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皇子さまは今日も最弱娘に振り回される  作者: こもれびの空


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いっぱい、ありがとう

 帰りの船でルーナはいつも、懐かしそうな顔で海を見ていた。

 皇太子を乗せた船は、守りも固い。

 だからルーナは、一日のほとんどを甲板で過ごす。

 船員の邪魔にならないように整えられた場所。

 そこはすぐにルーナの指定席になってしまった。


「また、ここにいたの?

 ルーナがそんなに海が好きだとは思わなかった。

 また舟遊びにこよう。もう少しゆったりとした日程で」


「レオ、ありがとう。

 この波の音と、潮風がなんだか落ち着くの。

 アストラル皇国には海がないからかも知れないわ」


「あぁ、元々岩山と砂漠の国だったからな。

 いまは豊かな川の流れがあって、肥沃な大地もあるけれど。

 それもこれも古龍さまのおかげだ」


「立派な龍でしたね。古龍さまは。

 龍なのに人の心もよくご存じでした」


「そうだね。始祖はどうやって古龍さまの加護を得たのだろうね」


「不思議ですね。縁というものは」


「そうだね。最初見た君はいつも真面目に、馬鹿げたことに夢中になっていた」


「馬鹿げたことではありませんわ。

 不思議なことや知らないことが、いっぱいあっただけ」


「そうだね。そのおかげで命を救われた民は多い。

 そんな事、誰もしらないけれどね」


「知る必要はありませんもの。

 本で読みましたの。

 民が王様なんて必要ない。

 お腹が満ちて、平和でのんびり暮らしているんだ。

 おいらの生活に王様の出る幕なんてありゃしない。

 そんな風に為政者のことなど、民を守る者など忘れてしまうほどの平和。

 きっとそれが理想なのかもしれませんわ」


「あぁ、なるほどね。

 僕らを認識するのは、病気の時だけなのだね。

 お腹が痛いとき、歯が痛む時。

 僕らは、その存在を思い出す。

 普段は気にすることもないのにね。

 だったら国が病気にならないように、健やかであるように努めるのが僕の仕事だね。

 そういう国を造れたらいいな」


「レオならきっと、そうなりますわ。

 レオニスほど民を想う君主を、私は知りませんもの」


「それは違うな。ぼくの理想は父上だから。

 いつか父上のようになりたいと思うばかりだよ」


 のどかすぎる船旅のあと、レオニスとルーナは日常の中に埋没していく。

 やがてルーナの学院生活は終わりを迎えた。


「ミリー、キャンディ。またいつでもアストラル皇国に遊びにきてね」


「ルナこそ、また船に乗りにいらっしゃい。

 いつでも歓迎するわ。レオニスとお幸せに」


「ミリーこそアーサーとお幸せにね。結婚式には呼んでちょうだいね。

 キャンディもお金儲けばかり考えないで彼氏のひとりぐらい捕まえなさいよ」


「余計なお世話よ。

 私はアーサーみたいな腹黒や、レオニスみたいな執着が強いのはお断りなの」


「はい、はい。彼氏が出来たら、いくらでも惚気を聞いてあげるわ」


「言ったわね。覚えてらっしゃい。

 嫌と言う程聞かせてあげるから」


 そう言ってミレイアとキャンディとはお別れした。


 レオニスは待ちかねたように言った。


「長かったよ。僕は随分我慢していたんだ。

 卒業おめでとうリーナ。ようやく本当の僕の花嫁になるんだね」


 ルーナは慌ててレオニスの口を押えた。


「もうレオニス、昼間っから恥ずかしいことを言わないで!」


「フーン、恥ずかしい事って何だろう?

