禁忌の魔法陣
マリー王妃はアドルフ辺境伯の長女である。
兄は二人。長兄のテオは既に父の後をついでアドルフ辺境伯となった。
とはいえ前辺境伯であるアドラーは今でも現役である。
後進の指導役をと乞われ、王宮の軍部顧問として活躍中だ。
次兄が法王となったダンテスだ。
ダンテスの神力は歴代の法王と比べても、特段に多いらしい。
それ故に法王となるのも頷けるのだが、王妃の兄と言う事で、神殿が政治に関わるのではないかと警戒されてもいる。
「法王猊下にご挨拶申し上げます」
丁寧に頭を下げたレオニスとブルーノを法王はにこやかに出迎えた。
「ご足労をかけて申し訳ない。此度はこちらの落ち度だ」
猊下が素直に頭を下げたので、二人は戸惑ってしまった。
「いえ、猊下に誤りのあろうはずがございません。
前法王猊下は、かの品について何か記録は残しておられますか?」
「いいや、前法王猊下は、その品を自分の棺と共に埋めよと言い残された。
しかし私は、死後とはいえ、かの品が法王を取り込むのではないかとおそれ、その命に背いたのだ」
「それで、その品はどこに?」
「あの品は、人の手にするものではない。
といってこの神殿で保管するには、あまりにも重大すぎる品。
我等ミゼラブル教団の総本山はどこか、ご存じですかな」
「ミゼラブル教団の総本山といえば、ミゼラブル大聖堂ですな。
ルーンフェル王国にあって当代の法王はサンクス・ミゼラブル法王でいらっしゃいます」
言葉は丁寧だが、前回古龍シュバルツの番を呪い殺そうとした事件も、ミゼラブル教団がらみだ。
レオニスの声が冷たくなるのはしかたがないことだ。
サンクスの野郎、教団内を粛清したと言っていたが、下手を打ちやがったのか?
それに気がつかないダンテス法王は、その通りとばかりに頷いた。
「さようでございます。
そこで秘密裏に禁忌の品をミゼラブル大聖堂に送った。
そのあと、かの品は闇の精霊をとどめている北の間に収納されたとか。
北の間は閉じられて誰も入れませんし、呪いの間ですので、そもそも入ろうとする者もおりますまい。
隠し場所としては、最適だと感心していたのですが……」
「何かあったのか?」
「今回の件、王から問われてミゼラブル法王に連絡いたしました。
ミゼラブル法王からは、北の間は永久に侵入禁止にしていたため、慌てて中を確認したところ、闇の精霊も禁忌の品も消えていた。との連絡が届いております」
「何をやっているんだ!」
ブルーノが思わず大声をだした。
レオニスも怒りに震えている。
「いくら何でも、それはあまりにも不注意すぎます。
ミゼラブル法王が、あえて見逃したと言われても仕方ないほどの失態だ」
「いえ、北の間には強力な結界が張ってあったのです。
只人が中に入れるはずがない。
法王の名誉のために言いますが、この私が侵入しようとしても弾かれました。
だから誰も入れないし出ることも叶わない筈なのです」
「しかし、事実入り込まれたのだろう。
実際に禁忌の品はなかったのだから」
「そうなります。しかし人のなせる業ではありません」
「何が言いたい。まさか龍の仕業とでも?」
「私共は、その線も疑っております。
アストラル皇国には、古龍さまも黒龍さまもおられますから。
しかも皇太子妃殿下は神龍の娘。疑う理由は揃っております」
「貴様!禁忌の品を処分せずに他国に流し、そのせいで我が国の民に被害がでているのに、それをあろうことか皇国の責任にしようというのか!」
ブルーノは法王を怒鳴りつけてしまった。
神殿兵が駆け付ける。周囲は緊迫した。
「やっぱりこうなったか。来てみて良かったよ。
ほら、お互いに少し頭を冷やしたら。
両国を仲たがいさせたいんだよ。相手はね」
楽しそうだと言えるぐらい明るい声で、そう声をかけたのはカール公子だ。
たった5歳のこの少年は、不思議なくらい王気を纏っている。
人々は、いつの間にか冷静になり我に返った。
「カールか。どうやってここに?」
「レオン王に頼んだんだ。いや、今は叔父上になるのか?
