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学院内では、使用人を付けることは原則できないので、荷物を持って馬車寄せへ向かう。
今日は結局、王子様と挨拶も交わさなかった。
まあ王子様から見れば、私を含め全員が身分が低いわけですから、呼ばれない限り、声を掛けにはいきません。
つまり、王子様からはお声を掛けてもらえなかったわけです。
ゲームの中の私は、婚約者という免罪符を振りかざし、突撃したけれど。
その代わりと言っては何だが、隣の席に座ってくれたグリーンヒル伯爵令嬢と話すことが出来た。
彼女は体があまり丈夫ではないため、学院も休みがちになるかもしれないと言う。
それは、大変だろうと休んだ時は授業のノートをお見せしますと、申し出た。
彼女は遠慮していたけれど、私が「そうしたら、私、さぼらず勉強できそうですわ」と言ったら、楽しそうに微笑んで「それでは、お言葉に甘えてもよろしいですか?」と受け入れてくれた。
ゲーム内ではきっと描かれていなかった令嬢だと思う。
だが、友達0人の私には、かけがえのない出会いだった。勇気を出して話し掛けてみて本当に良かった。
帰りの馬車では少しぼんやりとしていた。
思ったよりも、緊張していたようだ。
王子様を見るだけで、胸が甘く跳ねる。
目の前にいるのだから、お話ししたいと願ってしまう。
もしかしたら、一瞬でも私の方に視線を向けてくれるかもしれない。
そんなありえない可能性を、いちいち期待してはしぼんでいたのだから。
(失恋が癒えるには、まだ少しかかりそうね)
いや、まあ、3年前に失恋していたのですけどね。
今日気づいたので、お許しいただきたい。
考えれば考えるほど王子様に申し訳ない。
私が横やりを入れなければ、ヒロインと王子様は3年前から幸せ婚約生活だったというのに。
どうか、これからはヒロインと幸せに暮らしてください。
呪詛のような手紙はもう書きませんからと、1人反省会をしていたら屋敷に到着していた。
玄関ホールに入ると、父が階段から降りてきて、手を広げてくれる。
「只今戻りました。お父様」
そう言ってぎゅっと抱き着く。
お父様もぎゅっと抱き返して私から手を離すと、私に尋ねてきた。
「おかえり、今日の入学式はどうだった?」
どこか心配げな優しい声に、私は泣きそうになる。
「とても素敵な式でしたわ。クラスでは、グリーンヒル伯爵令嬢とご挨拶出来ましたのよ」
私の報告に、父がびっくりして私の顔を覗き込んだ。
「ブリジット、あの・・・」
言いにくそうにしている父に肩をすくめてみせる。
「お父様の言う通りでした。私はもっと早く、王子様・・・いえ、王子殿下との婚約を解消しなくてはいけなかったのですね」
私の言葉に父が目を見開いた後、眉を下げた。
「ブリジットの思いは素晴らしかったけれど、王子殿下にはあまり届いてなかったからね」
父の優しい言葉に、目を伏せる。
「私、何も見えていませんでした。好きな人が幸せかどうかも考えず、ただただ恋していたんです。王子殿下には、貴重な時間を割かせてしまって、申し訳なくて仕方ありません」
私の言葉に父が頷いた。
「君はとても素敵なレディーだね。愛しているよ、私の大切なブリジット」
もう一度、ぎゅっと抱きしめてくれる。
「お父様、婚約解消の手続きをお願いいたします」
父の腕の中で、そう伝えたら「わかった。任せておいて」と頷いてくれた。
驚くことに、その日の夕方には王家から婚約解消が滞りなく行われた旨の連絡が来た。
そんな簡単に?とびっくりして、父からよく話を聞いてみると、私は仮の婚約者だったらしい。
私であれば公爵家という身分があるから、他の貴族からも横やりが入れにくい。
王家にとっても、私との期間限定の婚約は、願ってもない申し出だったようだ。
王子殿下の本命はすでに決まっていたが、ヒロインは伯爵家だから、やっかまれることも多い。彼女を守るための盾としても都合が良くて、私が採用されたのだそうだ。形だけの婚約者とはいえ、対外的には本物の婚約者なので、王子殿下が我が家へ訪問していたらしい。
(なるほど、だから三か月に一回しか来ないし、来ても30分で帰ってしまって問題なかったのね)
ただ、私があまりに王子殿下に夢中だから、父はそのことを、告げる機会を持てなかったらしい。本当に申し訳ない。あんな恋に恋してる状態の娘に、お前は実は仮の婚約者で、王子殿下が本命と婚約するまでの防波堤でしかないんだなんて、言えようか、いや言えまい。
すんなり婚約が決まったので、父がそれこそ権力をいかんなく発揮したのだと勝手に勘違いしていた。それくらいやってもおかしくないくらい、私を愛してくれる父なので。
「もう一つ、謝らなければいけない。ブリジットが王子殿下に書いた手紙は、ずっと私の手元に保管してある。渡してはいないんだ」
その言葉に、私はパッと顔を上げる。
色々ショックを受けていたので、むしろ救いがあってよかった。
「お父様、素晴らしい判断です!全部燃やしましょう!!!」
必死の形相で私が言えば、父が「よかった」とホッと表情を緩めた。
(本当に、ファインプレーですわ、お父様)
黒歴史が少しだけ薄まった気がする。少しだけ。
それに安心して、私は明日の持ち物を確認するため、部屋へ戻った。
教科書を手に取りながら、ふと気づく。
なるほど、この婚約はどうせ解消されると王子殿下は知っていたのか。
私との婚約が解消されたら、やっとヒロインと婚約できると。
それなら、余計に私は、道化だったのだな。
本物の婚約者になれたと思い込んで、嬉しくて、舞い上がって・・・。
会える日を待ち遠しく思い、精一杯のおしゃれをして、少しでも楽しんでいただけるように支度をした。
婚約者として、少しでも親しくなれますようにと。
でも、そんな風に頑張っていたのは私だけ。
仮の婚約者だと知らなかったのも、私だけ。
私だけ。
目が熱くなって、涙が零れた。
「ふっ・・く・・う・・・」
今、部屋に一人でよかった。
こんな姿を見せたら、大騒ぎされてしまう。
引き出しからハンカチを一枚取り出し、しばらく目に当てて、零れる涙を押さえていた。




