知ってしまった未来
フウカの力を借りて転移した私達は、運河を使ってセレスティア王国に入った。
そこでは、キャンディがデルマー商会の船を用意してくれている。
「ありがとう、キャンディ。恩に着るわ」
「いいのよ。アーサーがアーティファクトの宝玉を2つ分けてくれたの。
船の守り神になるわ。助かったのはこっちよ。
船旅を楽しんで頂戴」
「ありがとう。行って来ます」
乗客が5名しかいないのが、もったいないくらい良い船だ。
海を見るのは初めてなので、私はデッキにもたれて、ひたすら海を眺めていた。
「そんなに見つめていなくても、海はずっと続いているんですよ。
海ってのは、とてもでかいんだ」
「アローは海を見たことがあるの?」
「いいや、話に聞いていただけですけどね。
とにかくでっかいと言うのは本当ですね。見渡すかぎり全部海だ」
「そうねぇ、海の青と空の青が続いていて、不思議な気分だわ。
まるで海と空がどこかで溶けているみたい」
「そんな訳はねえが。
姫。そんなに見ていたいなら部屋にもデッキがある。
部屋のデッキにはソファやテーブルセットもあるようだから、そちらに移って下さい。
誰もいないとはいえ、やはりここは物騒だから」
私はおとなしく部屋にはいり、そのまま扉を開けてデッキにでた。
テーブルには、簡単なお茶のセットが置いてあった。
温かいお茶。広がる青。潮風の香り。
海を見ると懐かしく感じる。
それは遠い昔の記憶みたい。
遥か彼方、太古の時。
人は海から命を誕生させたのだろうか?
遠く懐かしむような記憶が揺らめいて、私はそのまま寝椅子に横になることにした。
寝椅子の中、身体のちからがゆっくりと緩んでいく。
ちかり、ちかりと映像の断片が見える。
12歳、あとおよそ1年後、レオニスの腕の中にいる私。
13歳、赤ん坊が生まれる。小さな男の子。
16歳 二人目の赤ん坊。小さな男の赤ちゃんを見守る利発そうな男の子
19歳 長男が恋をした。お相手はステラ姉さんの産んだ龍の娘。
幸せなお茶会。レオニスと私と末息子。
長男とその愛する小さな姫。
その時、突然私が言葉を紡ぎだす。
自分でも聞いたことのない低い声。
地鳴りのようなそれは、きっと予言。
レオニスが真っ青になって私を抱きしめた。
子供達も私を取り囲んだのが見える。
そして、世界は闇に包まれた。
何も聞こえず、見えず。感じない。
なるほど、こうやって私は死ぬのか。
全てが当たり前のように納得できてしまった。
「どうしたの?いったい何があったの?」
大きな声に目を開けると、心配そうなフウカの顔が目の前にあった。
「ごめんなさい、夢を見ていたみたい」
「怖い夢だったの?貴方、泣いているわよ」
顔に手を当てると、確かに濡れている。
私は手巾で、顔を拭うと、笑った。
「違うのよ。とても幸せな夢を見たの。
幸せ過ぎて、泣いてしまったのね」
「幸せだから泣くの?
人間って、やはり不思議な生き物ね」
「そうかもしれないわね。
たぶん、ずっと見たかった海を見たから、夢を見たのかもしれないわ」
「見たいなら、また見に来ればいいのよ。
友達もいるのだから」
「そうね。フウカはいつも正しいわ」
褒められたと思ったのだろう。
フウカはちょっぴり得意気に胸をそらした。
私は、そんなフウカに抱きついた。
「フウカ、今夜は一緒のベッドで寝よう。
こんな時じゃないと出来ない事をしようよ」
「賛成!楽しそうだねルーナ」
「だって楽しいのですもの」
そう言って二人で顔を見合わせてケラケラと笑った。
泣いても笑っても後8年。
それなら、思い切り笑って過ごそう。
うん、そうしよう。それがいい。
私達は、レオニス達よりも早くルーンフェル王国に辿りついた。
先ぶれは出していたし、私達が夫を懲らしめにきたと聞いて、ルーンフェル王は大いに喜んだ。
全面的に協力しようと、ウインクまでして寄越したのだから、随分お茶目な王様だ。
実はこの王様。
私の未来の息子の義父なのだ。
といっても早死にするらしく、息子がこの王様に会うことは無いのだけれど。
でもこのような王様の娘なら、きっと朗らかな子供になるのじゃないかと、勝手に想像して楽しんだ。
王様は約束をきちんと守ってくれた。
レオニス達が謁見に来た時、私達は陰からその様子を見られるようにしてくれたのだ。
ソラは本当に困った顔をしていたけれどね。
そんなのは自業自得というのだ。
「古の魔法使いにして偉大なる国王陛下にご挨拶申し上げます」
レオニスとブルーノが恭しく礼を取る。
「よく参られた。顔をあげられよ。レオニス皇太子殿下。ブルーノ公子殿」
二人は顔をあげると、
「御恩情に感謝申し上げます。
此度の勇姿、漏れ伺っております。
陛下自ら逆賊を成敗されたとか」
「いや、これも全てそちらのおかげである。
色々ご尽力頂いたようで感謝申し上げる」
これはあれだね。
王様ちょっぴりご立腹だね。
まぁ、あれだよね。
何を勝手に人のテリトリー荒らしてくれるかなぁ!ってことだよね。
だから、大喜びで私達に協力してくれたんだね。
「素晴らしい成果を挙げられたと伺っております。
つきましては、些少ですが祝いの品をお持ちいたしました。
こちらが目録でございます」
担当者が目録と品物を受け取って目録を読み上げる。
金。宝石。絹地。絵画等々。
そこでルーンフェル王が満を持して言った。
「こちらからも、返礼の品を用意いたした。
喜んで下さればいいのだが」
その声と共に私たちが姿を現すと、二人はフリーズしてしまった。
茫然自失というのは、このことだ。
自分たちの計画がバレたことは予想していたかも知れないけれど、まさか此処に現れるとは思わなかったのだろう。
ルーンフェル王は呵々大笑した。
「いやいや、愉快、愉快。
その方らのその顔を見られただけで、うっぷんが晴れたわ。
下がって休まれよ。部屋を用意してある。
久方ぶりに奥方とゆっくり休まれるがよい。
また、晩餐会で会おうぞ」
そう言って楽しそうに出て行かれた。
誰もいなくなると、レオニスは真っすぐにルーナを抱きしめた。
「ごめん。色々全部ごめん」
「ちょっとレオニス。抱きしめるのと、謝るのを同時にやるってどうなのよ!」
「だって、こうしないとルーナ凄く怒っているだろう?」
「兄上。こんなところまで連れてきて!
