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翌日学校へ行くと、グリーンヒル伯爵令嬢がすでに昨日と同じ席に座っていたので、私も昨日と同じ隣の席に座り、声を掛ける。
デイル公爵令嬢と呼ばれるのが堅苦しく感じて、ものすごく勇気を振り絞って提案した。
「どうか、ブリジットとお呼びください。私も、差し支えなければ、マリーナ様とお呼びしても?」
誰かに名前で呼んで欲しいとお願いするのは、生まれて初めてのこと。王子殿下に婚約期間中でも、そんなこと言うことは出来なかった。だから、どんな返事が帰ってくるかと緊張していたら、とても喜んで受け入れてもらえてホッとする。もしかしたら、私の方が爵位が高いせいで頷いてくれたのかもしれないけれど、それでも困った顔はされなかったので、大勝利だ。
その後、学院での初めての授業を受けていると、マリーナ様が少し苦しそうに咳をし始めた。
私がそっと声を掛ける。
「マリーナ様、医務室に行かれては?」
すると、マリーナ様が咳としながら頷かれた。
私はホッとして、授業を行っている教師にマリーナ様を医務室へ送り届ける旨を告げ、マリーナ様の背を撫でながら教室を出た。
幸い、私たちの教室から医務室は近い。
詰めている医師にマリーナ様の様子を頼み、私はクラスへ戻った。
だって、授業ノートをちゃんと作っておかねばいけないから。
(早速お役に立てるかしら)
そんな思いで、なるべくマリーナ様がわかりやすいように、教科書のページ等をメモする。
何か聞かれてもちゃんと答えられるように、真剣に授業に取り組んでいたら、授業が終わるころ、マリーナ様は少し顔色を良くして戻って来られた。
それに、ホッとする。
授業が終わり休み時間になったので、マリーナ様にお加減を尋ねようとした時だ。
ヒロインがこちらにやってきた。
「マリーナ!大丈夫?」
元気な声とともに、ヒロインがマリーナ様に声を掛ける。
「ええ、大丈夫よ。お薬をいただいたから」
そう親し気にマリーナ様も返した。
私は二人の仲の良い様子に戸惑いながらも、マリーナ様がお薬を飲まれて、体調が落ち着いたことが分かってホッとする。
また、知らなかった。
ヒロインは、マリーナ様ともお友達なのか。
ヒロインがマリーナ様にノートを差し出す。
「マリーナがいないときの授業ノート。とっておいたから、使って」
ヒロインの言葉に、胸がぎゅっと締め付けられた。
(なんてこと、危なかったわ)
私は、知らぬうちにヒロインの手柄を横取りするような行動をとっていたみたいだ。
きっと以前からの友人だから、マリーナ様が体調を崩しやすいことも、授業ノートを取ってあげなくてはいけないことも、当たり前に知っていた関係なのだろう。
私が昨日、勝手にそこに入り込もうとしただけで。
私はそっと、自分のノートを閉じる。
すると、マリーナ様がヒロインに対して、首を横に振った。
「いいの。隣の席のブリジット様に授業ノートは見せていただけるから。アリス、ありがとう」
思わぬ言葉に、目を瞬かせる。
マリーナ様の言葉に、ヒロインも驚き顔だ。
「ですよね、ブリジット様」
そう言って、マリーナ様が私に微笑んでくれる。
嬉しくて、「もちろん」とコクコク頷き授業ノートを差し出した。
マリーナ様がそれを両手で大切に受け取ってくれる。
そんな様子にヒロインが目をキラキラさせた。
「マリーナのために、ありがとうございます!」と、わざわざ私にお礼まで行ってくれる。
ヒロインにとってマリーナ様は身内で、私は見知らぬ貴族なのだから、こういう言い方になるのはわかっているけれど、自分の居場所が急に無くなったような錯覚を受けた。
それに慌てた気持ちになりながら、努めて穏やかに返す。
「いえ、マリーナ様のお役に立ててうれしいですわ」
私の様子に、マリーナ様がニコニコとしている。
マリーナ様の笑顔に励まされて、私も笑顔を作った。
向こうから、ヒロインの名を呼ぶ声がする。
すると、ヒロインはマリーナ様に軽く手を上げて、私に礼をするとそちらへ戻っていった。
ヒロインは需要が高いわね、などと思って見送る。
マリーナ様に視線を戻せば、私の授業ノートを嬉しそうに見つめていた。
「すごくわかりやすくまとめて下さったんですね。教科書のページまで」
褒めてもらえて、嬉しい。
それに、私が勝手に言い出した授業ノートの約束を、覚えていてもらえたことも嬉しかった。
「いえ、私の方こそ、ありがとうございます。さぼらず勉強できましたわ」
そう言って返せば、「まあ!ブリジット様ったら」とマリーナ様が楽し気に笑ってくれる。
私も一緒に笑った。
少しだけ、息のしやすさが戻ってきた気がした。
お昼は、マリーナ様と一緒に貴族用の食堂へ。
名を確認され席に座れば、給仕が料理を運んでくる。
視線を上げれば、奥の席ではヒロインや王子殿下に各種イケメン、メガネの女の子たちが楽しそうに話していた。
私の視線に気づいて、マリーナ様もそちらを見る。
「アリスはいつも、ひとに囲まれてるわね」
マリーナ様が苦笑いする様を不思議に思いながら、相槌を打つ。
「ええ、とても素敵な方ですものね。みなさん、話し掛けたくて仕方ないのでしょう」
ヒロインとは、王子殿下のことがなければ、私も話してみたかった。
マリーナ様が頷く。
「はい、私も最初はそう思ってアリスに話しかけたのですが、アリスは人気者すぎて、気後れしてしまって」
その言葉に、先ほどの苦笑いの理由がわかる。
私は頷いた。
「素敵な人だから、お話はしたいけれど、あれだけたくさんの人の中にとどまるのは、勇気も体力も必要ですものね」
マリーナ様はホッとした顔で私を見る。
「そうなんです。だからアリスが話し掛けてくれたときに、交流が持てるくらいの距離で仲良くしています」
マリーナ様は体が弱くていらっしゃるもの、納得の理由だわ。
マリーナ様が遠慮がちに訪ねてくる。
「あの、ブリジット様は声を掛けに行かなくていいんですか?その、よくアリスを見ていますよね」
その言葉にドキリとする。
そんなにあからさまに態度に出てしまっていただろうか。
(次から気をつけなくては)
しかし、心配そうなマリーナ様に嘘をつくのもおかしかったから、素直に告げた。
「素敵な方ですから、つい見惚れてしまって。お恥ずかしいのですけれど、自分から声を掛ける勇気がないんですの。今はまだ、遠くから憧れていようかと」
ヒロインのことは、少し離れて見ていたい。
というか、彼女に近づくと王子殿下にも近づいてしまうし、まだ失恋したばかりで、心が負傷中なのよね。
自主療養期間中ということで。
私の言葉に、マリーナ様が嬉しそうに頷いた。
「わかります。アリスは素敵なんですよね」
ええ、ヒロインはとっても。
とってもみんなに愛されてる。
ゲームをしてるとき、すごく幸せだった。
ブリジットにはつらく当たられたけれど、周りがいつも温かくて、勉強に恋に打ち込めて。
(そうね、私は一度ヒロインをやったわ)
だからもう、それでいいのだ。