 ルーナは何を考えているの」


 ルーナが真っ赤になったから、レオニスは大笑いした。


「大当たりだよ、ルーナ。僕もずっとそれを考えていた。

 それじゃぁこのまま寝室にいくよ」


 ルーナのまだ昼だと言う抗議は

「大丈夫。夜まで続けるから」

 という信じられない宣言で打ち消された。


 レオニスの努力の成果は1年後、ルーナが男の子を出産したことで結実した。


「可愛いでしょう。黒髪に黒目。

 レオニスにそっくりだわ」


「僕はルーナに似ていてほしかったな。

 次は女の子がいいね」


「馬鹿言ってないで、大事な皇太孫殿下の名前を教えて頂戴」


「レオンだよ。僕の名前から取ったんだ。

 だって僕の息子だからね」


「レオン。

 いい名前だわ。愛称は付けずに、そのままレオンと呼びますね。

 レオだと貴方と被ってしまうから」


「そうしよう。

 レオン、お前もそれでいいよな」


「あらあら、レオンはきっとお父様に振り回されてしまいそうね。

 きっとその分、真面目な子になりますね」


「それだと、僕が不真面目みたいじゃないか?」


「あら、お心当たりがございますの?」


「こいつめ、いつまで経っても、憎まれ口は減らないな」


「フフフ、そういえばステラお姉さまも妊娠したのですって。

 女の子が生まれたら、レオンのお嫁さんになるかも知れませんわ」


「おやおや、母親になったばかりで、もう息子の嫁を探すのかい?