危ないだろう」
実に器用に、今度は謝るのとソラに鬱憤を晴らすのを同時進行している。
「とりあえず、部屋にいきませんか?」
「ブルーノにはリディア夫人からの、伝言の玉を預かっている。
別に小部屋を用意しているから、そこで聞いて。
そのまま、通話もできるから」
他人事の顔をしていたブルーノも、困った顔でそそくさと割り当てられた小部屋に移動する。
「じゃぁ、晩餐会まで僕らも部屋でゆっくりしよう。フウカ」
ソラとフウカが仲良く部屋に向かうのを、不満そう様子でレオニスが呼び止めた。
「お前のとこだけ、なんでそんなに平和なんだよ」
ソラがうんざりしたように答える。
「そんなもの。
ここに来るまでにたっぷり叱られたからに決まっているでしょう」
レオニスはグッとつまって、黙って私について来た。
部屋に入るとレオニスはすぐに謝った。
「申し訳なかったルーナ」
「仕方がないわ。レオは必死だったんでしょう。
私を守ってくれたんだもの。文句なんて言えないわ」
「いいのか?」
「なによ!叱られたい訳?」
「いや、でも。ほら。
後で、ねちねち言われるなら、今いっぺんに済ませたいかなぁ」
「ちょっと!どれだけ失礼なの?
私が根に持ってぐちぐち言ったことがあった?」
「いや、それは、あの。」
レオニスは口ごもった。
どうやらあったらしい。
こっちはそんなつもりないんだけどなあ。
「久しぶりに会ったのに。寂しかったのに」
はっとした顔をしたレオニスは、すぐに私を抱き上げて長椅子に座った。
「寂しくさせてごめんね。もう二度としないから許してくれる」
「約束してくれるのね」
「もちろん、決まっているじゃないか。僕はルナに夢中なんだから」
「そうかなぁ。
夢中なのに、寂しいって言わないと判らないのでしょう?」
「違うって。ほんとに本当だって。
僕も寂しかったよ。僕のルナ」
「僕のルナって言われるの好きなのよね。もう一度言って」
「何度でも言うさ。僕はルナが大好きだよ。僕のルナ」
いちゃいちゃしていると、時間はすぐに経ってしまうらしい。
ノックをしながらブルーノが入って来た。
「晩餐会の準備をしろってさ。
姫様方には、王様からドレス一式が送られているから、フィッテングルームに来てくれってさ。
俺らはこのままでいいだろう?
「ルナ、準備しておいで。
ブルーノ。俺たちは第一正装だからこれで問題ない。
ソラは、服を持って来ていたか?」
「持って来たらしい。今着替えているよ。
着替え終わったらこっちに来るように言ってきた」
「そっかぁ」
レオニスはソファーにどかりと座り、向かい側にブルーノが座った。
「とりあえず。全部終わったな」
「あぁ、やれることは全部やった。
これで運命が変わらないとしたら、それが運命なんだと思うしかない」
「どうした。珍しいな。
ずっとピリピリしていただろう?」
「あぁ、どうやら僕は未来ばかり心配して、ルーナを見ていなかったらしい。
寂しいと言わせてしまった。
何やっているんだろうなぁ」
「仕方ないじゃないか?
まだ来ぬ未来を心配するなと言っても、確かにそこにある危機なのだから」
「そうだな。
なんだか自己満足だろうけれど、やり切ったつもりなんだ。
もう、後悔はしない。
あとはちゃんとルーナと向き合う」
「それがいい。俺らは神様じゃないからな。
ルーナって何か少し変わった気がしないか?」
「そうだなぁ。
ちょっぴり大人な顏をするような気がする。
今までは無邪気で天真爛漫だったけど」
「お前もそう思うか?
俺も思った。
ルーナって知らない間に大人になったなぁ。ってさ」
「海を見たんだとさ。
ずっと見たかったのだって。
そう言われれば、そんな事いっていたのに、俺は気にしていなかったんだ。
さっき、海の話を延々と聞かされてさ。
そんなに好きなら連れていってやれば良かったと思ってね」
「帰りに一緒に海を見ればいいさ」
「そうだな。これからは一緒に見よう。
海もそれ以外も」
「そうさ、時間ならたっぷりあるんだ」
「あぁ、そうだ。時間はたっぷりある」




