皇帝陛下
皇帝陛下への緊急謁見の申し込みはすぐに受理された。
レオニスはすぐに部屋に通されたが、そこにいた面々は、現在の皇国を実質動かしている人々だった。
皇帝陛下が既にこの事態を察知し動いているのは確かであったから、レオニスは悔しかった。
皇太子府が政府には到底及ばないと言われているのも同じだ。
「皇太子殿下、そのような顏をなさいますな。
我らに少しばかり、経験があるだけです」
現宰相の言葉に素直に頷く気持ちにはなれなかった。
皇太子府を任せているソラは、レオニスが手づから育て上げたのだから。
「レオよ、随分と早かったな。そなたの陰は実に優秀だ」
「皇帝陛下、嫌味にしか聞こえません。
私は陰を失って、初めて事態を知ったのです」
「クラウス殿でしょうな。
皇帝陛下、クラウスは陰に忠誠を誓わせておりますから、命が途切れればすぐにわかりましょう」
「その通りです。叔父上。
それで情報を頂けますか?
この件、皇太子府にお任せ頂きたいんです」
「はやるな、平静さを欠いてはならぬ。
いつも言い聞かせてきたはずだが。
すまぬ。レイモンド。
そなたの知っている限りを、この不肖の息子に教えてやってくれぬか」
「皇帝陛下。あなたは息子に厳しすぎます。
陛下が権限を委譲したのは皇都だけです。
地方に穴があるのはとうぜんのこと。
皇太子府の管轄する皇都だけでも一国を統治するのと同じ規模だというのに」
「庇っていただかなくても良いのです。
叔父上、火種は何所ですか?」
「プロイセン王国」
「まさか!レオン王には会ったばかり、ヴァレンティノ公爵にもお会いしております。
どうしてそのような?」
「多分、まだ王宮も把握していないのであろう。
王として経験が乏しいうえに、王宮で育たなかった弊害だろうなぁ」
「それは……」
レオニスはプロイセン王国で何が起きたか聞いてきたばかりだ。
確かに聞く限りではカール王子は優秀だったようだが。
しかしあれだけ冷徹な人物が王になるなど、ありえないことだと考えてレオは気づいた。
カールの冷徹さは王の資質として優れていたことに。
レオン王の闊達で明るい資質は、乱世になると弱みを見せる。
しかし、今やカール王子がヴァレンティノ公爵家にいるではないか。
「分かっている事をお教え下さい。
すぐにヴァレンティノ公爵家猶子カール公子と繋ぎます」
「成る程。カール公子か。面白い人物に目をつけたものだ」
そう言ってにやりと笑う父を見て、レオニスはげんなりした。
父上は私的な旅行にまで陰を仕込んでいたのだ。
しかもブルーノの目まで掻い潜ってしまった。
「詳しいことは判っておらん。
クラウス殿に尋ねようと思っていたところだ。
どうやらプロイセン王国には、人間を魔石に変えてしまう仕組みがあるらしい。
しかも元は人間であるその魔石は、人が己の魔力として取り込むことが出来るようだ」
レオニスはすぐにクラウスを呼びにいかせた。
こんなことなら一緒に来ればよかったのだ。
確かにレオン王の王位奪還の時、優秀な大魔法士をその仕組みで魔石に変化させた話は聞いている。
しかも後二人が魔石に変えられ、それを神龍はリゼリアの侍女の魔力にした。
ひとりは無魔力者、ひとりは生活魔法しか使えなかった。
彼女たちは、治癒能力者と記憶操作者になった筈だ。
あの話を聞いて即座にその危険性に気がつかなかったとは!
僕の頭はお花畑だったらしい。
確かに僕は、冷徹な皇太子を皇城に置き去りにしたのだ。
僕は常に皇太子であらねばならなかったのに。
クラウスがやって来た。
そして話を聞くと顔色を変えた。
クラウスはその仕組みを、とっくに神龍が回収したと思っていたらしい。
「持っていたとすれば前法王猊下でしょうねぇ。
しかもその事については後継の法王にも伝えていない筈です。
伝えていればレオン王も知っている筈。
すぐに手を打ったでしょうからね。
前法王猊下が密かに処分したはずのものが、他国に流れたというのでしょうか?」
「その装置を使ったということでしょうか?
この度のアウル達も、消えた学生達も。
それならいきなり生命反応が消えることも、生徒たちが見つからないことも説明がつきます。
小さな魔石なら持ち運びは容易でしょうから」
魔力持ちにとって、これ程恐ろしい話はない。
自分が魔石に変えられてしまうなんて!
