぱりただの暗闇だし、遠くに見える明かりは民家のものだ。

 大貴は頭を強く振ると曖昧に笑いかけて靴を脱いだ。真弓もそれ以上詮索しようとはせずに本殿の階段の脇にほうきを立てかけた。

 このときの恐怖を大貴がはっきりと覚えていたのなら、もしかしたら何かが変わっていたのかもしれない。どんなに後味が悪かろうと、最悪の結末を避けることができたのではないだろうか。しかし、この後、大貴は真弓から村の歴史を知らされる。その結果、大貴はこの恐怖をきれいさっぱりと忘却してしまうだろう。あるものによって作られた時計は、三島大貴という歯車によってゆっくりとまわり始めた。くるくる、かちかちと確かに音を鳴らして。それを作ったのは誰なのか、いったいいつになったら鐘が鳴るのか、それはまだわからない。一度動き出した歯車はもう止まることができない。針が頂上で重なるまでは。

 この主はきっとほくそ笑みながらこの舞台を覗き、こう呟くだろう。


「役者は揃った」


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