ルーナのブレスレット
レオニスは責任感が強い。
二度もルーナが倒れたことで、方針を新たにした。
まず現状、使用人たちではルーナに対応出来ない。
だが自分はとても忙しい。
ルーナの一番の問題は食事と睡眠。
ならば食事と睡眠の管理だけ徹底して自分がやれば良いだけだ。
問題点を整理できたのでレオニスは大いに満足した。
ベッドにいるルーナのもとにいくと、
その小さな手にブレスレットをはめ込んだ。
金でできた細いブレスレットは小さな月のチャームが揺れている。
実はこの月には転移座標が仕込まれていた。
ルーナがどこにいてもこれをつけてさえいれば
レオニスはルーナの居場所に転移できる。
最初はルーナをレオニスのところに転移させようとしたのだが、
転移の際には本人の魔力を引き出す必要があって断念した。
面倒だが一度転移して連れ戻せばよいだけだ。
「うわぁ、きれいねぇ ルーナはゆらゆらとチャームを揺らして
そのキラキラ輝く様子に夢中になっている」
その嬉しそうな様子にレオニスの心がチクリと痛んだ。
そういえば俺はこの子がこの宮に来てから
プレゼントするのは初めてだ。
仮にも婚約者候補なのに。
「ありがとう、レオニス。こんな綺麗なブレスレット初めてよ」
「君は公女だろ? こんなもの欲しければいくらでも貰えるだろ?」
「だって別に欲しくなかったもの。でもこれはとても綺麗だわ」
元々物欲がないのかも知れない。
いつも要らないと言われれば、
そのうち準備もしなくなるのかもしれない。
けれど、こうしてプレゼントすればこんなにも喜ぶのだ。この娘は。
レオニスはそっとルーナの頭を撫でて
「楽しみにしておいで、いい子にしていたら、
もっと綺麗なものをあげるから」
そう囁いた。
ルーナはほんのりと頬を染めて頷いた。
やっぱり可愛い。
素直で愛らしい娘だ。
宮廷のレディたちとは全然違う。
宮廷のレディたちは打てば響くように会話を嗜み
思わせぶりに皇子の気を引く。
それが社交界というものだと思っていたのだが……。
この娘には皇后の重責は務まらない。
半年経てば返品するしかない。
返品なんて、まるで品物扱いだなぁとレオニスは苦笑した。
「レオニス大丈夫よ。きっと全てうまくいくわ」
ルーナが歌うようにそう言った。
きっとレオニスが悩んでいるとでも思ったのだろう。
レオニスはふっと笑ってルーナの額にキスをした。
キスしてから驚いた。
返品予定なのに、これは不誠実だ。
違う。これはただ幼子を安心させただけ
意味なんてない。
そう心に言い聞かせ、レオニスはルーナの部屋を出た。
背中ごしにブレスレットを自慢するルーナの声が聞こえて
レオニスはなぜか背中が痛いと感じた。
翌朝ルーナを迎えに転移したレオニスは驚いた。
転移先が奥宮に設けられている忘れられた薬草園だったからだ。
ルーナはひとり薬草を調べながら、こくこくと頷いている。
朝食もとらずに、一体なにをしているんだ。あいつは。
「ルーナ何をしていたの?」
「あっ、レオニス。丁度良かったわ。
朝露草が残っていたの。桐花草も。
良かったわねぇ。これで夏の飛蚊病で死ぬ子供を助けられるわ
これは良く育つから、今からでも十分に間に合うもの」
「何の話だ。飛蚊病とはなんだ?」
「飛蚊病は、蚊が媒介する病気で高熱と寒気が交代でおきるの。
大人なら耐えられても、体力のない子供と老人は死んでしまう。
48年前に大流行してその時には奥宮でも生薬を作って民に配ったの。
それで薬草が残っていると思って調べていたのよ。
飛蚊病の流行はおよそ50年周期
とても寒い冬のあと、雨が続き 冷夏になる
そうすると飛蚊病が流行する。
今年はきっとそうなるわ。
だから、たくさんお薬を作っておかないと。」
レオニスは驚いたが、ことは重大だ
世迷い事と切り捨てるほどレオニスも愚かではない。
そのまますぐに父のもとに転移した。
皇帝はルーナの姿を一目みると、宰相と秘書官を集めた。
説明なら一度で済ませたいし、知見のあるものは多い方が良い。
ルーナの話を聞いた秘書官はすぐに文献を調べた。
宰相は48年前の記憶があった。
飛蚊病にかかり宮中からの薬で助けられたひとりだからだ。
「あの時は悲惨だった。薬の製造が間に合わず
老人の半分以上、子供の38パーセントが死亡した。
わしらの年代は人数が少ないだろう?」
秘書官はルーナの言葉を文献で確認した。
飛蚊病薬は最優先事項となった。
多分誰も死なせないで済む。
ルーナはにこにこしている。
「まにあって良かったねぇ」
なんて呑気なことをいっているが、
秘書官たちや宰相の目の色が変わっている。
あれは獲物を見つけた猛禽の目だ。
ルーナを絶対に逃がさないだろう。
宰相が好々爺の顔でルーナに尋ねる。
「ルーナさまはレオニスさまの婚約者ですな?」
「うーん、どうかなぁ。お試しなの」
その答えを聞いて宰相がギロリとレオニスを睨む。
その目がこの軟弱もの。おなごひとり落とせぬとは!と語っている。
「ふぉふぉふぉ、レオニス殿下は少し恥ずかしがりやでな。
姫が大好きですのじゃ」
「んー。でもレオニスは、いつも何しているんだ!ばっかりなの」
宰相を自分の味方だと思ったのだろう。
ルーナはここぞとばかり不満をぶちあげる。
「お前が」
レオニスが言い返そうとした瞬間、宰相に阻まれた。
「殿下は少しおなごの扱いを勉強した方がよろしいですな」
ルーナが調子にのって言い返す
「よろしいですな!」
指までさしてくる。
ぶふふ、奇妙な音がして、見ると秘書官が笑いを堪えている。
なんてこった!
まだ朝食も食べさせてないのに、この騒ぎ。
どうしろというんだ!