 これは怖い姑になりそうだ」


「酷いわ、レオニス。

 ステラお姉さまの娘なら、私の姪なのに」


「いや、だからまだ生まれてもいないだろう。

 男か女かもわからないのに気が早すぎる……。

 まさか予言か?」


「嫌だわレオニス。そうなったらいいなぁと思っただけなのに。

 レオニスが話をややこしくしているんですよ」


「ごめん、ごめん。子供が産まれて嬉しくてさ。

 お疲れさま、ルナ。息子を産んでくれてありがとう。

 ゆっくり休むんだよ」


 レオニスは確かにこの時、小さな引っ掛かりを感じたが、喜びがそれを上回ったので深く考えることは無かった。


 小さな子供がいると、宮殿は急に賑やかになった。

 赤ん坊の泣き声や笑い声は、それだけで周囲に活力を与えるのだ。

 いやいや期をすぎ、なぜなぜ期がやってくる。

 レオニスもルーナも小さな皇子の、なぜなぜ攻撃にへとへとだった。


「ははうえ、ははうえのおなかは、どうしてふくらんでいるの?」


「赤ちゃんがいるのよ。もうすぐうまれるわ

 レオンはお兄さまになるの。

 弟を守ってあげてね。レオン」


「はい、ははうえ。ぼくはお兄さまになるのね。

 ぼくの弟はぼくがまもるよ」


 急に苦しそうな顔になるルーナを見てレオンは驚いた。


「ははうえ、ははうえ!」


「殿下、王妃さまは、今から赤ちゃんを産むのです。

 お部屋でお待ちしましょう。

 殿下はすぐに兄上さまにおなりですよ」


 次にレオンが母上の部屋に呼ばれた時には、ベッドには母上と小さな赤ん坊がいた。

 父上がすぐにレオンを近くに呼び寄せた。


「レオン、お前の弟のシオンだ。可愛がってやっておくれ」


「はい、ちちうえ。ぼくは弟をかわいがるよ」


「そうだ、レオン。もうひとつ覚えておきなさい。

 シオンはお前の弟だが、お前の部下になる。

 お前は皇帝になるが、シオンはお前を支えるのがお仕事だ」


「弟なのに部下なの?」


「家族としては大切な弟だ。

 けれども身分は違う。わかるね」


「僕の方が偉いの?」


「そうだけれど、それは責任を持つことにもなる。

 だからレオンはシオンを守ってあげるんだよ」


「ぼくはシオンを守るよ」


「良い子だね。レオン」


 レオンが去った後ルーナは聞いた。


「レオニス、後継者教育はあなたのお仕事ですが、まだ3歳のレオンにあそこまで言う必要があったのですか?」


「ルーナ。国を揺るがすのはいつも後継者争いだ。

 僕が見る限り、レオンには皇帝の資質は十分にある。

 だからこれからシオンがどんなに優秀に育っても、後継者はレオンだ。

 シオンにもそれは徹底させる。

 国を守るために必要なのだ」


「わかりましたわ。

 それならステラ姉さまの娘マリアと、お見合いをさせましょう。

 龍の娘を王妃に迎えられたら、その方がいいですわ」


「そうだな。アストラル皇国家の者は、番を自分で見定める。

 しかし、できれば龍の娘が好ましい。

 見合いを準備させよう。

 ただし、さすがにマリアが3歳になってからだ」


 ルーナは噴き出した。

 性急過ぎた自分がおかしかったのだ。

 半年後、マリアはクラウスとステラに連れられて、王宮にやって来た。


「はじめまして、わたくしマリア・フォン・フィクトス公女でございます」


 丁寧で綺麗なカティシーを決めた時、レオンの頬が染まった。


「マリア姫、僕はレオン・フォン・アストラル皇太孫です。

 僕の妻になって頂けますか」


 4歳児は正式な求婚の礼をした。

 そして3歳児はそれを堂々と受け取った。


「お受けいたします。殿下」


 そのまま二人は仲良く庭園に散歩に出かけたから、大人達は安堵と驚嘆の気持ちで、子供達を見送った。


「ルーナから話を持ち掛けられた時、少し早いと思ったのだけれど、杞憂だったようだわ」


「ステラお姉さま。私も急ぎすぎかと思ったのですが……。

 もしかして皇家は、次代の方が優秀なのかしら?」


「待ってよルーナ。その言い方。

 僕だって優秀だからね」


「自分で言っちゃうんだ」


 クラウスが茶化して皆で笑う。

 兄弟だけの気安い時間。


「ところでさ、次代の皇帝陛下と皇后陛下も決まったのだし、僕らもお役御免だろう。

 あとはブルーノに任せて、山に戻りたいのだ。

 父上の残した家をいつまでも空にしておきたくない」


「マリア姫は、まだ3歳なのに」


「ブルーノもリディアも両親になることに同意してくれたの。

 その為に同居もしていたしね。

 マリアもよくわかっていて私達は父上、母上。

 ブルーノ達は、お父様、お母様と呼んでいたのよ」


「いつでも連絡を寄越してくれて良い。

 黒龍がアストラル皇国の守護龍であることに、変わりはないからな」


「決まったのなら仕方がない。元気でな」


「ステラお姉さまもお元気でね」


 そうしてレオンが5歳。シオンが1歳のある日。

 その日は気候が穏やかで、心地よい風が吹いていた。

 久々に公務に余裕が出来たレオニスは、子供達と家族だけの茶会を開いた。

 レオンは勿論マリアを呼んでいる。


 シオンがよちよちと2~3歩進む。その先でレオニスが待ち構えて抱きとめる。

 そんな家族らしい日常をルーナは嬉しそうに眺めていた。


 その時。

 どこからともなく地鳴りのような低い声が聞こえてきた。


「アストラル皇国の滅びの時が迫る。

 アストラル皇国が滅びる時、世界は暗黒に呑まれるであろう。

 それを救うのはアストラル皇帝とルーンフェル王の血を継ぐ娘。

 その娘は始祖と同じ魔力を持つ。

 始祖の血を引く娘を守れ!

 その娘こそ世界を破滅から救うであろう」


 その言葉が愛する妻から発せられた、と見て取るとレオニスは妻を抱きしめた。


 ルーナはぐったりと力なくレオニスの腕の中に倒れ伏す。

 子供達も慌てて母親に駆け寄った。

 自分の愛する家族に見守られてルーナは小さく何事が呟いた。

 レオニスが耳をルーナの口元に持って行く。


「いっぱい、ありがとう」


 そう言ってルーナの瞳は閉じて、二度と光を見ることは無かった。

 その腕はレオニスを抱くことも、レオンやシオンを抱くこともない。

 その愛らしい唇から、お小言を聞くことも、笑い声を聞くこともない。

 レオニスの腕のなかで、ルーナの体温は静かに失われていく。


 レオニス皇太子殿下が、何一つ命令を下さなかったので、人々は子供達を連れてその場を去った。


 暫くして庭から、番を亡くした龍の子孫の慟哭が響き渡った。

 その声は悲痛で彼の魂が引き裂かれたことを告げていた。

 やがて皇太子はルーナを抱えたまま立ち上がったが、その瞳は彼の半身を失った事を告げるように暗く、しかし不思議な光を放っていた。


「ルーナ。今度こそ私が始祖の娘を守ろう。

 世界を闇に包ませることはしない。

 約束するから、だからルーナ。 

 いつかは、もう一度君に会えるだろうか?」


 ____________________完____________

最後までご愛読ありがとうございました。

この続きは「誘拐されたのは皇帝の孫娘でした」

でお楽しみ頂けます。

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