自業自得のルーナ
本当はゆっくり休んできたはずの一週間。
何だか逆に疲れた気がする。
「レオニス、私はやっぱりお家にいるのが一番だよ。
もうお出かけはしたくない」
「いつも言っているでしょ。ルーナは僕の隣にいればいいんだよ」
「そーだよねー、うんうん、それがいいよねえー」
レオニスとルーナの着地点には、かなりのずれがあるのだが、ルーナはそれに気づいていない。
今は、やっぱりお外は怖いという気分なのだ。
それが判っているレオニスだって、やっぱりちょっと怖い。
エリーゼの執着を、当たり前のように受け入れるカールって凄すぎる。
レオニスだって、ルーナをいつもそばに置きたいし、執着もあると思う。
それでも……。
「3度だぞ、3度も生まれ変わって捕まえるんだもんなぁ~」
やっぱりエリーゼとカールは少し、いやかなり凄くないか?
レオニスが考え込んでいると、ルーナは退屈してしまったらしい。
「ねぇ、レオ。セデスの恋人っておおらかだよね」
「えっ?セデスに恋人がいるの?」
「知らないの、この間皇城でもリサイタルやってたじゃない」
「この間って、前庭でやった皇后陛下主催のリサイタルのことか?」
ルーンフェル王国の、森の歌姫の呼び声が高いフレデリカが歌っていたよな」
「それはルーナの間違いだよ。方や自由を愛する放浪の歌姫、
セデスはどっちかって言うと堅物だぞ。そんな二人が……」
きょとんとした顔のルーナを見て、レオニスは納得してしまった。
本当にあの素晴らしい歌手の恋人がセデスなのだと。
勿論、誰が誰と付き合っても良いのだけど。
レオニスが唖然としているのにルーナはさらりととどめを刺した。
「縛る人もいるし、放流する人もいる。人それぞれだよ、レオ」
「放流ってレベルじゃないだろ。歌姫が次にアストラルの皇城に来るのって?」
「次は3年後だって言ってたよ。セデスが」
「3年に1度の逢瀬かぁ。七夕よりも長いよなぁ」
「でも。もう20年の付き合いだよ。
フレデリカが子役で来た時からだって言ってたもの」
レオニスはがっくりと項垂れた。
人間って奥が深すぎる。
しかもそんな有名人の恋人がいながら、
セデスはこれっぽっちも匂わせもしなかったんだから。
どうしたんだろう?レオニスは。
さっきからため息ばっかり。
もしかしてレオニスのタイプって……。
レオニスはぐわっと目を見開いてルーナを見た。
こいつ今、絶対によからぬ事を考えている。
ルーナとの付き合いが長くなったレオニスは、こういう勘だけは良くなったのだ。
「レオ、痛い、痛いってば! 急にどうしたのよ」
こめかみをぐりぐり押されてルーナは悲鳴をあげた。
「なんか変なこと考えてたろう?この頭は!」
「変なことなんて考えてないってばぁ。
ただレオのタイプについて……」
「それが変なことだって言うんだ。
何度でも言うからよーく聞いて置け。俺のタイプはルナ。お前だ!
お前以外はタイプじゃない!分かったな!」
ルーナは涙目でこくこくと頷いていたが、
この鳥頭は自分に関係ないと思えばすぐに忘れるのだ。
自分の告白はどうでもいいことに分類されるのは忸怩たるものがあるが、実態を把握しておかないと、ひどい目にあうのは自分だとレオニスは学習してしまっている。
ルーナとレオニスが帰ると、皆が待ち構えていた。
どちらかというと仕事方面で。
「レオ、いつまで羽を伸ばしているんだよ。
お前、ブルーノまで連れて行きやがって!聞いてなかったろうが」
凄い。基本的に温厚で人当たりの良いソラが切れていいる。
よほど忙しいらしい。
レオニスも帰ったばかりなのに、黙って仕事を始めるくらいにレオが切れている。
「すげーなぁ」
とブルーノが他人事みたいに呟いた途端、
見えない縄がブルーノを仕事机に縛り付けた。
「それ、お前の分だから」
ぼそりと言って、ソラはまた黙々と書類をさばき始めた。
ルーナはこの修羅場を抜け出して、皇太子妃宮に行こうとしたが、途中でフウカに捕まってしまった。
「お姉さまなら、妹の危機は救うものよね」
ずるずると皇子宮に引きずられていくと、ベルが凄まじい勢いで、書類を分別している。
「いったい、何がどうしたの?」
「何を呑気な。決算ですよ、決算。
いい加減なことすると、来年の予算貰えませんからね」
あーそうだった。ずーと何か嫌な予感がしてたのは、これだ。
「でもなんであなた達は皇子宮にいるの?」
「妃殿下が約束したんですよね。皇子宮の経費を皇家で持つと」
「だって今までだって……」
「それはソラが皇子だったから、皇費から出せたんです。
皇太子付の執政官だったら、皇太子費が使えます。
けれどソラは宰相ですよ。宰相の邸宅を公費で落とそうと思ったら
とんでもなく書類が必要なんです」
「ごめんさなさい」
この大騒ぎはルーナのやらかしだったらしい。
「もーいや。こんなに苦労するなら、年俸から支払う方がいい!」
とうとうフウカまで切れだした。
「大丈夫です。雇用契約に必要経費を明確にしておくだけです」
「だって惨くない。使用人の衣服は含まれるとか、外出時の経費は何所まで請求できるか
とか、いちいち細か過ぎる」
「だからそれが雇用契約だと言っているでしょうが。ともかく全員分の雇用契約を2部ずつ
作成して下ください。たったそれだけを頼んだだけですよね」