しかも簒奪者が自分の魔力を取り込むなど、考えただけで反吐がでる話だ。
「まぁ、龍というのは人の感情をあまり理解していませんからね。
このように人間に擬態していてさえ。
人の感情は、あまりにも繊細だから」
「レオニス。学園の調査は大公に任せて、お前たちは至急プロイセン王国に向かってくれ。
装置の形態や使用方法を知る必要がある。
知らぬ間に魔石にされる訳にはいかぬからな」
「此度のことにプロイセン王国が関わっていることは伏せる。
しかし知っての通り、役にも立たぬくせに人の弱みを掴むのが上手いのが宮廷人だ。
いかに庇えどルーナの身辺はきな臭くなるぞ」
「ルーナをプロイセンに戻します。
病気療養で実家で療養することにして。
この皇城で悪意を持たれたら……。
ルーナは身を守るすべを持ちませんから」
「それは無理じゃ。今までもお前はルーナを庇ってきた。
今回、ルーナを伴てプロイセン王国にいけば、そなたの信頼が地に落ちることになる」
「御前失礼します」
ブルーノがソラを伴って現れた。
「ブルーノ、ソラ。不敬が過ぎるぞ!」
レオニスが大声でしかりつけた。
そうしなければ即座に皇帝の護衛が二人を亡き者にしただろう。
「よい、緊急事態だ。そちらに何か策はあるのか?」
「ルーナ皇太子妃殿下は、塔に監禁いたします」
「なんだと!ソラ。ルーナはお前の妹でもあるはずだ」
ソラはなにも答えなかった。
そしてブルーノが付け加えた。
「加えて、デルマー商会と繋がりのあるソラの妻も一緒に監禁してください」
ブルーノの提案に皇帝陛下は面白そうに頷いた。
「さすがは漆黒の梟。もう既にデルマー商会のルートまで突き止めたか?」
「はい、ただデルマー会頭が黒とはかぎりませぬ。
なにしろ巨大企業ですからな。デルマー商会は。
鼠が生息する隙はあると言うものです」
「ブルーノ、ソラ。お前たち」
「レオ、いい加減に頭を冷やせ。
こうしないと、皇帝陛下はお前を監禁するしかなくなるぞ!
今回の件、魔力持ちにどれほどの恐怖を与えるか、わからないのか!
恐怖に駆られた人間ほど恐ろしいものは無いのだぞ!」
ソラがレオニスをしかりとばした。
まるで兄が弟をしかり飛ばすように。
「レオ、フウカの力は結界だ。
ソラは持つ限りの魔力をフウカに与える。
風龍の結界は龍でも破れない。ルーナはソラとフウカが守る。
だから俺たちはなすべき事をしよう」
ブルーノもレオニスを説得する。
「すまなかった。頭に血が登ってしまった。
塔の準備をお願いします。
僕が自分でルーナを塔に連れていく」
「僕もフウカを連れていこう。
フウカは生活魔法が使える。
皇帝陛下、侍女やメイドは必要ありません。
皇太子妃殿下にはフウカが仕えますから」
皇帝陛下は、可愛い子供達を見守るような優しい顔で頷いた。
「あい分かった。この玉をルーナに与える」
「これは?」
「私が持つ保存庫だよ。それがあれば一生飲み食いに困ることもあるまい」
「父上、こんな事件。私がすぐに解決して見せます」
「良く言った。皇太子よ。この件はそちに任せる。
大公よ、ブルーノに全ての情報を開示せよ」
ソラとレオニスは、それぞれの妻の元に行く。
その間にブルーノとクラウスは皇帝の側近から、今までの情報を受け取ることにした。
「兄さん、ありがとう」
「いいんだよ、レオ。
今日はようやく兄らしいことができた。
いつもは完璧だものな。レオは」
「完璧だったら妻を幽閉することもないんだがなぁ」
「なぁレオ。僕らの奥さんって簡単に幽閉できると思う?」
レオニスは痛そうに頭を抱えた。
「しまった!その問題が残っていたか。
なあ、兄さん。ルーナは泣くと思うか?」
「さぁ、どうだろう。
少なくともフウカは泣きわめくだろうなぁ」
二人は肩をおとしてとぼとぼと歩いた。
今からのミッションの方が、敵を屠るよりも難しいと思いながら。




