7大貴〜神社内〜
板張りの廊下に靴を脱いで上がると、ひんやりと靴下を通して冷たさが伝わってきた。まだそれほど風は冷たくないが、一瞬の北風は体を震わせるほどに冷たい。季節は刻一刻と変わってきている。本殿を一周している廊下を真弓の後に続いて歩く。縦に長い本殿は鳥居同様に時代を感じさせる古さを蓄えている。最近では神社も鉄筋コンクリート造が増えてきているが、ここは木造の日本式建築だ。端々からにじみ出る木造特有のにおいが鼻を刺激する。町では感じることのできない心地よさに自然と気分が落ち着いた。
ちょうど真裏の位置にもうひとつ建物が見えた。屋根のついた渡り廊下で本殿と繋がっている。どうやらこれが離れのようだが、いまいち離れという気がしない。大貴の中の離れのイメージは付属品といった感じで、少なくとも母屋より大きいと考えたことはない。本殿が母屋と考えていたが、どうも本殿のほうが付属品のように見えてしまう。
「拝殿はないんですか?」
ここに来てからずっと不思議に思っていたことを口に出した。
通常、神社には本殿と拝殿という二種類の建物がある。本殿の前に礼拝用の拝殿が建っており、賽銭箱が置いてある。拝殿はお祓いや祈祷を受ける場所になっているのだ。しかしこの建物は正面に賽銭箱はなく、春日造という本殿の造をしていた。拝殿がない神社なんてこれまで聞いたことがなかった。
「お詳しいですね」
「以前仕事で扱ったことがあるんですよ」
「ここは飾りのようなものです。参拝する人は誰もいません」
真弓の言葉はやはりどこか冷たい印象を受ける。接客サービスをするつもりのない事務員のような印象を受けた。まあ、そんな事務員を見たことがないが。
「それにしても、ずいぶん大きい離れだね」
と大貴が感嘆の息を漏らすと、真弓が足を止めこちらに振り返った。
「居住スペースとなっております。こちらの建物は神社とは切り離してお考えください。離れという言葉も適切ではありません」
淡々とした話し方で大貴を攻めているような印象を受ける。実際には何も悪いことでも、攻められるほどのことでもないが、大貴は何か悪いことでもしたような気持ちになりすみませんと頭を下げた。
「謝られることはありません。三島さんがお泊りになる部屋にご案内します」
と言って背を向けると、足音を立てずに廊下を歩いていった。大貴は焦ってその背中を追った。
真弓が切り離して考えろと言った意味をすぐに理解することができた。離れの正面に立ってみるとそれがはっきりとわかる。離れには玄関がついている。確かに渡り廊下を歩いてきたはずなのに、何故かそこには横開きの玄関があり、開いた中にはしっかりと三和土、横には靴箱まである。もともと別々になっていた建物同士を無理やり廊下でくっつけたみたいだ。
「靴はその中にお入れください」
真弓は靴箱を指差した。大貴はそれに従い靴箱の中に自分の靴を入れる。靴箱の中を見るとハイヒールと女物の靴が数点置いてあるのが見えた。巫女とはいえ、常に巫女装束というわけではなさそうだ。
「ではご案内します。一応、客間だけでなく他のお部屋も紹介しておきますが、あまり探索なさらないようにしてください」
「ええ、わかりました」
大貴が頷いて真由美の後に従う。
真弓は丁寧に一つ一つの部屋を説明していってくれた。大貴の泊まる部屋は玄関を南とすると、ちょうど北東の場所に位置していた。六畳程度の和室で毎日掃除がなされているのかほこりひとつ見ることができない。家具といったものはハンガーがいくつかと卓袱台がひとつあるだけで、それ以外は何もない殺風景な部屋だ。
大貴が部屋の隅に荷物を置くと、真弓は襖の前で正座をし、
「お料理をお運びしますので、しばらくお待ちください」
と言って大貴の言い分も聞かずにさっと襖を閉めた。どうも真弓の言葉の端々に大貴に対する冷たさが含まれているように感じる。嫌われているのか、それとも彼女の性格なのか。後者であって欲しいと大貴は切実に願った。
ほどなくして真弓は盆に料理を持って襖を開けた。すべてが村で取れたものであり、丁寧に料理の一品一品を説明してくれたが、大貴はそれを上の空で聞いていた。今日一日この村を回っただけだが、どうも町で知られている村の印象とは随分違っているように思えた。真弓にしても深雪はしきたりと言っていたが、この家に一人で暮らしているのだろうか。
「どうなさいました?」
説明を終えたところで、ようやく大貴の耳に真弓の声が届いた。
「あの、この家に一人で住んでいるのですか?」
「深雪から聞きませんでしたか?」
「しきたりがあるとは聞きましたが、その内容までは」
「では、後ほどお話しましょう。この村の歴史についてもまとめてお教えします。お食事を終えましたら居間のほうに来てください」
そう言うともうここにいる理由が無いと言わんばかりに俊敏な動きで部屋を出て行った。襖を閉める乾いた音と、まだ湯気の立ち昇る食事を残して。
「まるで氷か風だな」
真弓に対する印象を大貴は口ずさんだ。氷のような冷たさに、風のようなつかみどころのなさを兼ね備えている。万人に好かれると思うほど大貴は自意識過剰ではない。それでも、初対面の相手に冷たくされるのは嬉しいことではない。
とにかく早く食べてしまおうと食事に手を伸ばす。
温かいけど、どこか味気ない。