「それともフウカさまが、こちらの経費全般をやりますか?」
ベルに脅されてフウカは黙ってお仕事を始めた。
私がそっとこの場を離れようとすると、ばさりと書類を渡された。
「取り合えず、仮払いと仮受けの台帳をお願いしますね」
「あのう、ベル。私は学生でね。宿題が貯まっていて……」
じろりと睨まれて、私はだまって伝票の束を引き寄せた。
うわーん、こんなことなら、もっとゆっくり帰ってきたら良かったよー。
ようやく解放されて自室に戻る
本来寝室というのはへとへとになった身体を休めるものの筈。
「レオ、もういやだ!意味わかんない」
「さっき解き方教えたろうが、それも忘れてたのか?鳥頭」
「解き方は覚えてるけど、機械的に当てはめるの無理~。
理屈が理解できないと気持ち悪くなるんだもの」
「お前そんな事言っている場合かよ。来週は学校始まるんだぞ」
「レオー、皇太子権限で、宿題廃止にしてよー」
「出来る訳ねーだろ。文句言ってないで、手と頭働かせろ」
「なんか、頭から湯気出てない?使い過ぎな気がする」
「分かった、分かったから泣くな。少し休憩入れるか?」
「眠れないといけないからハーブティーだぞ」
「ありがとう、 ふぅ落ち着くねぇ」
「決算も終わったし、明日からは昼間も勉強時間がとれるだろ。
後少しさ。学校も半分終わったしな」
「うん、キャンディと仲良くなれたのは良かったけど、
人材発掘目標は、なかなか進まないかなぁ」
「まぁ、お前はかなり人見知りだからな。
取り巻きが全然いないのな。高位貴族には寄ってくる筈だが」
「これでも一応皇太子妃なのにねぇ。やっぱり社交が苦手だからかなぁ。
でも、堂々とレオの側妃希望って姫からならアプローチはされるよ」
「どこの馬鹿貴族娘だよ。
公爵家がそれで潰されたの知らない訳じゃないだろう?」
「ほとんど他国の留学生だねぇ。
向こうの国からしたら、アストラル皇国に姫をひとりぐらい嫁がせたいのよ。
レオが鉄壁のガードではじくから、こっちにお鉢が回ってくるの」
「まぁ、知らない奴からみたらルナは与しやすそうだもんなぁ。
たいがい、頭も弱そうにしか見えないし。
俺も時々、頭の弱い女の方が可愛くて良いですよね。
なんて見当違いのお追従を受けることもあるぐらいだしな」
「念のために何度も言っておくぞ!
俺の隣はルナのものだ。
俺のタイプはルナだし愛しているのもルナだけだ。
きちんと覚えておけよ」
「うーん、ありがとう?」
「だから、どうしてそこが毎回疑問形なんだよ」
「なんとなく」
だってね。私はレオニスの人生に最後まで寄り添えない。
だったらレオニスに寄り添える人を残してあげたいじゃない?
いくら何でも、私だってそこまで恋愛音痴じゃない。
レオニスは私の夫なのよーって叫びたいぐらい。
でも、それはしちゃいけない。
レオニスの人生の伴走者は、私ではないから。
私は途中下車しちゃうもの。
だから私は探している。
レオを最後まで大切にしてくれる人を。
レオをちゃんと見てくれて、レオから一瞬でもいいから
皇太子の仮面を取り去ってくれる人を。
レオはすごーく頑固だから。
なかなか弱みを見せないから。
どこかにいないかなぁ~。
本当のレオを見てくれて、レオをひとりにしない人が……。
こつんとレオが頭を小突いた。
「眠くなったか?もう寝よう。物理なら俺のを写していいから」
「本当!ありがとう!レオ、大好き」
私が大喜びでレオに抱き着くと
「お前なぁ、げんきん過ぎるだろう」
そう言ったけれど、しっかり抱っこしてベッドに運んでくれた。
いやだなぁ~。
どうしよう。
私、レオを誰かに渡すのを考えると、この頃胸がズキッて痛くなるの。
死ぬのなんて怖くなかったのに、この頃は死ぬのが嫌なの。
私のお役目なのにね。
わたしは、すこし我が儘になってしまったわ。
それもこれもレオのせいよね。
困ったレオだわ。
全く。ルーナときたらいつもこうだ。
ベットに運ぶとすぐにすやすやと寝てしまう。
お前には悩みは無いのかと、問い詰めたくなってしまう。
そんな風にいえば、ルーナは次々に悩みを打ち明けるだろう。
物理が意味不明だとか、どうしてこんなに人手不足なのだろう?とか
ケーキを食べると、すぐにお腹がいっぱいになって
ご飯が食べれなくなるので困るとか。
でもねぇ。
ルーナは本当の事は絶対に言わない。
時々君が寂しそうな顔で僕を見つめているのを知っているよ。
怖いよね。
怖いに決まっている。
予言はいつ発動するか誰にも分からないし。
ルーナが滅びを口にしたとき
真っ先にいなくなるのはルーナだ。
だから、僕は君を守る。
予言がなんだと言うのだ。
要は滅びの予兆を亡くせばいいだけだろう?
だから僕は誰を相手にしても、この世界を守るよ。
困ったルーナだねぇ。
もうすこし甘えてもいいのにね。
君はいつも笑っているから、だから誰も君が悲しんでいるのが見えない。
君はいつも、世界から少しだけ距離をおいているのに。
世界を愛しすぎないように。
いつ消えてもいいように。
おバカなルーナ。
もういい加減諦めればいいのに。
僕は絶対に君を手ばさなさい。
少しは僕を信じられないの?
ねぇルーナ。僕を信じて!
きっと君をまもるから。
ルーナ
僕のルーナ。




