頭を抱えるクラウス
ヴァレンティノ公爵家の小さな姫君は皇城の奥深く皇子たちの住まう皇子宮
さらにその奥 その昔 側室たちが住まう宮 奥宮にその住居を配された。
何より大事なのは、姫の安全。
姫が皇子妃候補、もっとありていに言えば皇太子妃候補
そんなことが外部に漏れたら、何が起きるか分からない。
候補の内に亡き者に。
そんなことを考えるものも数多いる。
皇后がきめ細やかに侍女たちを手配はしたが、
姫の身辺については8歳の皇子に任された。
何しろ自分で守ると言ったのだ。その責任は負わされる。
とはいえ8歳にしてレオニスは既に黒炎の龍皇子の二つ名を持つ天才だ。
小さな娘ひとり守れない筈は無かった。
しかし夕刻になっても現れないルーナにレオニスは尋ねた。
「ルーナはどうした?夕食は共にすることになっていただろう?」
「姫さまは図書室で読書中でございます。
お呼びしても本から目を離されず……」
さすがに侍女が姫に勝手に触れることは出来ない。
「いつからだ?」
「朝、目覚められてすぐに図書室に」
クラウスは思わず大声をあげた。
「それでは朝から何も食べてはいないではないか!なぜ私に知らせぬ」
クラウスだって判っている。
皇子の日程は詰まっている。
クラウスは忙しい。
それなのに姫が本を読んで食事をしないなんて報告をあげられる訳がない。
クラウスは大急ぎで図書室に駆け込んだ。
図書室の隅で夢中になって本を読んでいる少女は、とても公女には見えない。
クラウスがルーナの肩を抱くと、ぐらりとルーナの身体が傾いた。
クラウスが慌てて抱き上げるとルーナの身体が熱い。
熱があるのだ。
「侍医を呼べ!」
クラウスはルーナを運びながら叫んだ。
ようやく治療を終えたルーナは薬のおかげで熱もさがり、穏やかに呼吸している。
「それで?なぜルーナは熱を出した?」
侍医は言いにくそうに答えた。
「姫様は、脱水状態でした。
まさかとは思いますが朝から何も飲食されていないのでしょうか?」
確かに貧民でもあるまいに高位貴族が脱水症。
「そのうえ、極度の虚弱体質と思われます。
通常魔力が多いと、魔力がお身体を保護するのですが……」
「いえ、ルーナさまには魔力はあります。多すぎるぐらいだ。
けれどそれがご自身を守ってはいないのです。
平民でしたら、仕事もありますし、環境も厳しい。
ですから、身体は丈夫になります。
しかしルーナさまは高位貴族ですから……」
なるほどね。
公爵の言い分は、本当だったわけだ。
蒼白になっている侍女たちにクラウスは言った。
「お前たちの責は問わぬ。明日からはルーナは常に私と行動を共にさせる」
周囲はクラウスの迫力に押されて、頷いたが皇子の日常はかなり厳しい。
虚弱体質のルーナに付き合いきれるだろうか?
果たして結果は無残だった。
ルーナはクラウスの足取りに追いつこうとして、無残に転んでしまった。
何しろルーナにとっては全力疾走で転んだので、血まみれになった。
転んだ場所も悪かった。
クラウスは練兵場に向かっていたのだ。
ルーナは普段整えられた床しか歩いたことがない。
ヴァレンティノ城は湖の上に人工的に建てられている。
花壇だって、通路は柔かな床で覆われているのだ。
しかし練兵場はむき出しの地面。小石だってごろごろしている。
そんなわけで、血まみれになったルーナの姿はかなり悲惨だった。
クラウスには全く悪気はない。
侍女たちの手に余るなら、自分の側に置こうとしただけだ。
だというのに、大けがを負わせ、母上である皇后からは大目玉を食らった。
クラウスは頭を抱えてしまった。
一体どうやったらルーナを守れるのだろう。