王国内出入り自由の認可状だぜ。見るかい?」
レオニスは黙って首を振った。
こいつなら何でもやる。さすがに神龍すら手玉にとった奴だ。
敵にすれば厄介だが、味方になれば実に心強い。
「そなたがカールか?凄いな。
父上はそなたと本気で戦ったんだぜ。
こっちが勝ったけどな」
「法王が言うセリフじゃないだろう。
少しは前法王を見習ったらどうだ?
それにこっちは、ひとりだったんだぜ」
「仲間を集められないお前が悪いんだろうが。
それに、仕方ないだろう。
今回はそいつがいきなり切れるのが悪い。
私は可能性の話しかしていないぜ」
「たしかにブルーノも短気だが、やはりそなたは法王向きではないのではないか?」
レオニスが思わず口を挟む。
「ふん、法王を聖人君子とでも思っているのか?
それこそ夢見る夢子ちゃんなのかねぇ」
「口が悪すぎるぞ」
「申し訳ございません。
ダンテスさま、いい加減になさいませ」
「法王付きのアースでございます。
お茶の支度をしておりますので、座ってゆっくりお話しなさってください。
ダンテスさまもでございますぞ」
アースの出現で、水入りのような格好となり一同は揃って、部屋を移動した。
お茶の支度のされた、ゆったりとした部屋は居心地が良いように丁寧に整えられていた。
重要な客のためにしつらえたようだ。
「ようやく本音でお話し願えるのですか?法王猊下」
レオニスの呼びかけにダンテスは苦笑いをした。
「すまなかったね。
何しろ姉が王妃になんかなったもので、神殿の目が厳しいのですよ。
前法王が、ほとんど信仰に近いほどの信頼を集めていたものでね。
いつまで経っても私を法王とは認められないらしい」
「あぁ、民に慕われていたとお聞きしていますが、そのような事もあるのですね。
偉大過ぎる先達を持つ悩みですね」
レオニスとしても他人事ではない。
皇太子宮が皇都を受け持っても、まるでままごと遊びでもしているかのような扱いを受けることも多い。
なかなか施政者として認められない苦悩は、レオニスも抱えているのだ。
「それで本当のところ、どのようにお考えですか?」
「最初に件の品について説明いたします。
あれは古代遺跡から出土したアーティファクト。
あまりにも危険と判断した先達が神龍に預けていたもので、それをお借りしたのはエゼキエル魔導士を、到底神力で抑えることが叶わなかったからです」
「あぁ、神龍は人間界の政争に関わることは出来ないからな。
誓約によって縛られているらしい。
成る程。それで預かりものを返した体にした訳なのか」
「おっしゃる通り。
しかも前法王の依頼で渡したので、誓約にはひっかりませんでした」
「その品ですが、巨大な魔法陣なのです。
特殊な魔法をかけた糸で編み込んだもの。
しかも、文様のいくつかには古代輝石が組み込まれており、輝石だけでも莫大な財産になります。
この世界で再現することは不可能です」
「古代魔法はそのような物まで作りだしていたのか。
恐ろしいな。
だというのに、どうして失われてしまったのだろう?」
「わかっているのは、精霊が消えたのと、古代魔法の消失は同時だったと思われることです。
古代魔法が精霊と関係があるのは間違いないでしょう」
「では、その魔法陣を壊せばよいのか?」
「魔法陣自体に守護魔法が掛かっていますから、壊すのは簡単ではありません。
しかし、輝石については取り外しが可能なので、輝石だけを外せばよいのです」
「なぜ輝石が取り外せると判った?」
「神龍が魔力を吸われるのを厭って、輝石を外していたからです
こちらで保管する時にも輝石は外していました」
「それなら魔法陣だけを法王の棺に入れれば問題ないであろうに」
「ですから、私の落ち度なのです。
私は魔法が大好きです。
あの魔法陣の美しさに魅せられてしまったのです。
失うには、あまりにも惜しく思われました。
何か所か改変できれば、蘇生の魔法陣にできそうだったのです。
それで魔法陣の研究も兼ねてミゼラブル大聖堂に送ったのです」
「そこまでは理解した。
では輝石は外したまま保管していたのだろう?
しかも、そなたでも入れない結界まで!
どうやって奪った?」
「答えは簡単だと思うぜ」
そう軽やかに声をあげたのは、またしてもカールだった。




